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可愛い婚約者は、どこか変  作者: S屋51


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75/90

雀たちの囀り~離宮~・上

 人の口に戸は立てられぬ。

 王宮内では多くの秘密の会話が交わされる。

 そして必要上、多くの使用人が雇われている。

 使用人たちは見聞きしたことを外に漏らさぬよう厳しく教育されている。秘密の漏洩は場合によっては死罪にもなる。しかも、公表できぬ内容であるのだから刑の執行も秘密裏に行われ、事故死や病死として誤魔化されることも……。

 貴族たちも機密情報を口にするときは人払いをするか、余程信頼のおける使用人だけを側におく。

 機密をうっかり使用人に聞かせてしまうことは貴族にとっても使用人にとっても不幸でしかない。

 貴族、それも高位貴族の使用人には身元確かな者しかなれないのは最低限の教育を受けていないといけないからだ。


 それは第3王子が婚約者であるリンドバウム公爵令嬢リアルテを引き取った頃のこと。

 第3王子は自分の宮にリアルテ嬢を招くとき、一緒に公爵家の使用人の一部を引き抜いた。

 これは第3王子の宮に人手がなく、新しく求めるよりもリアルテ嬢付きの侍女であるラーラの眼鏡に適う人材を雇うのが手っ取り早く、信頼もおけるからだ。

 公爵家の使用人たちは突然の引き抜きに戸惑った。

 リンドバウム公爵家は地位は高くとも使用人の扱いは世辞にも良いとは言えず、給金も公爵家としての体面を保てるギリギリしか貰えなかった上に、些細なことですぐに減給されるので彼らには不満が溜まっていた。

 また、先妻の子であるリアルテ嬢は後妻に冷遇されており、使用人たちが下手にリアルテ嬢の世話をやけば酷く叱責される始末。

 まだ幼いリアルテ嬢に対して同情心はあっても、見ていることしかできなかった。

 それを自分には関係ないと割り切っていた使用人もいたが、何人かの使用人はなんとかリアルテ嬢の助けになれないかと気を揉む日々だった。

 リアルテ嬢は幼いながらに容姿の整った少女で、黙って座っている姿は精緻巧妙な人形のようにも見え、また他人と接することがなく口数少なく表情も乏しいために「人形姫」と褒め成分3割、貶し成分7割の呼び方をされていた。

 リアルテ嬢が家を出ることになったとき、声を掛けられた使用人たちは2つ返事で転職を応諾した。

 転職と言っても職務内容は変わらず、雇い主が公爵家から第3王子になるだけのことだ。

 このとき、ラーラに声を掛けられた者たちは皆リアルテ嬢に同情を示していた者たちであり、公爵家の主人にも夫人にも閉口していた者たちだった。

 ラーラは的確に引き抜くべき価値のある者たちを引き抜いたわけである。

 声を掛けられなかった者たちはその後に経済状況が悪化して行くリンドバウム公爵家において給金不払いなど更なる不当な扱いを受ける羽目になったが、幼い子供が虐待されるのを目の当たりにしながら同情もしなかった者たちである。自業自得というものだろう。


