元令嬢は初日を休む・ブラックな王子業 上
王宮、と一言でも言っても広い。
王宮と一纏めにして言ってるけど、広大な敷地の中には内廷と外廷からなる本丸と、妃や王子、王女たちが住まういくつかの宮がある。
王の子は子供のうちは母親である妃と同じ宮で寝起きし、成人かそれに近くなると王子は個別に宮を持つ。王女は母親の実家次第。別個で宮を建てることがなければ母親と一緒に暮らすか王女たち共用の宮。
王女はどこかへ輿入れするからね。宮を建てても数年も使わないことが多い。
長兄、次兄は自分の宮、王子宮を持ってる。僕は元々あったおんぼろ離宮を使ってたけど、この度、新宮を建設中。
……僕だけ自腹という理不尽はあるけど、儲けてるから市場のためにも金を吐き出せと言われちゃったから仕方ない。お金は回さないとね。
ついでに自腹だからやりたい宮の設備に関してやりたい放題できるしね。
リアルテがいるんだから、できるだけ快適な家にしてあげないと。
それはともかく、ひろ~い王宮だから歩いて移動だと時間がかかるから立ち乗りできる電動二輪車とか欲しいね。ないけど。
近場なら歩きでいいけど、距離があるところへ行くときは馬車使わないと時間かかってしょうがない。
もうね、王宮=小さな町、みたいな規模。
僕の宮は辺鄙な場所にあるから仕事しに外廷に行くにも徒歩じゃ時間かかる。
大抵はさ、どこの宮でも専属の馬車ってのあるんだよ。当然御者付きで。
僕のところはそれがないから用があるときは、まず人をやって馬車を手配しないといけない。
リチャードも馬車通勤。乗馬の練習もかねて自分で乗って来ることもある。
新しく入ったロゼは住み込み。
リアルテを引き取ってからは毎日商人も立ち寄るよう手配してある。食材大事だからね。冷蔵庫ないから、新鮮なものはその日に買わないと。
リアルテに傷んだ野菜とか、怪しい卵とか食べさせられません。
僕だけのときは、まあ、かなり手を抜いてたから。食料の買い出しなんかも数日おきだったりね。
本丸へ行くときも馬車の手配面倒だから歩いて行ったり。
1人で歩いてるときにたまたま散策中の姉妹なんかに見つかると変な眼で見られるんだよね。供も連れずにいるから。
兄たちに出会すと怒られる。
ちゃんと護衛をつけて、馬車使えって。
兄として弟の心配してくれるんだよ。
気晴らしと運動に丁度いいからと断ってるけど、普通じゃない自覚はある。
リチャードは大体毎朝外廷に寄って仕事を受け取り、それを宮にまで運んで来る。中にはね、外廷から持ち出しできない書類とか資料もあるから、そういうのを片付けと別の公務のために3日に一度ぐらい僕も外廷へ赴く。
外廷にも僕用の執務室あるんだよね、何故か。
成人していない子供に仕事を振り過ぎだと思うよ、実際。
でも、仕事が多いのは理解できる。
国の各地から様々な陳情が来たり、税申告の確認が来たりするからね。
色んな書類に眼を通して、決裁が必要なもので不備がないものはパパンに送る。不備があればその旨書き添えて突っ返す。
自慢じゃないけど僕に決裁の権限はないからね。国王がサインしてもいいかどうかのチェックだけ。
パパンは受け取った書類にサインする。必要に応じて印章も使う。ただの判子じゃないよ。国の象徴としての判子だから、まあ、玉璽みたいなものだね。
その両方を使うことによって、国の何代目の王が認めたかが分かる。
複製作ろうと思えば作れるけど、さすがにパパンに止められた。沢山あれば仕事の能率は上がるんだけどね。一応、重罪だから印章の偽造は。
リチャードが持って来て、帰りにまた外廷に寄って行く。
あんまり効率は良くないけど、外廷にはあんまり行きたくないから仕方ない。
外廷でバリバリ仕事してると目立つからね。王太子派の連中に見られたらなにを言われるか分かったもんじゃない。
人に嫌味言ってる暇あったら仕事しろよ、と思うんだけど、どうにも人間というのはどうでもいいことには情熱を燃やすくせに、本業はサボる生物らしい。
なんて非効率な。
他にも、当番制で地方貴族なんかの陳情受付やらされるんだよね。
領地の問題とかの相談係。
これも腹立つ仕事で、相談に王宮まで足を運んでおきながら話を聞く相手が僕だと分かるとはっきりそれと分かるレベルでがっかりする人の多いこと。
……まあ、気持ちは分かる。
真面目に相談に来てるのに、出て来たのが8歳児じゃ馬鹿にされてるのかとも思うよね。
それもパパンか宮廷側の思惑で、僕と会って落胆すると相談内容を言わずに帰っちゃう人もいる。
