大魔王・大魔法 上
酒蔵の視察を終えて離宮に戻るとラーラが出迎えてくれた。
それ自体は珍しいことじゃない。珍しいのはその場にリアルテがいないこと。
リアルテはいつも僕が帰るのを待ち構えていて出迎えてくれる。
僕って基本的に王宮の門を通った後は徒歩で来るからね。離宮の2階にでも居れば僕が帰着する少し前から分かるわけだ。
なんか、聞いた話によるとリアルテは僕の帰りを見張らせるために夕刻になると手透きの使用人を2階に張り込ませてるらしい。
そこまでせんでも、と思うけど、帰ったときにリアルテに出迎えて貰えるのは結構嬉しいのでなにも言わない。それに、僕が先触れを出すとか通常の手順を取れば良いだけなんだよね。
貴族ってのはどこかに行くには先触れの使者を出して相手に準備させるのが普通で、王宮でもそう。誰かの宮を訪ねるなら前もって使者を立てる。自分の宮に戻るならその旨を報せる。
ルール破りをしているのは僕なんだよね。
リアルテたちが来る前は離宮で一人のことが多かったから帰宅の報せは不要だったし、他の宮へ行くことも稀だったからね。
ミリアとシーラは来る前にも一応使者が来るよ。
僕が不在だったりしてもまずいしね。
いつもそこまでして出迎えてくれるリアルテの姿がないのはどういうことかな?
ラーラは飽くまでもリアルテの専属メイド兼侍女であって単独で僕の出迎えをしたりしない。彼女の役目はリアルテの側にいることなのだから。
彼女は実に役目に忠実で、僕よりもリアルテを優先する。
それはそれでいいんだ。
元々リアルテのために公爵家から引き抜いたんだから。
僕は自分のことは自分で出来るし、寧ろあんまり構って欲しくない。
王族らしくない王族だからね、僕は。
そのラーラが1人で出迎えている状況は余り良い兆しじゃない。
「なにかあったね?」
ラーラは深く頭を下げ、
「ご連絡差し上げようかと思ったのですが、殿下がどちらにいらっしゃるか分からなかったものですから、こうしてお待ちするより他にありませんでした」
今日は公務じゃ無かったからね。内緒の内緒のお仕事。
いや、半分公務なんだけどね。
森の怪物たちに貢ぐための酒造りなんだから。
本当は僕が飲めるようになってからにしようと思ってたんだけどね。だって、味見とかできないでしょ。
なにより、腹立つからね。苦労して造った酒を自分だけ飲めないのって。
巷に出回ってる酒は所謂果実酒と蜂蜜酒、他はビールに近い香りのどろっとして少し泡のあるもの。
前に蜂蜜酒を一舐めしたけど、酸味が強い。
大体どの酒も上級酒と下級酒があって、庶民が飲むのは下級酒。上級は値段が高いから富裕層や貴族向け。
下級酒は薄めてあるか、絞り滓から造ってあるらしい。
本当は全部味見しないと、昔々の記憶との照合ができないんだけどね。
法的には飲酒規制はないよ。
ただ7歳児がアルコール摂取すると成長に悪影響だろうから大人になるまで酒は飲まない。
仕方ないから人に味を聞いて判断するしかない。
なんというか、非効率。
利き酒のときみたいに口に含んで味だけ見て捨てる?
