森の民 山の民・上
「リルフィーネよ、よろしく、小さな王子様」
とエルフのお姉さん。
「ん、アルティーネ」
面倒そうに名乗ったのはダークエルフの少女。
リルの方が17、8に見える。アルは15、6だろうか。
まあ、種族が違うから実年齢と合ってるかどうかは知らないけど。
……で、なんでこうなった?
※
以前、森で婚約者がジェノサイドやらかした詫びとして、森に棲まう主たちに酒を奉納する取り決めをした。
そりゃね、僕が勝手に約束したんだよ。
でもさ、8歳の子供に全部やらせる?
酒の製造からだよ、製造から。
こっちは味見もできない年齢なのに。
いや、法的には問題無いけど、普通に身体に悪いから。成長過程の大事な時期に飲酒なんてさ。
だから折角作ったお酒も試飲は他人任せ。
結構うまく行ったらしいのは、口の肥えた大商人に是非買い取らせてくれと言わせたので分かったよ。
まだお試しだから、それほど量は作ってないんだよね。
やろうと思えばいけるけど。
なにしろ、こっちには時間加速器がある。
……うん、大事な婚約者、それも僕のために協力してくれてる子をそんな風に言ったらいけないね。
ごめんよ、リアルテ。
リアルテを道具扱いする気は無いけど、彼女の魔法のお陰で発酵を必要とするものの研究が捗った。もの凄く捗った。
パンだって短時間でふっくらしちゃう。
時間加速の原理について考えてみたけど、うん、分からん。
だってね、発酵食品は作れるんだよ。
でもさ、例えば薪に火を点けて加速しても炭にならないんだよね。
もちろん、炭ができる条件を整えた上での話。
酸素が途中で切れるのかな?
でも発酵だって酸素やら微生物が…………
謎パワー、魔法すげえ、ってことでいったん思考停止しとくことにした。ホント、謎過ぎる。
この世界じゃ、昔々学んだ物理や化学の法則は時々休むらしい。
便利に利用できてるからいいってことで。
まあ、大魔王の、恐らくは攻撃に使う系統の魔法なんだろうけど、どう使ったっていいよね。うちの可愛い大魔王がいいって言ってんだから。
で、取り敢えず1年ものを樽で持って来て蛇神様と猪神様に捧げたわけだ。
神様の正式名なんて知らないよ。
聞いてないから。
でっかい白蛇と、でっかい猪。
森の奥まで運ぶのはさすがに1人じゃ無理だから人足を雇ったけど、彼らは大蛇が姿を見せたらさっさと逃げたね。
まあ、最初から運ぶだけって約束で無理して貰ったんだからいいけど。
子供を置いて行くことに罪悪感はないのかね、君たち。
分からないでもないけどね。
こんな日本の昔話アニメ版に出て来そうなでかい蛇と猪。
面と向かい合うだけで気絶ものだよね。
2匹の主たちは僕の酒を聞こし召し、いたくお気に召した。
美味い美味いって。
凄い飲み方だよ。
樽を咥えてラッパ飲み。
もうちょっと味わって欲しいね。
「これ1年物。熟成年数が増えると味がもっと複雑になる。良ければ、来年辺り3年ものとか5年ものも持って来られるけど」
『なんと、それは是非飲まねば』と猪神。
『むう、是非……いや、待て』
蛇神の方が慎重なのかな。僕の言ったことに違和感を覚えたみたい。
『3年もの、5年ものだと? 酒を造り始めたのは去年ではないのか、人の子』
「そうだよ」
『ならば、来年3年物では計算が合わぬ』
「企業秘密は明かせないな。それに、上物を要求するなら対価も欲しい。
言っておくけど、僕は酒であり一定の品質があるなら約定を果たしたことになる。より美味い酒が欲しいなら、それは別計算」
供物の酒に年数の指定はなかったからね。
『道理が通らぬ。紛い物を捧げて騙す気か?』
「まさか。僕はあなたたちに嘘は言わない。それに飲めば分かることでしょう」
白蛇が、ううむ、と唸ったのは酒が相当気に入ったからだろうね。
実際美味い酒を出されて、これ以上文句を言って折角の契約をご破算にはしたくなかったんじゃないかな。
