シーラの魔法事情・中
「第3王子殿下におかれましては、シーラ様の治癒魔法に関しまして何度も検証して安全が確認できないうちは決して人を相手に使用しないようにと厳命されたとか」
「したね」
シーラはそうは見えないが特殊形ポンコツスキルの使い手。
通常の手順から異常な結果を導き出す。
恐くて彼女の治癒魔法をそのまま人間に使わせるのは躊躇われた。
普通ならね、治癒魔法が使えるようになったのなら、ちょっとした怪我人を治すところから始める。
修行も兼ねて治療院で奉仕活動したりして習熟して行くものらしい。
魔法というのは同じ呪文を使えば威力の強弱の差こそあれ、基本的に同じ結果が生じる。
だからファイアボールの呪文を唱えたら火の球が出る。
大きさ、温度、速度、個々人によって差は生じるものの、それは間違いなく火の球であるはずだ。
シーラにはそういう常識が通用しないところがある。
ファイアボールの呪文を使って雷を落としたとして僕は驚かない。
「人では試せないので犬を使いました」
「そう」
嫌な想像しちゃった。
人間に使う前に犬で試すことは、まあ仕方無い。
けど、都合良く怪我をしている犬がそこらをうろちょろしているわけもない。
実験となれば定期的に同程度の怪我を負った個体が必要とされる。
そんなもの自然発生を期待する方がおかしい。
人工的に作り出す以外に手はないだろう。
治癒魔法の実験のために動物に怪我をさせてる。言ってしまえばそういうことだ。
治癒魔法の性質上、試すには傷付いた生物でなければいけない。
人体が使えないとなれば、その他の動物ということになる。
ううん、仕方ないと言えば仕方ないけれど、実験体にされる動物にしてみれば傍迷惑な話だよね。
動物実験してるのは、たぶん僕が人体への使用に関して厳しく規制したからだろうね。
普通はいきなり人体で試すものだろうから。
実験に協力してくれた犬たちに感謝申し上げたい。
それにしても、トワプ神官は歯切れが悪い。
いつもこうなんだろうか?
「シーラの魔法は上手く発動しなかった?」
「いえ、そんなことはありません。切り傷程度なら跡形もなく」
治癒魔法の原理は知らないけれどもさ、結構出鱈目な性能だよね。
傷が綺麗に治っちゃう。
傷跡も残らないし、即効性がある。
聖女クラスになると上級治癒魔法で四肢欠損も再生できるらしい。
さすがに見たことはない。
戦争なんかやってると治癒魔法使いは非常に重宝され、同時に敵の攻撃目標にされる。
そりゃそうだよね。折角敵兵に傷を負わせても、治癒魔法で治しちゃうんだから。
まあ、絶対数が少ないし、一日に使える魔法の数も決まってはいるけどね。
だから能力の高い治癒魔法使いは需要が高い。
大体は教会が管理してるけど、そうでない人は大貴族お抱え。
戦争に参加するのは大貴族の側に控えてる人ぐらい。
傭兵として参加する治癒魔法士は教会所属でもなく、貴族お抱えでもない人ってことだから、腕が悪いか、余程の変わり者。
伝説上では無所属の聖女クラスの治癒魔法の使い手もいたけど、実際はどうかな。
それだけの能力があるなら、どこかの国が囲うんじゃないかな。
シーラは教会で教育されているから、このまま行けば教会所属になるだろうね。
神託の件もあるから、勇者が現れたらその人とパーティーを組んで魔王討伐、かな。
討伐の必要性はないと思うけど。
それに勇者が生まれたとも聞かないから、シーラが勇者パーティーとして旅に出るのはいつになるかさっぱり分からない。
「それで、なにが問題なの?」
僕が主導しないと話が長引きそうだったから仕方なく尋ねた。
「信じられない話ではありますが、これは誓って真実です。神に誓って嘘偽りはありません。他の神官に確認していただいても構いません」
無神論者にとって神に誓うなんてのはただの決まり文句みたいなものでも、神に仕えてる神官たちにとってはそれは命を賭けるに等しい言葉だ。
要するに、非常に思い言葉で、神官たちは滅多にそれを口にしない。
この世界において神はまだ権威を持っている。
腐敗した神官でさえ、神を畏れてる。
だから彼らが神に誓うなら、その言葉は信頼してもいい。
トワプ神官は教皇にも眼を掛けられている真面目な人だしね。
「あなたが嘘を言うなんて思ってないよ。
だから、心配せずに起こったことをすべて話して欲しい。なにを言っても罪に問うたりしないから」
王族相手ってのはね、ホントに気を遣うものなんだよ。
僕は気を遣われる側だからいいけど。
なにしろ、言葉1つで首が飛ぶからね。
王様に対して気に入らない報告をした伝令が首を刎ねられた、なんて話もある。
ただ仕事をしただけなのに、酷い話だ。
「犬は3匹いました。
雌雄に関しては特に気にしてはいませんでしたが、魔法を使う前には2匹が雄だったはずです」
だったはず、とは妙な言い方だ。
それに、そんな緊張して言うようなことか?
