リーチェとの修行・上
王族とは言え男児なら武術は嗜み。
僕も剣術や馬術の訓練は受けねばならない。受けねばならないんだけど、
「ほら、どうしたの、押し返して」
木剣で押し合いながら、なんで楽しそうなんですかね、リーチェさん。
勝てない僕がそんなに面白いですか。
力一杯押し返そうとするんだけど力が足らない。
そもそも男女の違いはあっても僕と彼女では体躯が違う。
技術だけの問題ならまだしも、純粋な力比べになると体重差は中々に覆し難い。
技術もリーチェのが圧倒的に上なんだから勝てる要素が無いね、まったく。
僕がリーチェの年頃になれば、技術はともかく単純な力比べなら負けな……いことはないな、たぶん。
リーチェは細く見えて大人の騎士顔負けの力があるから。
鍛えてるとかそんな話じゃなく、騎士団でもリーチェの力はちょっと異様だ。
この前なんてトラックみたいな巨大猪の突進を相殺してたし。
……身体強化とか、そういう魔法でも使ってんの?
聞いたこと無いけど。
って、考え事してたら一気に押し込まれた。
そりゃ僕は軽いけど、身体が浮くってどうなってんの。
飛距離3メートルは行ったかな。
うん、ケツが痛い。
「わたしの勝ち」
尻餅ついた護衛対象(7歳児)に剣を向けて勝ち誇らないように。
「加減というものを知らないの?」
周囲で見てた他の騎士が心配そうにしてる。
王族を吹っ飛ばせば心配になるよね。
ま、分かってる人たちは苦笑してるだけだけどもさ。
いや、さすがにこれは注意してよ。
「手加減したら訓練にならないじゃん」
「訓練だからこそだよ。常に真剣勝負してるわけじゃないんだから」
リーチェが差し出した手を借りながら立ち上がる。
剣術の稽古で打たれたからと怒るのはどうかと思うけど、無意味に吹っ飛ばす必要はないと思うんだ。
これまでだって他の騎士から打たれたことはいくらでもあるけどね。
「これでも手加減してるよ。しなかったら、レリー死んじゃうじゃん」
「死なない程度ならいいという問題じゃないんだけどね」
「大体、レリーは弱いんだから訓練なんかしなくてもいいじゃん。してもあんまり意味ないんだし」
不敬に不敬を重ねる不敬コンボ
そら僕は弱いよ。
剣術の才能もあんまりない自覚はある。
それでもまるで心得がないってのはね、許されないんだよ。立場的に。
いざとなれば戦場にだって出ないといけないんだから。(そうならないように戦の芽はできるだけ素早く摘みたいところだね)
リーチェの言動は婚約者ということを差し引いても、かなり酷い。
ここで彼女を罰しても誰も不当だとは言わないだろうね。やらんけど。
僕は婚約者にはかなり甘いからね。
リーチェが悪気がないことも知ってるし……悪気がなくとも駄目なものは駄目だけど。
どうも僕は婚約者たちに厳しくするのが苦手らしい。
暴力男より遙かにいいとは言え、これはこれで駄目だよね。
事情を知ってる騎士たちならいいけど、新人とかがこの光景見たら、僕に対しては不敬を働いてもいいんだとか勘違いしたら困る。
「さあ、レリー、もっかいやるよ」
リーチェは僕の護衛であって指導役じゃないんだけどなあ。
ていうか、剣術指南役がなんかこっち見てにやにやしてんですけど。
仕事してよ。
「殿下、リーチェ嬢から一本取れたら通常鍛錬に戻りましょう」
あ、くそ、先手打たれた。
というか、仕事する気ないでしょ。
僕とリーチェじゃ実力に差があり過ぎる。今の僕がリーチェから一本取るなんて無理だよ。
それに体力が尽きる前に精神力が尽きる。
自分の婚約者に手も足も出ずに打ち負かされるって、ゴリゴリ削られるんだよ。
僕にだってプライドはあるんだから。
「そう言えば、あの猪を止めたのは、どうやってやったの?」
狩猟祭のとき、リーチェは巨大猪の突進を止めた。
大人でも吹っ飛ばされそうな相手だったのに、リーチェは相殺したんだ。
「ううん、こう、ぐわ~って来たから、うおおおって」
うん、誰かこの子に日本語パッチ当ててあげて。
この子の言語化機能、死に絶えてるの忘れてたよ。
シーラとはまた方向性の違うポンコツだった。
シーラの場合は話があちこちするだけで必要なパーツは揃ってる。だからワードを拾って並べ替えれば意味は理解できるんだよね。対してリーチェは感覚的なことを擬音を交えて言うからさっぱり分からない。
ついこの前、正論で僕に説教した人間と同一人物とは思えないぐらい支離滅裂。
「リーチェ、この後はリアルテと一緒に語学の授業受けようか」
リアルテは毎日家庭教師から学んでいる。
今日は語学と歴史のはずだ。
公爵令嬢だし、王子妃候補だから求められる教養レベルが高いんだよね。
大変だろうけど必要なことでもある。
大人になったとき、立場上他国の人たちとも交流しなければならないこともある。
そのとき、母国語が怪しかったり、歴史に疎かったりしたら国の看板に泥を塗ることになるし、なによりもリアルテ自身が恥をかく。
僕が望み通り田舎領主になってもさ、王族であることは分からないから、公式行事なんかあると呼ばれるんだよね。
だから、どうしても一定水準の教養がないとまずい。
リーチェにそこまで求めようとは思わないけど、それでもさ、会話が成立する程度は必要でしょ。
だから、そんな嫌そうな顔しないように。
リーチェは武に全振りした脳筋キャラみたいなもんだから、勉強嫌いなのは知ってるけど、僕の婚約者になりたいと言ったのはリーチェ自身だからね。
「じゃさ、次、わたしが一本取れたらこの後は馬術訓練ってことにしない?」
なにが、取れたら、だ。
ここまで僕が全敗じゃないか。必勝を確信してるだろ。賭けにならないよ。
……いや、成立させてみようか。
僕だってなにもできないわけじゃない。ただ、どうしても身体が小さいという不利があって、この問題の解決には時間がかかる。
だから、十分に成長するまで待とうかとも思っていたけど、リーチェ相手に試しておくのもいいかもしれない。
「分かった。それでいいよ」
僕が受けると思っていなかったのか、リーチェは一瞬意外そうにしたものの素直に喜んでいる。
僕より年上で身体も大きい。
日頃から鍛えているから同年代の少女より遙かに筋力に恵まれている。いや、大人と対等以上。
普通に戦えば不利な相手。
剣術指南のスーアンクも意外そうな顔をしている。
けどスーアンクはベテランであり、僕についても知ってる。僕が勝算もなしに勝負を受けるはずがないと分かっている。
だからか、面白そうに事の成り行きを見守っているだけで口出しする素振りはない。
スーアンクに手の内を知られると、彼を驚かせる楽しみがなくなってしまうけど、まあ、いいか。
僕は地面を軽く蹴って硬さを確かめた。
このぐらいの柔らかさがあれば大丈夫、と思う。
リーチェだからね、多少のことなら怪我もしないでしょ。