宮廷としては担当者に繋いだ実績は残る。それで諦めるかどうかは相手の勝手。その後どうなろうとも相手の責任。という立場が取れる。
なんか詐欺みたいだよね。
「なにを仰います。領主たちの悩みに対して最高の人材を置いております。担当者が気に入るかどうかまでは責任を持てません」
って、王の秘書官チェンコフが言ってた。
子供にやらせておいて、最高の人材ってのもヤバい気がするんだけどね。
毎日僕が受け付けてるわけじゃないから、僕の日は外れだったとでも思えってことかな。
子供でも王子、王族だから、陳情持って来た相手も怒るわけにも行かない。馬鹿にされたと思っても堪えるしかない。……ちょっと酷い話だ。
仕事はちゃんとしてるよ。
陳情をチェックして、審議にかけるに足るかどうか判断する。
基本的な話だけど、貴族ってのは領地に関して強い自治権を持ってる。だからね、領内での問題は自分で解決しなきゃいけない。ただ場合によっては領境の問題とか領主の手に余る問題もあるから、そういうときに国に頼る。それは仕方ないことだし国の責任でやらなきゃならないことでもある。
でもさ、取るに足らない問題を持って来るのもいるんだよ。そんなもん自分でなんとかしやがれ、って言いたいのを我慢して、ただ却下してお引き取り願う。
このときもね、王子って肩書が便利だよ。陳情を却下されても食い下がれないから。その場合は、内心で僕を罵ってるだろうね。
はるばる王都まで来たのに、王子だからって子供に陳情を却下されるのはそりゃ腹立つよね。でも、いい加減な判断はしてないからね。
後は受領する案件について必要となりそうな情報を聞いておく。その場でああしろこうしろなんて結論は出さないよ。
まずは僕なりの解決案や意見書を書いて陳情書に添付して担当部署の会議にかける。
会議では本当に受け付けるべきかどうかも話し合われるけど、これまでのところ僕が受けたものが覆ったとは聞かないな。
予算配分やスケジュールを決めて陳情者にその旨を伝える。
どこどこに橋をかけてくれ、という陳情だったら、いついつ頃に工事を始める予定です、ってね。
で、僕に受付拒否られた人は「無能な第3王子」って悪評を広めるわけだ。
陳情が通った人にとって僕は単なる受付でしかないから、感謝はされない。……悪い方だけ僕に来るんだよね。どうでもいいけど。
「全部受付りゃいいんですよ。検討なんて担当に任せれば」
ってリチャードは言ってた。そりゃ事務的に受付だけしてりゃ楽だけどね。
時間と予算の無駄だよ。
審議会だって参加者は時間を取られるし、人件費もかかるんだから。
それに検討してる間はさ、陳情者もなにもできない待ちの状態になる。早く結果が出ればそれに応じた動きができるでしょ。
明らかにおかしなものはその場でお引き取り願うのが互いのためだよ。
僕の評判が悪いのなんて今更だし、どうでもいいよ。
他にも計算が得意だからって数字一杯の書類回されたり、結構毎日忙しい。
自分の研究なんかもあるからね。
農薬の開発、賢人会へのレポート、新商品の開発、食材の探索(昔々と似た食材があるか、特に米探し)、街へ出て商会との打ち合わせ、リアルテとの算盤を始めとした勉強会、婚約者たちとのお茶会、軍関係の諸々……これらを王子業の合間にこなしてる。
改めて考えると仕事量えぐいな。
リアルテとの勉強会や婚約者とのお茶会はいいよ。息抜きになるし、癒やしになるし。
折角同じ屋根の下にいるんだから、もっとリアルテと一緒にいたいんだけどね。中々時間が取れない。
なんというか、子供の日常じゃないよね。
これで他にも視察やら慰問なんかも入るというね。
王族として生まれた以上は仕方のない部分もあるんだけど、多過ぎない?
王族で男子だから余計に多い。女子だともうちょっと少ないらしい。政務なんかも男性優遇だからね。女性もいるけど、どこの部署もトップはほぼ男。
長兄や次兄は更に貴族からのお誘いが多い。
子供の誕生会とか、なにかのお披露目とか。イベントがあれば声を掛けられる。その辺はね、評判の悪さで助かってるよ。
子供の晴れの舞台に王族の腫れ物呼ぶなんて縁起でも無い。
僕と繋がっても他の貴族家とのパイプにもならないからね。母方の親戚なんていない、つまりはバックがいない。
貴族は6歳ぐらいに同年代の子供たちとの交流会やるもんだけど、それにも出てないからね。うん、友達いないから。そういう縁でどこかに呼ばれることもない。
呼ばれても忙しさに拍車がかかるだけだから困るけどね。
公務こなしながら個人的な交流も広げてる兄上たちは凄いよ。良くそんな時間あるよね。
なんて思ってたときもありました。