そんなもったいないことやりたくない。
最終的には出来上がった酒でやるかもだけど、それだけでもこの身体だと酔っ払いそう。
僕の知ってることだけ教えて、味の調整は丸投げでもいいんだけどね。それが自分好みかどうか知りたいじゃないか。
それに出来上がった酒を楽しめないのも辛い。やっぱり、飲めるようになってからが本番かな。
「殿下?」
一日の仕事を振り返っていたら、ラーラに怪訝な顔をされちゃった。
ごめん、なにかあったんだよね。
「それで、どうしたの?」
玄関に入り、本当ならここから自分の部屋に向かうところだけれど、その前にラーラの話を聞いた方が良いと判断した僕は立ち止まった。
ラーラは周囲に視線を走らせ、他の使用人たちがいないことを確認してから、
「殿下は、お嬢様が大魔王だというお話をどの程度信じておられますか?」
意外な質問。
咄嗟に答えが出なかった。
それは初対面の時にリアルテから告げられたことだ。
自分は将来大魔王になるのだ、と。
その話を丸っと信じたわけじゃ無い。
当時のリアルテは冷遇というか虐待を受けていた。逃げ場のない子供が空想にそれを求めたとしてもおかしくはない。
けれどここはファンタジーランド
魔法もあれば怪物も実在する。
建国神話には大魔王と勇者の話がある。
この国は初代国王と大魔王を打ち倒した勇者が作った国だ。
だから大魔王の存在を否定することは国の成り立ちそのものを否定することに繋がる。
まあ、だからと言って、
リアルテ=大魔王
の式の証明にはならないんだけれど。
ただ魔王なんかの存在について馬鹿には出来ないのは確かってだけ。
将来的に何者になるにしても、今のリアルテは6歳の可愛い女の子でしかない。
将来有望で、立派なクーデレ美人に成長してくれることが期待される子だ。
クーデレは完全に僕の趣味だけど。
とにかく、今現在は未来の大魔王だからと言ってなんら不都合はないし、それを予感されることもない。
毎晩独り寝は寂しいからと僕のベッドに来て、人を抱き枕代わりにしてる子が大魔王と言われてもね。
「肯定も否定もしない程度だね」
判断材料が少ないからね。
リアルテが嘘を吐いてると考えてるわけじゃないよ。
幼い子供なら空想と現実がごっちゃになってもおかしくはないってだけ。
それに、神託を受けた聖女が知り合いにいるから、大魔王がいても、ああそうなの、としか思わんのよね。
あれかね。昔々の記憶のせいでゲーム脳?
なんにしても、今現在のリアルテにはなんの脅威も感じていない。感じるべきかもしれないとは思ってるけどね。
無理だよね。
まだ小学一年生の年齢だよ。
夜中に目が光ったり、ブリッジで階段を下りたり、首が伸びたりしたわけじゃないからね。
「本物の大魔王であった場合は、どうなさるんです?」
「どうかしないといけないの?」
質問に質問で返すのはあれなんだけど、つい聞き返しちゃった。
「大魔王ですよ」
「大魔王は魔王たちの頂点にして世界の支配者、だっけ?
魔王たちの話だって神話の類なのに、大魔王がどうたら言われてもね」
そもそも大魔王は支配者だから大魔王なんて呼ばれたと思うんだけど。
ならその要素は持っていても魔王を従えてもいなければ、支配者になってもいない現時点では大魔王と呼べないんじゃなかろうか?
それとも世の中に現れた瞬間から大魔王だったんだろうか?
「普通は恐がったりしません?」
「恐がった方がいいの?」
あ、質問に質問で返しちゃった。
「殿下は、あれですよね。鷹揚というか、器が大きいというか、どこかおかしいですよね。話していると、まるでこちらがおかしいような気になって来ます」
「君の給金出してるの僕だってことは忘れない方がいい」
ラーラを含め、この離宮で働く元リンドバウム公爵家の使用人たちを雇っているのは僕だ。
仕える相手はリアルテでいいけど、雇い主が誰かは忘れて貰っちゃ困る。
「大丈夫です。殿下がお許しになるギリギリの線を攻めていますから」
いや、そりゃ多少失礼なこと言われたぐらいで解雇とか懲罰とかしないけどさ。
なにより、ラーラはリアルテ付きとして長いし、専属の侍女でありメイドもこなす。リアルテが一番懐いてるわけだから解雇なんてできない……あれ、もしかしてラーラって結構無敵?
「それで給料を上げていただけるのですか?」
「今の会話に昇給要素があったなら、是非ともお聞きしたい」
ラーラは表情を崩さないから本気か冗談か分からない。
良い方に解釈するなら、気軽に冗談が言える程度には打ち解けてくれた、ということだろう。そういうことにしておこう。僕の精神安定のためにも。




