大魔王・大魔法 下
頭からすっぽり布団を被ったリアルテ……うん、可愛い。用途は間違ってるけどね。
子供はあれだよね。どんな仕草でも可愛いよね。今のリアルテの心情を考えるとほっこりしてる場合じゃないんだけど、思わず頭撫でたくなる。
ミリアやシーラもまだ可愛い子供なんだけど、あっちは付き合い長いからね、ちょっと感覚が違う。
リアルテがこの国じゃ珍しい黒髪というのもあるかもしれない。昔々の記憶を刺激されるんだよね、黒髪で黒い瞳って。勿論、良い意味でだよ。
ベッドに寄ってリアルテと視線の高さを合わせ……る必要はないね。僕も低いんだから。
最近、リアルテの方が成長してるんじゃないかと危惧してる。
将来の奥さんに見下ろされるのはちょっとね。リーチェは年齢差があるから今は仕方無いとしても、他の子は同い年か僕のが上なんだから。
成長期がいつ来るかは個人差があるから、男女でも子供の頃は体格に差が無かったり、女の子が大きいのも珍しくないと分かってるんだけどね。
伸びるときは一気に伸びる、はず。
きっと大人になる頃にはみんなよりは大きくなってる、といいなあ。
大人だってね、大きい女性も小さい男性もいるからね。僕が高身長になる保証はどこにもない。
パパンはそれなりに身長あるから大丈夫だとは思うけど。
うん、いいんだ。別に身長が低くたって、そのことで馬鹿にするような子は僕の婚約者にはいないから。リーチェなんかは、僕のが小さいと容赦なく抱っこしようとする気がするけど。
ベッドの上から世界一可愛い布団お化けが僕を見上げる。
僕は彼女の隣に座って布団の中の彼女の顔に触れた。
未婚の女性の肌に肉親でない男性が触れるというのは宜しくないよ。これは僕らがまだ子供であり、僕が婚約者だから許され……ると思ってること。
僕が何をしようと、この離宮で僕を罰せる人なんていないけどね。
だからって無法はしないよ。権力の濫用は駄目。
「随分と泣いたみたいだね。あんまり泣くと眼が溶けてしまうそうだよ」
そんなことないのは知ってるし、リアルテもそう言うのが分かる年齢だ。それでもね、理屈と感情は別物だよ。リアルテの年齢だと、そんなことはないと思いながらも、ひょっとしたらと思っちゃうんだよね。
僕は指で彼女の涙袋の下をなぞる。
乾いた涙の跡。
なにをそんなに泣くことがあったのか。
「なにがそんなに悲しかったの?」
「それは……」
僕を真っ直ぐに見つめながら、彼女は言い淀んだ。
「君が悲しんでると僕も哀しいよ。ねえ、リアルテ。教えて」
これはね、本当にそうだよ。
リアルテが心を痛めてると思うと、僕も辛い。
彼女には笑って過ごして貰いたい。だから引き取ったんだ。なにもかもができるとは言わないけれど、できる限り憂いは取り払って上げたい。
リアルテがなにを悲しんでいるか。なにを恐れているか。なんとなく分かってはいる。たぶん、の話でしかないけど、彼女は自分の力を見てびっくりしたんだと思う。
これまでリアルテが魔法を使ったなんて聞いてないから、薔薇を腐らせたのが初めてだったんじゃないかな。それも棘が刺さったことで驚いた拍子に発動した。
これは一般的な魔法と随分と違う。
この世界に存在する魔法には呪文が必要になる。無詠唱が可能かどうかは知らない。できたとしても、準備段階も無くいきなりの使用はできないんじゃないかな。
リアルテは、状況を聞く限りでは咄嗟に薔薇を腐らせた。
これは魔法というより、なんらかの力、超能力めいたもののような気がする。ただそういう概念はなく、不自然現象を起こす力全般を『魔法』と名付けているんじゃないかな。
なら、リアルテのそれは確かに魔法だ。ただし、恐らく誰も真似できない魔法だ。ゲームなんかだと固有魔法とか、固有スキルと呼ばれる類のもの。
大魔王の能力として物を腐敗させるって、なんというか、らしいよね。
闇属性とかになるのかな?
