王子と中年・下
「来春から、王太子が企画立案した王都の上下水道整備が始まる。10年はかかるだろう大掛かりなものだ。費用もかなりかかる。しかし、完成すれば王都に住まう者の生活が劇的に変わるだろう」
「それは良いですね」
「王太子は先年バティア侯爵領で行われた遺跡改修からヒントを得たそうだ。
遺跡は古代都市のもので、今より進んだ水道設備があった。ただ、様々な仕掛けの使い方が分からず長く放置されていたものだ。
バティア侯爵令嬢は王太子の婚約者の1人。彼女から遺跡のことを知ったとしても不思議ではない」
「そうですね」
「問題は、バティア侯爵がどうやって遺跡を復活させたか。
長年の謎は賢人会でも解けなかった。
侯爵によれば旅の技術者と調査していて偶然解明できたそうだ」
「へえ」
「おまえ、侯爵令嬢を知っているだろ?」
「ド……」
いかん、ドリルのお姉さんって言いそうになった。
いや、立派なドリル、巻き髪してるんだよ。
岩盤掘削できそうなぐらい。
言っておくと、物凄くいい人、素敵なお姉さんだよ。
ただ、ドリルがツボったから、会うと笑いそうになるのを堪えるのがきつい。
「アンネローゼ嬢なら挨拶ぐらいはしますよ。時折、王宮の庭を散歩なさってますから」
「散歩は、この離宮方面が好みらしい」
ああ、嫌な汗かいて来た。
なんで拘りますのん。
ええですやん、国にとってメリットある話なんですから、そのまま流せば。
というか、バレてんだろうなあ。
「この辺りは僕が色んな変わり種植えてますから、珍しいんでしょう」
「王太子、ラズロがおまえに知恵を借りに来ることはないだろう。おまえも余計な口出しはすまい」
「重要なのは、それが国のため、民のためになるか、でしょう」
発案者が誰であるかとか、そんなことを気にするのは一部の人間だけでしかない。
物事を迅速に進めるには僕より王太子の名の方が通りやすい。
それだけのこと。
それにあれは話の流れでそうなっただけで、僕がなにか画策したわけでもないんだけど。
「個人のプライドなぞ国益の前にはさしたる問題ではないとは言え、少しは問題だということ、分かっているか?」
「僕は、特に大したことはしていませんよ。
侯爵令嬢から領地の問題について相談されたことはあります。幸い、僕で手に負える内容だったので助言はしました。
世間話のついでに遺跡の話が出て興味を持ちました。
侯爵令嬢は領地が各部のスケッチや資料を取り寄せ、それは一体どんなものだったのかと面白おかしく話していただけです」
嘘は言ってない。
最初は獣害についての相談だった。
困っていた侯爵令嬢にリーチェがそれなら、と僕を勝手に推薦したんだ。
世間話で出た不可思議な遺跡について面白そうだと思った。
彼女も前々から遺跡に関心があった。
子供2人が遺跡の話題で盛り上がっただけの話でしかない。
ただ、彼女が侯爵令嬢だったから普通は手に入らない資料まで手に入ったというだけで。
「それで済むと思うか?」
「済ませるべきだと思います」
侯爵令嬢は長兄、王太子の婚約者。
となると、僕は仮想敵。
僕らの接近を面白く思わない人もいるだろうね。だから、公的には会ってないんだけど。
散歩の途中でたまたま会って、ちょっとお茶しただけ。
僕と彼女が面会したという記録はどこにもない、はず。
王宮だからねえ。
パパンやその他の人が雇った密偵とか、一杯いるだろうね。
話の内容までは分からずとも、僕と侯爵令嬢が談笑してたことぐらいは知られてるかもね。
だからどうした、って話なんだけど。
「件の侯爵領は最近始めた新しい試みも順調らしい」
「それはいいことですね」
良いこと、だよね?
国王って立場だと1つの貴族家が力を付け過ぎるのはまずいと思ってるのかもしれないけど、少し豊かになるぐらいは良いよね?
