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可愛い婚約者は、どこか変  作者: S屋51


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商人・上

「では、そのように致します」

 国で知らぬものはない大商会のトップが頭を下げている相手を見たら、大抵の人は怪訝な顔をするだろう。

 商人ギルドの長でもある会頭が最敬礼をしている相手は、まだ年端もいかない少年だった。

 10歳になったか、ならないか。

 着ているものや所作からして良家の出であることは知れるが、それにしても60に手が届こうかという男が頭を下げているのは妙な図だった。

 例え大貴族の子息であったとしても、影でハゲ狸と呼ばれる会頭はそこまで丁寧な応対はしない。

 無論、たかが商人の身で貴族階級に逆らえば首がとぶのだから、相手を怒らせない程度の丁寧さは忘れないだろうが、今来ている客への態度は心服しているように見えた。

「それじゃ、お願いね」

 少年は気楽にそう言って去って行く。

「誰です、あれ?」

 若い従業員が尋ねると、先輩従業員は鼻で笑い、

「おまえが一人前として認められたら教えて貰えるよ。それまでは、最重要顧客とでも思っておけ」と言った。


 ニマール商会を始めたのは今の会頭の祖父だった。

 行商から始め、王都の市に店を出すようになった。市で定位置を確保するまで5年かかったそうだ。

 小さな店舗を構えるまでに更に15年。

 店舗を拡張するのに10年。

 その頃には次の世代、今の会頭の父親が店を切り盛りするようになっていた。初代は長年の苦労が祟ったのか身体が思うように動かなくなっていたが、それでも調子のいいときには店に立ち続けた。

 3代目が支店を1つ任された頃、店は大店と呼ばれるようになった。

 王都でその名を言えば誰もが知っている。

 初代が目指していた場所に、漸く到達したときには初代は寝たきりとなっていた。

 そして、長年散発的に起こっていた戦争が大きなものへと育ち、国を挙げての争いへと発展した。

 会頭は戦争の物資売買で大きな利益を上げ、停戦時には資産は以前より倍近く増えていた。

 戦争を賛美する気はないが、戦争のお陰でニマール商会が飛躍したのも確かだった。

 同じように戦争で儲けた商会は他にもあったが、その半分以上は戦後10年で消えて行った。

 戦時の経済活動は異常なものであり、その状態で儲けが出ていたとしても戦争が終わっても同じやり方が通用するはずもなく、そのことに気付かなかった戦争成金たちが経済競争の中で自然淘汰されたわけだ。

 ニマール商会は守りに入ったと言われるほど堅実な商売をした。それでいて、ここぞというときには勝負を仕掛け、順調に勝ち越した。

 王都を代表する商会の1つにまで成長して、さすがにそこで伸び悩んだ。

 また、平民がやり過ぎると貴族からの横槍がある。

 既にニマール商会はいくつかの高位貴族に取り入ることで保身を図っていた。それが伸び悩みの元凶でもあった。

 貴族たちは当たり前のようにして商会の利益に集った。

 こちらの苦労など知らず、儲けを寄越せと言った。

 貴族たちに払う金は必要経費と割り切った。

 護衛を雇うようなものだ。下位貴族たちに絡まれないために、上位貴族たちに取り入る。そのための金や物品は生き残るための必要経費。

 そう考えるようにしていても、腹が立たないわけではない。

 貴族相手の商売は儲けも大きいが、扱いを間違えれば店が吹き飛ぶ。

 危険な相手から手を引きたいと思ったこともある。それでも、王都で大規模な店を構えるなら貴族とは縁を切ることができなかった。

 貴族と係わりたくないのなら、どこか田舎にでも拠点を移すことだ。それでも土地の領主とは付き合わねばならないだろうが、地方領主なら話の分かる人間はいくらもいる。

 まだ頼りないところもあるが息子もそれなりの年齢になって来た。いっそ、王都の店は任せて自分はのんびり田舎で雑貨店でも開くか。と本気で考えたこともある。

 祖父から継いだ店を息子に任せるのは理に適っている。

 そして、代替わりしてしまえば後はなにがあろうとも息子の責任。

 教えるべきことは教えた。だから、もういいじゃないか。

 そんな風に考えていた頃に彼と出会った。


 大店の主人ともなると多忙を極める。売り込みに来る連中はいくらもいて、紹介状も持たない相手とは会わないのが基本だった。

 紹介状無しはまず番頭たちが対応する。それで、これは店主に会わせるべきと判断された者だけと面会する。

 ここは番頭たちの腕の見せ所で、詰まらない相手を店主に通してしまうと評価が下がる。また、有益な相手を通さなかったことが後から判明しても評価は下がる

 有益な相手であるかどうか確りと見極める眼を持っていなければ、ニマール商会の番頭は務められない。

 大店に売り込みに来る者の9割は話を聞くだけ時間の無駄。残り1割も、まあ多少は商売になるか程度の話で、飛び込み営業の相手との商談で大儲けできることなど10年に1度もない。

