シーラの魔法事情・上
トワプから相談があると言われたので面会することにした。
トワプ神官は30代女性。シーラの治癒魔法の師匠に当たる人で、聖女の神託を得たシーラを一人前にするために鍛えている。
その話を聞いたとき、僕の脳裏には「徒労」の2文字が浮かんだ。
なんというか、あの子はかなり特殊なポンコツだから、真面目に指導している神官たちには申し訳ないのだが、ちょっと無理じゃないか、と。
だからトワプ神官から会いたいと言われたとき、なにかあったな、と察した。
それも常識的な問題ではなく、常識人では理解に苦しむような何事かが起こったに違いない。
シーラに悪意はない。悪意はないが、そういう子なんだ。
そもそも僕はトワプ神官と面識がなかった。
お互いに接触を持つ仕事じゃなかったからね。
名前は聞いてた程度。
そんな人から急に会いたいと言われたら、誰だってなにかあったと思うだろ?
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
トワプ神官は礼にかなったお辞儀をした。
3番目でも王子は王子。
それぐらいの礼儀は当然。まあ、僕個人はあんまり気にしてないけど。
メイドがお茶を淹れて来てくれた。
リアルテのメイドだけど、ちょっとしたことならやってくれる。
実際の雇い主は僕なんだけどね。
リアルテの実家から引き抜いた人たちは基本リアルテの世話をして貰っている。
僕は元々側に人をあんまり置いてないからね。
研究の情報漏洩防止の観点からも、派閥、政争の話としても面倒臭いんだよ。大抵のことは一人できるしね。
専属の侍従も最近老化のせいか腰の調子が悪いらしいから、特に用がない日は休ませてる。
一応肩書は残してるから、僕には専属侍従が1人いることにはなってる。
専属の侍従もメイドもいないとなれば王族として問題だ、と言われちゃうからね。そうならないように、表向きは専属侍従が存在する。
普段、お茶会とか予定があるときは、予め必要な人数を呼んでおく。
だから今日みたいな急な会見だと人員の配置が間に合わなかったりする。
「それで今日はどんな話?」
相手は目上の人だけど、立場的に僕の方が上だからね。ちょっと偉そうな物言いになる。
僕が下手に敬語なんて使うと、そっちの方が問題になるんだよね。
「はい、シーラ様のことでございます」
だろうね。
それ以外でこの神官が僕を訪ねてくる理由が思い付かない。
「真面目に聖女修行していると聞いているけど、なにか問題があった?」
あったから態々来たんだろうね。
王族である僕に態々合いに来た。となるとね、もう、嫌な予感しかいないよ。
「シーラ様に置かれましては日々研鑽を積まれ、お歳に似合わぬ魔法を行使なさいます」
聖女の面目躍如と言ったところかな。
「それは聞いているよ。定期的に本人から報告を受けているからね」
報告というか、お茶会でのお喋りで教えてくれるんだけど。
あの子の場合、要領を得ないんだけどね。
お菓子食べるのに忙しい上に興奮すると話があちこちに飛んでしまう。
理路整然と話すことができないんだ。
まあ、年齢を考えれば仕方のないことなんだけど、あの子の場合は成長しても変わらないような気がする。
とにかく、あの子の話を解読するには慣れが必要だ。
「はい、それでですね、今現在シーラ様は初級を終えられようとしています。驚異的な才能と言わざるを得ません」
なんかね、この人、僕をチラチラ見るけれど眼を合わせようとしない。
?
なんか怯えてない?
会うのは初めてだから、この人に何かした覚えはないんだけどな。
いや、誰であっても怯えさせるような真似はしてない。というかできない。
リーチェじゃあるまいし。
「トワプ神官、そう緊張されることはありません。僕は所詮は3番目の余り物王子。さしたる権威など持っていませんよ。あなたはただシーラ嬢についての報告があって来ただけなのでしょう」
恐くないよ、全然恐くないよ。
気分は動物を前にしたムツゴロウさん。
無害さを前面に押し出してるつもりなんだけど、駄目そうだね。こっちをまともに見ようとしない。
なんでかはともかくとして、そんなに恐いなら無理に会いに来なくてもいいのにね。用があるなら手紙って手もあるんだから。
それほど重大事ってことなんだろうか?
「通常ですと、初級を修めるまでには5年から10年を要しますから、その点から考えても……」
「それで何か問題が?」
僕も暇なわけじゃ無い。
シーラや婚約者たちのことだから時間を取っただけの話で、社交辞令的な賞賛に付き合うつもりは無かった。
彼女たちが褒められるのは悪い気はしないけどね。
「はい……それが、どうご説明申し上げればいいのか」
「特別なことは何も無いでしょう。事の次第を並べて行けばいいだけです」
シーラのように話があちこちに飛んでしまうのは困るけれどね。
それにしても、シーラの話からトワプ神官はお高くとまった、ちょっと嫌な奴という印象持っていたのだけれど、今のところはそういう様子はない。
高位神官となれば気位が少し高いぐらいは普通だし、周囲から侮られないためにも必要とする人もいるだろう。地位に見合った威厳が自然に備わってればいいんだけど、そういう人って少ないからね。
それにしても、今のトワプ神官はどこか不審ですらある。
王族を前に緊張しているせいだろうか?




