元令嬢は思いつきを口にし、王子は仕事を増やす
ロゼはまだなにか厳しい顔をしてる。
「まだなにかある?」
「いえ、殿下は第一騎士団や軍部とも懇意ですよね」
第一騎士団の長の娘や将軍の娘が婚約者だからね。
「それに資金力もありますから……本気で王都を落とせるんじゃないですか?」
またなにを物騒なことを考えてるんだか。
でも……やる気はないけど、どうなんだ?
試しに考えてみると、
「案外いけそうだよね」
「ですよね」
飽くまでも第一騎士団の団長や将軍が話に乗って来たら、という大前提があるけどね。
そして、この前提は起こりえない。
団長も将軍も現国王、パパンと仲良しだからね。信頼も篤い。裏切ったりしない。
彼らが裏切らなかったとしても、
「傭兵を雇うって手もある」
腕利きの傭兵団を5つばかり雇えばいけそうではある。
「衛兵詰め所を押さえてしえば」
「どうでしょう、複数箇所で陽動を起こして分散させるという手もあります」
「平民街で同時多発の武力攻撃、そして貴族街に火を放てば衛兵も騎士団も大慌てになるよね。
目的を明確にしないといけないな。王都を滅ぼすのが目的か、その後に占領するのか。それによって選択肢が変わって来る」
王都を攻め落として、その後統治するとなるとあんまりえげつないことはできないんだよね。
住民の反感買ったらさ統治どころじゃないからね。
そういう条件なけりゃ、各所で市民を人質にとれば軍の動きはかなり抑えられる。
毒ガスって手もあるな。
使うと、大虐殺になりかねないけど。
「王都はその後占領、軍も可能な限り吸収するという条件ではどうでしょう?」
「つまり、国の乗っ取り?」
「はい」
ロゼも厳しい条件を出して来るな。
そうなると、どうするかな。
「一部の兵を残虐な方法で殺して士気を挫くか。兵糧攻めするか……正攻法で落とすのは結構大変だからね」
王都は城壁に守られている。
外からの勢力が王都を陥落させようと思えば、まず城壁をなんとかしなければならない。
攻城戦は攻撃側が守備側の10倍以上いないと無理だって話。
やっぱり、守りのための施設を正面から落とそうってのが間違いだよね。
包囲して兵糧攻めにでもしないと直接攻撃じゃ難しいんじゃないかな。
そりゃ、この世界だとまだ実用化されていない大砲でも使えば別だろうけど。
城壁の強度どれぐらいかな。大砲ならいけると思うけど厚いところは3メートル以上あるからなあ。でもコンクリートとか無いし、何発か撃てば崩れないかな。
それに門は木と鉄を組み合わせた代物。吹っ飛ばせると思うけど、どうなんだろ。
まあ、まず大砲作るところからだけど。
火薬はねえ、出来てるんだよね。
昔々の知識があってもさ、材料が存在するのかすら定かじゃないし、存在してても別の名称で呼ばれてたりするから、集めるのが大変だった。
硝石なんか、作ろうと思うと年単位で時間かかるからね。
それでも黒色火薬はできた。
無煙火薬作れりゃ凄いんだけど、硝酸エステルなんか扱うの恐い。専門家でもないから、下手に触って大爆発とか嫌だから挑戦もしてない。
化学物質は恐い。
実験器具もまともにない状況で下手に手を出すべきじゃないよね、やっぱり。
温度管理とかも難しいし。
「ああ、やっぱり王都内部での謀反か、外からの攻撃かで随分違うよね。今回は内部の反乱設定で行こうか」
外からだと要素多過ぎて。
「さすがに騎士団や軍のすべてが敵に回ることはないのでは?」
「そうだね。裏切り者がいるとしても一部だろうね」
数で言えば正規軍や騎士団が上回るとしても、正面から戦うわけじゃない。
仲間だと思っていた相手が急に剣を向けて来たとき、冷静に対処できる人間がどれだけいることか。
不意打ちであれば少数で多勢を打ち回す打ち倒すことだって不可能じゃない。
特に手の内を知っていればね。王都のどこを抑えれば軍全体の動きを阻害できるかとか分かってるわけだから。
「殿下、いい加減にしてくださいよ。俺は殿下を告発したくないですからね」
僕とロゼがヒートアップするのを見てリチャードが呆れ顔をする。
「別に僕が実行するわけじゃないよ」
「しかし、そんなことを考えること自体が……」
「いや、これは必要なことなんだよ。ロゼ、ノイグ騎士団長とドラクル将軍に使いを出して。
王都警備上の問題についての討論会を行いたいから、日程の調整をして欲しいと」
「え、そんな本格的にやるんですか?」
ただの雑談が将軍たちをも巻き込んだ話になろうとしているからリチャードは驚いてる。
僕もそこまでする気はなかったけどね、いい機会だよ。
軍と騎士団は別組織になってる。
基本違う組織なんだよね。
王都の場合、有事の際は常駐軍は防衛、騎士団は攻撃を担う。
仲が悪いわけじゃないよ。けど、どちらもトップは国王で、名代として指揮権を持つのが騎士団長と将軍。どっちも貴族だから互いの職分に口出しするのは遠慮がある。
簡単な情報交換なんかは日頃からやってるらしいけど、本格的な合同演習はないんじゃないかな。
もし王都を攻め落とそうと思ったら、この2つの組織の隙間を突くのもありだ。
そういう隙を無くすためにも蜜な関係じゃないとね。
それに、どうやれば攻め落とせるか、の思考実験はとても有用だよ。
チーム分けしての模擬戦で互いの弱点を徹底研究する。
本当は実際の騎士団や軍を動かしてやるのがいいけど、予算やらなにやらと大変だから机上演習、昔々の国では兵棋演習って言ってたかな。
ちゃんとやらないと意味ないけどね。不健全な作戦とかやったら有害でしかない。
警備、防備のどこに穴があるのか。攻撃役は本気で攻め落とすつもりで知恵を絞る。だからこそ見えて来る穴もあるかもしれない。
不正無しで真剣にやるのが肝要だね。
それを繰り返せば完璧に近くなる。近くなるだけで、完璧は難しいだろうけどね。
まさか、このときの思いつきが毎年恒例になるとは思わなかった。
将軍からは、そういう話をするときは是非娘も同席させて欲しいと言われたけど、もう数年待つよう言った。
カミラだってまだ遊びたい年頃なんだから、もうちょっと大人になるまで待ってあげようよ。
……うん、そんなつもりなかったけどまた仕事が増えた。
自分の仕事を増やさないと駄目な病気だろうか?