「最初はどうしようかと思ったけど、ラーラさんの誘いに乗って正解だったねえ」

 休憩時間にお茶を飲みながら、痩せたメイドが地味な同僚に漏らした。

「だよね。お給料いいし、食事も美味しいし、こうしてオヤツも出るし」

「というか、ここの食事おかしくない?」

 と言ったのは一緒に休憩していた下級貴族出身のメイド。

「なに、あんた不満なの?」

「違う違う。変に思っただけ。だってさ、ここの食事ってあれでしょ、殿下の指示で作ってんでしょ」

「そうそう、殿下はどこで料理なんか覚えたんだろうね。しかも、珍しいものばかり。

 大体さ、ここってわたしらが来るまでろくに使用人いなかったんでしょ?」

 痩せたメイドは頷きながら、自分たちが来たばかりの頃を思い出す。

 第3王子の宮はそれなりの大きさだったが古びていて、掃除が行き届かない部屋も多くあった。

 だから使用人たちがまず行ったのは全体の掃除と必要な箇所の補修。

 そういうことが疎かにされていたのは単純に人手が無いからだ。

 通常、王子の離宮と言えば何十人と使用人がいるべきなのに、最低限の使用人が必要に応じてやって来るだけで、この宮で寝起きしている者すらいない。

 幼い王子が住まう場所なのに、あり得ないことだった。

「なんかね、実家とかで聞いた話じゃ第3王子って評判悪いんだよね。

 癇癪持ちで使用人に当たり散らすから、メイドも執事も居着かないとか」

「癇癪持ち?」

 貴族出身のメイドの言葉に残りの2人が眉を寄せる。

「いや、言いたいことは分かる。全然、そうじゃないよね。この前なんて、庭師の子供だと思って荷物運び手伝わせたのに、怒られなかったし」

「……手伝わせたって、誰に?」

「いや、だから殿下に」

「う゛ぇ!」

 同僚2人が眼を丸くしたのも当然で、王族に仕事を手伝わせるなど、不敬罪で極刑にされても文句が言えない行いだ。

「いくらなんでもあり得ないでしょ、それ」

「だって、庭師みたいな格好で土いじりしてたんだもの。あれは誰だって間違えるよ」

「間違えるって……普通に駄目でしょ。よく生きてるね」

「殿下ってさ、厨房にも出入りしてるんだよね。というか、自分で作ってるし」

「正装のとき以外は身の回りのお世話も要らないって言うし……王族、なんだよね?」

 王族でなくとも高位貴族なら服の着替えから湯浴みまで、自分ではやらずに使用人の手を借りるものだ。

 それなのに第3王子は近くに人を置かない。

 この宮に移って来た使用人たちの仕事は宮の管理維持とリアルテ嬢のお世話。第3王子のことは頼まれたときだけだ。

「捨てられた王子」

「ちょっと」

 同僚の呟きに痩せたメイドが慌てる。

「わたしが言ってるんじゃなくて、そんな風に言われてるよね、殿下って」

「あたしも聞いたけどさ、まあ、この宮のボロ具合だと納得だけど」

「なんでも、普通は王族の方々は6歳になると同年代の貴族の子弟たちと顔合わせしたりするのに、第3王子殿下はしなかったって。

 それどころか陛下が殿下の宮に訪れることもないって」

「あれホントなの? いくらなんでも我が子の顔をぐらい見に来るものじゃない?」

 王族とは言っても親子である。

 まして第3王子はまだ7歳の子供。

 親であるなら気になるものではないのか。

「色々あるみたいよ。ほら、殿下は後ろ盾がないでしょう。それなのに継承権をお持ちだから王太子派にとっては煙たい存在みたい」

「そうは言ってもまだ子供じゃない」

「子供だからよ」

 貴族出身のメイドの言葉に他の2人が首を傾げた。

「どういうこと?」

「第3王子殿下はまだ7歳。ねえ、正直に答えて。殿下をどう思う。他の7歳の子供と比べて」

「それは……」

 2人が言葉を詰まらせるのを見て貴族出身のメイドは、分かるよ、という顔をした。

「王宮内だけじゃなく貴族たちにも第3王子殿下の悪い噂は広まってる。

 癇癪持ち、愚鈍、勉強ができずに家庭教師も匙を投げ、今では教師のなり手がない。うちの実家みたいな下級貴族にもそんな話が届いてる。

 おかしいと思わない?

 この離宮は目立たない場所にあるし、王宮に用がある方々が通りかかる場所でもない。この離宮での不満なところは、他の宮との距離ね。

 そういう場所だからというより、第3王子殿下のお住まいだからなんでしょうけど、これまでにいらしたお客さまと言えば殿下の婚約者であるご令嬢たちと、お兄様の第2王子殿下ぐらいでしょう。

 公式行事でも、王族一同が揃うような場合でない限りは第3王子殿下は出席なさらない。そんな状況で、どうして悪評が広まるの? 使用人だっていないのに、この離宮の内情を誰がどうやって知ることができるの?」

 2人の同僚は、あ、と小さく漏らした。

 仮に、本当に第3王子が行状よろしくないとしても、それを知ることができる人間は極限られている。

 癇癪持ちだ、愚鈍だと言えるのは、第3王子をよく知っている者だ。悪評が事実だとすれば、の話だが。

「癇癪持ちだっていうのも、一体いつの話? 殿下はまだ7歳。その年頃の子供が聞き分けがなかったとしても普通じゃない? しかも噂はもっと前からあるんだから、その頃殿下はおいくつだったの?

 家庭教師もお嬢様のために雇った方、マルチナ様。以前は殿下の家庭教師もされていたそうよ。マルチナ様が仰るには、殿下に初めてお会いしたときには既に読み書きは殆ど問題ないレベルで、主に歴史や地理、政治、儀礼について授業をなさっていたけど、殿下はすぐに自分で調べるようになって教えることがなくなってしまったって。

 マルチナ様が家庭教師でいられたのは1年に満たなかったそうよ。その後も暫く籍は置いていたけれど、仕事がないから給金をいただくのが申し訳なかったって」

「それじゃ、今殿下に家庭教師がいないのは」

「勉強ができないからではなく、出来過ぎるから教えられる人がいないだけなんだと思う」

「さすがにそれは……」

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