「わたし、わたし……」
リアルテは僕の質問に答えようと努力してくれるけれど、どうしても自分からは言い出せないみたい。
僕は彼女の手を取って、その指先を注視した。
「薔薇の棘が刺さったんだってね。痛かった?」
見たところ、既に出血もないし傷も見当たらない。薔薇の棘の傷なんて小さなものだからとっくに塞がってしまったんだろう。それでも刺さったときには相応の痛みがあったはずだ。
と、リアルテの大きな目に見る間に涙が溜まって行き、彼女はボロボロと泣き始めた。
「どうしたの?」
「で、殿下は、聞いたんですよね」
しゃくり上げながら言葉を紡ぐ様はとても辛そうで、見ている僕まで胸が痛んだ。
「なにを?」
「わ、わた、わたし、薔薇、コロし……」
薔薇を殺した、と言いたいのかな。
まあ、腐らせたならそうと言ってもいいのか。
「聞いたよ。リアルテは凄いことが出来るんだね」
彼女を宥めるための嘘や偽りじゃなく、本心からの言葉だよ。
けどやっぱり意外だったかな。リアルテは、え? という顔をした。
「レリクスさまは恐くないのですか?」
「どうして?」
「だって……お父様はのろわれたちからだ、おぞましいって」
……あのおっさんは、小さな子になにを言ってんだか。
仮にも自分の娘だろうに。
そっか、前から使えたのか。でも父親に否定されたから隠してた、と。
「それはね、リンドバウム公爵がリアルテの力の凄さを理解できなかったからだよ」
「でも……」
「君の力はね、とても凄いものなんだよ。いくつか守るべきルールはあるけれどね。とても役に立つんだ」
困惑していたリアルテは、役立つ、と言われて驚いた顔をした。
「役に立つのですか?」
「うん、とってもね。他の人はどうか知らないけれど、少なくとも僕にはとても役立つよ」
「レリクスさまのお役に?」
あ、なんか凄い喜んでる。
「ただね、今のままじゃ駄目だよ」
「駄目?」
「薔薇は殺そうと思って殺したのではないんだろ?」
「あれは、棘が痛かったので」
「うん、痛いよね。驚いて魔法を使っちゃったんだね。
でもね、間違って人に使ってしまうといけないから、完全に自分の意志で制御できるようにならなければいけない。それができたら、リアルテのその力は僕にとっては掛け替えのないものになる」
「本当に、本当にレリクスさまのお役に立てますか?」
純真な濁りのない眼差し。
嘘は言ってないんだけど、なんか子供を丸め込んでるみたいで胸が痛い。
リアルテ、そんな真っ直ぐな眼を向けないで。
「本当だよ」
腐敗現象がどう引き起こされるのか。
もし時間を進めるようなものであるのなら、その有用性は計り知れない。
違う原理であっても利用法はいくらでもある。
大魔王の危険な魔法?
道具でもなんでもさ、使いようなんだよ。
「そういうことでしたら、わたしがお役に立てるかと」
!
びっくりした。
ラーラ、気配消して入って来ないで。
というか、そんな間近にいたんだ。忍者?
「君は魔法を使えるの?」
「少しばかり心得があります。お嬢様の魔法が暴発しないようにお手伝いできると思います」
「ホント、ラーラ」
「はい、お任せ下さい」
ラーラさんや、本当に大丈夫?
魔法の専門家を探してもいいんだよ。という僕の目配せに、無用です、と圧をかけられた。
ラーラも大概リアルテ至上主義だから、自分で出来ることは他人に任せたくないんだろうね。僕としては用を為すならラーラでもいいよ。というより、新しい人だと慣れるのに時間かかるだろうし、なにより特殊な魔法だから秘密保持の観点からもラーラは最適か。
「それじゃ、ラーラについて魔法を学ぶといいよ」
「はい、頑張ります」
布団がずり落ちるのも構わず、リアルテは気合いを入れた。
ふんすふんすとやる気に満ちるリアルテ。
うん、うちの子は今日も可愛い。
これで味噌や醤油、発酵食品の開発が捗るってものだ。
重要なのはそこか!?