入手経路とか製法とかどうでもいいでしょ。あんたらは飲みたいだけなんだから。
「もうちょっと酒精の強いのも作れますし、味についても色々試行錯誤中ですけど、好みとかあります?」
僕もね、引き受けたからには半端な仕事はしたくない。
『なら、味の確認のために我がともに行こう』
「却下」
あ、思わず即答しちゃった。
でも、当たり前だよね。
この大蛇は対話が可能だと分かっているのに、僕以外は来たがらない。
そんだけ畏怖の対象なわけで、そんなのが人里に入ったら大混乱。まして王都になんて行ったら阿鼻叫喚だろうね。
大蛇が直接なにかしなくてもさ、パニックになった民衆が酷いことになるのは眼に見えてる。
「あなたたちが人の街に行ったら大騒動になるでしょ」
こうして面と向かってこんなのと会話できる方がおかしい。そのぐらいの自覚はあるよ。
自分の命に対する執着が他人より希薄なのかもしれないな。
僕にとって、今の人生どこかオマケ感があるからね。
「それに、これでも忙しい身なんで。ここまで来るのだってなんだかんだで往復で一週間ぐらいかかるんですから、本当は代理人に任せたかったぐらいです」
でもやってくれる人いないんだよね。
そりゃ、ぺろりと人間を一口でいけそうな怪物たちとの面会なんて、誰もやりたくないよね。
それに相手が相手だから地位も重要。
王子である僕の代理が務められる人が少ないし、この怪物たちに対応できる人は更に少ない。
王子に匹敵する地位となるとみんな重要人物だからさ、万一があっちゃいけないから代理なんて頼めやしない。
代理人を立てたかったのは忙しいからばかりじゃない。
リアルテが嫌がるんだよね。
仕方のない出張でも、リアルテは僕の外泊を嫌う。
寝るときに僕がいないと寂しいみたいね。うん、いい加減治した方がいいと思うんだけど、就寝時には当たり前みたいに僕のベッドに来るからね。
一週間ぐらい出掛けると伝えたら、ものすっっっっっごく、ごねられた。
ついて来たがったけど、あの子にはあの子の予定があるし、安全とは限らないし、そしてなにより大魔王であるあの子をこの森の主たちと会わせていいものかどうか悩んだ。
蛇も猪も大魔王一派とは敵って立場ではないようだけど、直接会ったらどうなるか分からないからね。
危険があるなら避けるにこしたことはない。
で、お留守番。
……出掛けるときもまだ納得してなかったから、きっと拗ねてるだろうなあ。
ご機嫌斜めのリアルテの世話はラーラに任せた。
リアルテは内弁け……身内の前だと感情を出すからね。まだぎこちないけど。人前だと固まっちゃうときもある。
それでもミリアたちとは早く打ち解けてスムーズに会話できるようになったんだから、対人スキルも上がって来てるとは思うんだけど、まだまだだね。
やっぱり10歳になったら学校に通わせよう。
友達100人とは言わんけど、数人は気兼ねなく話せる友人いるほうがいいよね。
……僕はいないけど。
普段気にしてないんだけどね、同年代の友人いないんだよね。ミリアたちは友人ではないし。
困ってないからなあ。
困ってないのが問題なんだろうけど。
友人いないって、あんまり健全じゃないよね。
環境も良くなかったからね。
王族だけど後ろ盾がなく、横の繋がりも作れない。王族だから、気楽に出歩いてそこらの子に声を掛けるわけにも行かない。
たぶん、学校も行かないだろうから、やっぱりボッチのまま。
いや、正確にはミリアたちがいるし、リアルテもいる。それに、まあ、あれだよね。お忍びで街にはちょくちょく出てるから、そこでの友人ならいる。
ただし、その友人たちは僕の本当の素性を知らない。しょっちゅう会えるわけでもないし、連絡手段も限られてる。
街に出たとき、たまに顔を合わせるだけ。
……友人と言えるのかな?
そういうつもりだったけど、あんまり友人してないな。知人じゃないか?