どこでも苦労するのは前線にいる一般庶民。
土地が豊かになれば彼らにとってもプラスに働く……はず。
中にはね、自分の利益しか考えない、どうしようもない領主もいるから。
自分の贅沢のために重税を課して、住民から反感買うような手合いね。
アントワネットさんの顛末を知らんのか。
うん、知らんわな。
いつか領主になっても、民衆に首を刎ねられるようなことだけは避けたいよ。
侯爵についてはね、直接は良く知らない。
何度か王宮で見掛けたぐらいかな。仕事でもなければ僕と直接係わることなんかないからね。
聞いた限りじゃアホ領主じゃなさそうだったし、侯爵令嬢は才色兼備、品行方正な人で、そんな人が敬愛する父親なんだから人柄も大丈夫だと思う。
本当は良くないんだけど、どうしても気が済まなかったのか後日署名と家紋入りのお礼状までくれたしね。
貴族が署名入りの礼状を出すってのは結構なことなんだよ。
僕のことが嫌いな人に知られたら睨まれちゃうからね。
侯爵領のことに関して言うと、僕にもそれなりの目論見があったわけで、僕が成長して爵位を継いだときに貰える領地の予定地が侯爵領と境界を接してるんだよね。
領地の境界で揉める関係より、互いの発展に寄与できた方がいいでしょ。
それに、隣近所が荒れてると盗賊なんかが出たりして物流でも問題が起きるし、なにかあったときにも貸しがあれば頼みやすい。
僕なりの損得勘定あってのことだよ。
残念なのは、遺跡を直接見られなかったこと。
3番目でも王族、簡単には外出できない。
王都の街ぐらいならお忍びでも行けるけど、馬車で何日もかかる貴族領となるとそうも行かない。
行くとなれば何ヶ月も前から予定を組んでの大所帯となる。
気楽に旅行とかできないんだよね、王族は。
「話は変わるが、嫁を取れ」
うん、変わった。
変わり過ぎ。
っつか、パパン、スモークジャーキー、食べ過ぎじゃね?
「4人ほど予定者がいますが?」
リアルテ、ミリア、シーラ、リーチェ
……濃いメンツだよね。
後はカミラはどうなるかな。
単純に数だけで言えば十分過ぎる。
ただ、彼女は使える子だから人材としては欲しいな。
部下や側近としてより、嫁にして欲しいって言うだろうな、きっと。
形だけの嫁、って手もあるけど、そういうのはなんか不誠実に思えて嫌なんだよね。
「まだ少し先の話になるだろうし、本決まりではないから名は伏せるが、近隣国の王女だ。序列は低いが継承権はある」
「?
他国の重要人物なら王太子殿下と縁を結ぶのを望まれるのでは?」
他国からわざわざ嫁いで来て、大して権力もない3番目じゃ嫌だろう。この3番目は田舎に引っ込む気満々だし。
「問題を抱えているらしい」
「厄介払いと国益を兼ねるわけですか?」
嫌な話だ。
どんな問題か知らないけれど、手に余るから外に出す。どうせなら国のためになる相手に嫁がせる。
王族同士の結婚なんてそんなものだけどね。
互いに縁を結んだという実績が必要なんであって、内情は関係しない。
「そういう相手をわざと僕に回していませんか?」
「ほう、誰か問題のある令嬢でもいるのか?」
「ええと、それは……」
すみません、失言です。
みんな良い子です。ホント、個性豊かで……。
豊かすぎる……
「国同士の縁を繋げば国益に適う。とは言え、王の妃という立場が務まるかどうか疑問が残る」
「それじゃ、リューイ兄上……は駄目ですか」
次兄は妻は1人と決めてしまっている。
悪いことじゃない。王族でなければ。
「あれはその点だけは王族の責務を蔑ろにしている。そこだけはどうしても譲らん。
それに、少々問題があってもおまえならどうとでもするだろう」
いや、そんなわけないですやん。
問題の種類によってはなんにもでけへんですよ。
「父上は僕はなんだと」
「そろそろ時間だ。
言っておくが国同士で決めることだ。おまえに否やはない」
パパンはそう言うと残りの燻製をいくつか引っ掴んでポケットに入れた。
護衛も付けずに城下に女遊びに行くとか、大丈夫かこの国。
まあ、僕が気付かないだけで実際は何人か護衛が隠れてるんだろうけど。
にしても数が減ったなあ。
国王が食い逃げしちゃ駄目っしょ。
……あ、まずいリーチェが来る。食い尽くされないうちに隠さないと。
その後、すべてリーチェの胃に収まったそうな




