元令嬢は初日を休む・ブラックな王子業 下
「あの、殿下、これが今週の仕事ですか?」
執務室に運ばれて来た陳情関係の書類や予算の計算書なんかを見てロゼが驚いた顔をする。
大袈裟だな。
僕のところでは初日だけど、長兄のところじゃ公務の手伝いとかしてたでしょ。
「? 今日の仕事だよ」
「今日、ですか?」
「そう、今日だよ。陳情関係は毎日あるからね。僕以外が受け付けたものは翌日にはこっちに回って来る。それに大まかな提案書を付けて担当部署へ送付。向こうで会議にかける。計算関係は単純にチェック業務だね。検算だよ。
他には直轄領の運営に関してかな。作物の状況から税率を考えて、来年も同じものを作るかどうか決めたり、どういう方針で回して行くかの代官からの提案が妥当かどうか判断する」
王家直轄領は大体ずっとやって来たことを繰り返すだけ。酷く効率悪い方法や税収が極端に変動したりしてなきゃそのままが多い。
ここ数年で僕の提案で作るもの変えたりも何件かある。土壌や気候に合わないとか、新しく流通が始まった農作物にした方がいいとかね。
水車や風車の設置、利用法の拡大。新しい農機具の導入、農薬の散布のタイミングと量の指導は現地視察なんかも入るな。
……結構色々やってるな。
「あ、アンネローゼ嬢、ちょっといいですか」
ん?
リチャード、どうしたの? 顔色悪そうだけど。
「なんでしょう?」
「いえ、個人的なことなのでここではちょっと」
って、僕をチラ見されてもね。
なに、僕には聞かせられない話?
「では仕事が終わってからにしていただけますか?」
「いや、その、できれば早い方が……」
なんか妙だな。
どうしてそんなに緊張してるのかね、リチャードくん。なにか後ろ暗いことでも?
ロゼも怪訝な顔をしている。
2人は以前からの顔見知りではあっても仲のいい友人というのとは違う。個人的な相談をするような間柄ではないはずだ。
それに、リチャードだって弁えてるから、普段なら仕事中に個人的な相談など持ち掛けない。
「リチャード」
「なんでしょう、殿下?」
声、上ずってるよ。
「なにを隠してるの?」
「なにも」
「リチャード、分かってるだろ。どうせ全部話すことになるんだから、苦痛が少ない方がお得だと思うよ、僕は」
僕に隠し事して、ただで済むとでも?
「ホント、なんでもないですって。それより仕事しましょう。早く始めないと遅くなりますよ」
「そうですね、これだけの量だと急がないと。それで殿下、違うとは思いますが今は特に忙しい時期とかなのでしょうか?」
「? そんなことはないよ。今日は平均量より少ないぐらいかな」
「これより忙しいときがあるんですか?」
「台風とかの天災後とか、収穫期間近とか、陳情が増えるからね」
税率を下げて欲しいとか、実際の取れ高と予想との差分を検討してくれとか。
「まあ、僕は貴族家への招待とかが殆どないからまだ楽な方だよね。兄上たちは貴族家のイベントへも顔を出さないといけないんだから」
「いえ、それにしても、多過ぎません?」
「多い? 兄上たちはもっと多いでしょ。僕はまだ子供だから減らして貰ってるぐら……」
「それはありません」
いいタイミングで突っ込むね。
「第2王子殿下のことは良く存じませんが、王太子殿下と比較するなら、これだけの仕事なら10日ぐらいかけてなんとかこなす量です」
「……マジ?」
一おっと、思わず庶民の言葉遣い。
「本当です」
ロゼはこういう冗談や嘘は言わない。
嘘を言うのは……
僕はリチャードを見る。
こら、眼を逸らすな。
「りちゃあああど」
あ、思ったよりドスの利いた声出た。
まだ声変わりもしてないんだけどな。
咄嗟に扉に向かって走り出すリチャードに向かって、僕は抽斗から出したボーラを投げつけた。
ボーラ、紐状のものに2つから3つ程度の分銅を付けた狩猟なんかでも使える道具。
何故備えてるかって?
曲者が出たときに使うため。
足下に投げるとね、足に絡んで身動きできなくなるんだよ。足下の攻撃を咄嗟にさばくのって難しいから。
リチャードも足に紐が絡んで見事転倒する。
「どこへ行くんだい、リチャード」
「勘弁してください」
「なにを勘弁するのかな? なにか、勘弁しなきゃいけないようなことしたのかな?」
「恐い恐い、殿下、笑顔が恐いです」
「それは君に疚しいことがあるからじゃないかな?
ねえ、リチャード。
前にさ、僕が兄上たちもこんなに仕事があるのかって聞いたら、これでもまだ少ない方ですって言ったよね?」
おかしいとは思ったんだけど、うっかり信じちゃった。
僕に付き合うリチャードも仕事増えて大変だから、そんな嘘つくとなんてまったく考えてなかったよ。
やっぱり、一見犯人とは思えない奴が犯人なんだ。
いや、別に犯罪じゃないけど。
「待って、殿下。俺の意志じゃないんです」
床に倒れたままリチャードは必死で弁明する。
起き上がるか、足に絡んだものを解くか迷ってるみたいね。
「? 自分の意志じゃない? 君は口が勝手に言葉を紡ぐ病気かなにか?」
「いや、そういうことでなくてですね。陛下からのお達しだったんですよ」
「父上?」
「そうです、陛下です。
ほら、殿下って仕事があるとあるだけこなすじゃないですか。便利だから殿下にはこれが普通と思わせとけって陛下から言われたんです」
……言いそうだな、あのクソ親父なら。
おっと汚い言葉だ、失礼。
目の前に未処理の書類とかあるとさ、落ち着かないんだよね。で、ついついやっちゃう。
ワーカーホリックというか、強迫観念があるというか。
どうもそれをパパンに見透かされたらしい。
「成る程成る程、つまりリチャードは僕より父上の命令を優先させる、と」
「仕方ないじゃないですか。国王陛下ですよ。逆らえるわけないじゃないですか」
それはそうなんだけど、相談もなにもしなかったのが気に入らない。
こっそり話すことはできたのに、やらなかったのはリチャードの選択だ。
「リチャード、仕事を倍にされるのと給金半額にされるのどっちがいい?」
リチャードはボランティアじゃないよ。一応給金出てる。
まだ成人前だから正規の給料じゃないけど。
それでも人を使うなら報酬は出さないとだからね。
「そんな、どっちも嫌ですよ」
「分かった。それじゃ向こう三ヶ月給金半額で仕事は倍ね」
「うえっ」
「それじゃ、そこにある計算必要なの、全部任せるよ。ロゼ、初日は明日からにしよう。今日は僕らは休みだ」
ロゼも無粋なことは言わない。
僕の言葉にただ一礼して、部屋を出る僕について来る。
リアルテも交えてお茶でもしようかな。ロゼにはリアルテの礼儀作法の先生やってもらいたいし、顔合わせにもちょうどいい。
リチャードがなにか喚いていたけど、聞く必要ないよね。
さて、リチャードはこれでいいとして、パパンにも代償は払って貰わないとね。
ま、適当なタイミングで僕の私用の書類を混ぜる予定だったからいいけど。
沢山書類扱って信頼もあると、1枚や2枚偽造してもバレないんだよね。
バレないような内容だし。
……まったく、子供がやるもんじゃないな、ホント。
それは仕事のことか、偽造のことか……
バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ(いけません)