「傷の程度は小さな切り傷、少し大きめの切り傷、そして浅い刺し傷。
犬には気の毒なことですが、シーラ様の他にも治癒術士を控えさせて万一のときも助けられる手配は整えていました」
シーラの魔法が失敗しても傷は癒やせるように、ね。
神官たちは基本殺生を嫌う。
治癒術の訓練であっても犬を怪我させるのは気が引けたろうね。
言うならば、僕が口出ししたことで従来のやり方ではない方法を採らざる得なかったわけだ。
それは分かるけど、やっぱりいきなり人に使うのは許可できないな。
実際、治癒術による事故ってたまにあるんだよね。
死亡例は少ないけれど、傷を塞いだものの別の異常を来すとかね。
僕はシーラを信じてるからね。
普通にやって普通に結果を出すなんて普通のことはできないって。
恐いのは、シーラは神託を受けた聖女ってところ。
恐らく、治癒魔法の効果も他の人よりは上なんだろうと思われる。
そんな強さの魔法でしくじったらどうなるか。
だから慎重の上にも慎重にテストして欲しいんだ。
「続けて」
トワプ神官が言葉を切ってチラチラと僕を見るものだから、仕方なく僕は続きを促した。
さくっと話して欲しい。
「シーラ様の治癒魔法により、どの犬の怪我も綺麗に癒やされました。
控えていた治癒師たちは一切手を出しておりません。その必要が無いように思われたからです」
そこでトワプ神官はまたなにか言い渋る。
いい加減イライラして来たけど、我慢我慢。
「特に気にしていたわけではないのですが、治癒が成功した後に確認すると犬は雌が3匹でした」
ん?
今、なにかおかしなこと言わなかった?
「2匹は雄じゃなかった?」
確か、さっきそう言ったよね。
「2匹は雄でした」
「で?」
「治療後には3匹とも雌でして」
なして?
「どういうこと?」
「分かりません」
トワプ神官は冗談を言ってるんじゃなくて凄く深刻そうだ。
深刻だよね。
ちょっと意味分からないけど。
「雄だった犬が、治癒魔法を受けたら雌になった。そういう理解でいい?」
トワプ神官は難しい顔をして頷いた。
ええ~
「勘違いということは?」
「その後、別の犬で試しました。雄です」
動物愛護法があったら大問題だな。
「雌になった?」
「はい」
……。
もうね、訳が分からないよ。
怪我を治すのに治癒魔法受けたら性転換しちゃいましたって、なにそれ。
「あの、信じられない話だとは……」
「ああ、いや、疑ってはいないよ。ちょっと驚いただけで」
僕が黙り込んだものだからトワプ神官は不安そうな顔をした。
怒ってないよ~、全然怒ってないからね。
目眩と頭痛がしただけ。
どうしてシーラは……。
「そういう事例は以前にも?」
「ありません」
だよね~
僕も聞いたことないよ。
聖魔法ならぬ性転換魔法
いや、冗談言ってる場合じゃなくて。




