シーラの魔法事情・下
「毎回そうなるの?」
「恐らく。これまで、実験動物の雌雄など気にしておりませんでしたので」
動物実験自体メジャーじゃないし、細かいデータを取るなんて研究者みたいなこともやってないだろうね。
彼らの目的は治癒魔法の訓練だから、傷さえ治れば後はなおざりだよね。
実験動物の年齢、性別、体重などなど細かいところまで記録して、魔法の効果の検証をするのがいいんだけど、そういう下地がないからなあ。
薬学の方じゃそういうやり方が始まってるけどね。
あっちじゃネズミの繁殖も始めたはず。
小さくて、増やしやすい。
バルムスッドのおっちゃんと話し合って、薬の実験方法として定着させようってことになった。
「シーラはなにか言ってる?」
「シーラ様は、教えられた通りにやっただけだ、と」
教えられた通りにやっておかしな……余りにもおかしな結果を出す。
さすが隠れポンコツ
想定通りの結果の遙か上空を明後日の方向へ通り過ぎて行く。
「傷は治るんだよね?」
「はい、それはもう大変な効力で」
「実験体が雌の場合はなにか変化は?」
「今のところありません」
……。
「傷の具合との相関関係は?」
「そうかん?」
あ、そういう概念ないのかな。
「傷の具合に係わらず、雌化するの?」
「あ、はい。今のところはそうです。掠り傷でも深い傷でも」
棘が刺さったの治して貰うと女の子になっちゃうとか、駄目でしょ。
雄だけが去勢されるって、あの子は男になにか恨みでもあるんだろうか?
なにはともあれ、シーラの治癒魔法にだけはお世話になりたくないな。
「当面は人への使用は絶対禁止。シーラがグズるようなら僕の名を出してもいい。
一応、僕からも手紙を出しておこう」
強制去勢とか、危な過ぎでしょ。
性転換希望の人になら需要あるかもしれないけどさ、ニッチ過ぎる。
……安全な性転換手術、として売ればそこそこ儲かりそうではある。
聖女のやるこっちゃないけど。
「そうしていただけると助かります」
たぶん、トワプ神官は僕にシーラを制御して欲しかったんだろうね。
聖女だし、実際に傷は治ってるし、そして伯爵令嬢。
シーラが強く望めば、患者の治療をやらせないわけには行かない。
婚約者であり、王族たる僕なら止められる、との判断だろうね。
……いや、違うか。
「トワプ神官、あなたとは面識がなかったはずだけれど、僕に頼ろうと思ったのは何故?」
まあ、シーラを止められそうな人選をすれば自ずと僕になるんだけどね。
でも、それだけじゃないでしょ。
「はい、教皇猊下にご相談しましたところ、そういうめん……難しい問題は第3王子殿下にお任せするのがいいだろう、と」
面倒事って言おうとした?
教皇の爺ちゃん、酷いよ。
面倒臭いからって僕へ丸投げとか。
大体、それならそれで教皇自身が手紙くれりゃいいのに。というか、それが筋でしょ。
どう見てもトワプ神官は僕と面談なんてしたくなかったみたいだし。
「噂を鵜呑みにしていたわけではありませんが、噂は所詮噂なのですね」
僕が懸念事項に対する解決策を提示したからだろうか。
トワプ神官はどこか安堵したようだった。
「色んな噂があるのは知ってる。今はどんな噂がある?」
「それは……」
言いにくそうにするってことは、まあ、ろくでもない噂なんだろう。
僕は自分の噂なんて一々気にしてないからね。
悪評なのは分かってる。
無能な3番目
引きこもり王子
税金泥棒
怪しげな実験を繰り返し、国家反逆を狙っている
死体漁り
などなど
最近じゃ、あれだ。
好色家、なんてのもあるらしい。
僕がリアルテを保護して一緒に住んでいたり、この前までミリアを預かっていたから。
そら、未婚の男女と言えばそうだけどさ。
7歳児だよ。
子供が一緒に暮らしてるだけで、なにを想像してるんだか。
まあ、それでも僕を貶めるのが目的の人たちにすれば十分なんだろうね。
だから政争なんて面倒なだけなんだよ。
悪い噂を打ち消そうとすると、その行為そのものが更に悪評を生むし、そもそも僕と噂を流してるだろう一派が真っ向対立しても得るものが少なすぎる。
どうせそのうち王宮を去るんだから、放っておいて欲しい。
「最近、よく耳にするのは、殿下が魔物を従えて国家転覆を狙っている、と」
トワプ神官は非常に言いにくそうだった。
言ってくれてどうも。
その噂はリチャードから聞いたよ。
狩猟祭のときに怪物たちと交渉したから、そこから尾鰭が付いたというか、無理に着けた感じで、僕があの大蛇や巨猪を従えたって話になってるのね。
いや、無理だから。
殺されないように交渉しただけで、従えるなんてとんでもない。
「普通は、交渉自体できやしないですよ。その場にいた護衛たちですら竦んでたんですから。
護衛騎士たち、殿下の対応を絶賛してましたよ」
って、リチャードが言ってた。
絶賛されたのに、なんで魔物使い、とか言われるんだろうかね。
しかも悪い風に伝わってるみたいだし。
僕だって、どんだけ恐かったか。
でも、ああしないと僕だけじゃなくミリアやリーチェ、騎士や案内役、みんなの命が危なかった。
これはもう、勇者と称えられてもいいんじゃないだろうか。
それはそれで嫌だけど。
僕の悪評を蒔くのに忙しい人たちにシーラの治癒魔法を掛けたらどうだろうか。
少しは静かになるかな。
掛けるのは飽くまでも治癒魔法だから、犯罪じゃないし。
僕の知る限り、勝手に治癒魔法を掛けたとして罪に問われた事例はない。
治癒魔法で性別が変わったって話も知らんけど。
まあ、やらないけどね。
そんなことしたら非難されるのはシーラだ。
僕の溜飲を下げるためだけに可愛い婚約者を犠牲にする気はないよ。
純粋に、面白そうではあるけど。
性別が変わる。
雄が雌になる。
どの程度そうなるんだろうか。
昔々の世界で、そういう手術はあった。
様々な事情で生来の性でいられなかった人たちにとって、それは救いになったらしい。
でも、生殖能力は失われてしまうんじゃなかったかな。僕自身受けてないし、それほど興味がなかったから詳細は不明。
雌になった雄犬は生殖能力はどうなってんだろうか?
魔法だからね。
外科的に切除したわけじゃない。
バルムのおっちゃんに手紙出しておくかな。
絶対食いついて来るから。
しかし、聖女の魔法にこんなでかい副作用があっていいんだろうか?
勇者が女性化したらどうすんだ?
いや、回復職がこれだとパーティー全員が犠牲になるんじゃないだろうか。
魔王と戦えるのか?
大魔王を討伐されると困るから、自滅してくれりゃいい……とも言えないんだよなあ。シーラがいるんだから。
シーラの欠陥、治した方がいいんだろうか?
そのままの方が面白いと思います