 けれど、絶対にないとも言えないから質が悪い。

 持ち込まれる話を吟味もせず断っていては、折角の儲け話をフイにしかねない。だから手間ではあっても門前払いは避けていた。

 その日、取引のために出掛けようとしていたところに番頭がやって来た。

 その顔色からただ事ではないことが起きたと察せられた。

「今し方、子供がこれらを持って参りました」

 と差し出されたのは質の悪い紙になにかを包んだものと、手紙だった。

 一体なにが持ち込まれたのか。一体なにが持ち込まれたならベテランの番頭が顔色をなくすのか。

 興味を覚えた店主は後回しにはせずに包みを開いてみた。

 少量の白っぽい粉。

「?」

「舐めてみてください」

 何物か分からないものを舐めるのには勇気が要ったが、番頭が言うのなら悪いものではないのだろう。

 指先につけて舌に運ぶ。

「砂糖?」

 成る程、砂糖は高級品だ。

 それが持ち込まれたなら取引を考えるに十分な材料だが、けれど番頭が顔色をなくすほとではない。

 もう長年ニマール商会で働いている番頭である。砂糖を扱った経験だとてそれなりにある。少しばかり砂糖が持ち込まれたからと言って慌てるわけがない。

「そちらを、手紙をお読みください」

 ふむ、と会頭は手紙を開いた。

 封筒の封が切られていたのは番頭が確認したからだろう。

 封蝋はなく、しかし紙は貴族階級が使う上質のものだった。

『製法に興味は?』

 品のいい筆運びで書かれていたのはそれだけ。

 それだけで会頭は眼を剥いた。

「製法だと」

 砂糖は輸入に頼っている。原料も製法も伝わってはいない。植物から作るらしいとは聞いているが、原産国はそれらをはっきりさせなかった。

 秘匿情報であり秘匿技術。

 少なくともこの国でそれを知る者はなく、もし知ることができたなら莫大な利益に繋がるのは容易に想像できた。

 そう、大店の番頭が顔色を無くし、店主が眼を剥くほどの利益。

 だが、ここですぐに相手の主張を鵜呑みするほどには2人も初では無かった。

 新しい技術、秘密の製法、そんなものを売り込みに来る輩もいる。そして、彼らは詐欺師であることが普通だ。詐欺師でなければ金になるかどうかも怪しい、自己研究の成果を過大に評価している自称発明家。

「どんな男だ?」

 会頭の質問に番頭は汗を拭き拭き、

「それが……子供です」

「子供? 誰かの使いか」

「そう言ってます。旦那様からの返答を聞いたら帰る、と」

 伸るか反るか。

 考えどころだった。

 もし本当に砂糖の製造法が分かるなら、これはとんでもない利益になる。だが嘘であるなら、いくらかの金銭を騙し取られることになるだろう。

 被害は金だけではない。ニマール商会の看板に泥を塗ることにもなる。

 ニマール商会が詰まらない詐欺に引っ掛かったとなれば被害額以上の損害。

 だから、慎重でなければならない。

 しかし、このとき会頭は焦りにも似たものを感じていた。

 この手の売り込みはこれまでにいくらでもあった。決して珍しい話ではないのだが、どうにも違和感があった。

 砂糖が本物だった。

 手紙に使われた紙が上質なものだった。

 詐欺師がなけなしの金で砂糖を買い、紙もそれらしく見えるよう良いものを揃えた?

 ――いや、違う

 書いてあった文字は町育ちの平民のそれではなかった。

 上品な筆運びは確りと教育を受けたもの。富裕層か、或いは無いとは思うが貴族階級。

 どうしてそんな者が自分に商売を持ち掛けるのか。

 砂糖なら専門業者に持ち込めばいくらでも売れる。

 彼らに持ち込めない理由でもあるのか。

「製法……そうか、現物はそんなにないということか」

 相手は製法を知りたいかどうかを聞いて来ている。

 砂糖を買い取るかどうかではない。

 となれば、偽物を掴まされることもない。

 目の前で砂糖を作らせてみればいい。できれば金を出し、できねば出さないだけの話だ。

 無論、1から10までを見せろとは言えない。向こうも見せないだろう。製法に価値があるのだから。

 要は、本当に砂糖を作り出せるかどうかを確認すればいい。やりようはいくらでもある。

「よし、会おう」

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