狩猟祭 後始末・下 その1
そのリアルテのお陰で助かってる。
ミリアを預かって一週間もするとリアルとも打ち解けて来た。リアルテが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたお陰だ。
だから僕が仕事の間はリアルテがミリアの相手をしててくれた。
暫く外出もままならなかったのが、リアルテのお陰で短時間ならできるようになった。
行って来ます、と仕事に出て、ただいま、と帰って来る。それを迎えてくれるリアルテとミリアを見ると、なんだかほっとする。
……。
なんで7歳で妻子持ちサラリーマンの気分を味わって、しかも幸せ感じてるんだろう?
ミリア、君は僕らの子供じゃないでしょ。
パパンからはそろそろ自分の宮を(自費で)建てたらどうだとか嫌味か本気か分からないこと言われるし。
ミリアのために骨を折ってくれるリアルテを労ったら、
「気にしないでください。将来は家族になるのですから」
と大人っぽいこと言われた。
「それに、今のうちから躾けておけば後々楽ですから」と、なんか黒いこと言った気がしたけど、そっちは聞かなかったことにした。
うん、リアルテはにっこり可愛く笑ってたし、きっと空耳だろう。
一度シーラがなにをどう勘違いしたのか、
「お姉様たちばかりずるいです。わたしもお泊まり会したい」
と手紙というか、面会要請&宿泊許可申請を出して来たから断っておいた。拗ねたみたいだから、後日あやすのが大変だろう。
普通のときなら面会ぐらい時間を作ってあげるんだけどね。(さすがに宿泊はあれだけど)
ただ、今の状態のミリアと会わせるのは後々のためにならないと判断した。今の年齢相応の子供らしいミリアはとても可愛くていじらしく好感持てるんだけど、元のミリアが復活したら絶対に黒歴史化すると思うんだよね。
リアルテに世話されてる姿も非常に微笑ましいから、いっそこのままでも、と思わないでもないけど、元を知ってるからね。今の状態が普通じゃないのは分かる。
早く元に戻ればいいと思うんだけど、そうしたらそうしたでミリアがここで過ごした日々の記憶とどう折り合いを付けるか。
それは、まあ、当人になんとかして貰うしかないわけで、僕にできることはいつミリアが復帰しても何事もなかったように以前と同じに付き合うことぐらいだ。
ここでの日々はなかったことに。
リアルテにも相談したら、それがいいだろうと言ってくれた。
泣き虫で甘えん坊なミリアを知ってるのは、親御さんたちと僕らだけでいい。
誰だって気が弱ってしまうことがあるんだ。まして子供。さっさと忘れてあげるのが親切というものだろう。
ミリアが一人のときに思い出して身悶えるのは知らんけど。
子供のときのトラウマは消しがたいと聞く。でも、子供は強靱だとも聞いた。
だから、僕はミリアが受けた精神ダメージが簡単に完治するとは思っていなかったけど、同時に必ず復活するとも信じていた。
完治まで行かずとも日常生活に戻れる程度になればいい。
そうしてミリアの滞在が一ヶ月過ぎた頃、朝起き出すのをグズって僕に甘えるミリアに囁いた。
「ミリー、そろそろ家に帰ろうか」
僕の胸に顔を擦りつけていたミリアは驚いた顔を僕に向けた。でも、泣きそうな顔じゃなかった。
僕もね、意地悪で言ってるわけでも、面倒になったから放り出したかったわけでもないんだ。
日常の行動を見ていて、そろそろ大丈夫と思ったからだ。
ここへ来た当初、ミリアはずっと不安そうで、絶えずなにかに怯えていた。
それが怪物と遭遇したショックのせいなのは分かっていた。だから、彼女の精神状態が落ち着くまで好きに甘えさせていた。
その怯えが見えなくなったからこその帰宅のすすめだ。
「やだ」
「どうして? もう恐いのは無くなったろ。伯爵夫人も心配してるよ。忙しいのにほぼ毎日来て下さってる」
「だって、ここの方がご飯美味しいし、リア様優しいし」
おい、僕は勝手に愛称呼びなのに、リアルテは敬称付きか?
いや、それ以前にリア様って、いつの間にそんなに仲良く?
それはともかく、ミリアが精神的ダメージから復活したのは思った通りだった。これは素直にいいことだと喜べる。
「あ、そうだ。結婚しちゃおうよ。どうせボクたちは将来結婚するんだろ」
簡単に言ってくれる。
さすがに僕らの年齢での婚姻ってのはね。前例はあるよ。異例ではあるけど。
「なにも急いで結婚することはないよ。ご両親のところは嫌なの?」
ちょっと意地悪な質問かな。
ミリアは予想通り首を横に振る。
「でも、レックたちみたいに優しくない」
それは君をちゃんとした淑女として育てるために躾をしてるんだよ。
大体、結婚についても良く分かってないだろ、君は。
そんな「将来はお父さんのお嫁さんになる」的な言い方されても嬉しくない。
「結婚したら、気軽に実家に帰るなんてできなくなるんだよ。今は急いで結婚なんてせずに、伯爵家の子供時代を楽しめばいい。ご両親だって、暫くは優しくしてくれるよ」
そら、娘が心配だからね、暫くは甘いだろう。暫くは。
「でも~、うちじゃハンバーグ食べられない」
あれは僕が持ち込んだレシピだからね。
離宮の食事は僕の舌に合わせてある。
そしてレシピの大半は門外不出。料理長も僕の許可なく作れない。そのうち広めるけど、もうちょっと先だね。
しかし、ハンバーグと両親を天秤にかける辺りはまだまだ子供だ。
「これまでみたいに遊びに来たらいい」
「毎日?」
毎日はやめれ。
「月に1回ぐらいは夕食に呼んであげるから」
「ええ」
月1じゃご不満のようだ。
けどね、令嬢を夕食に誘うとなればそれなりに用意が必要で、経費がかかる。
ちょっとお隣で晩ご飯ご馳走になるって簡単な話じゃ済まないんだよね、貴族ってのは。
しかも僕は王族だからプライベートであってもあんまり手を抜けない。
それに婚約者とは言え結婚前だ。ミリアだけを贔屓にするのも問題になる。いや、問題にする人がいるって言い方がいいかな。
自慢じゃないが王子であり、王位継承権があるってだけで敵はできるんだよね。
兄弟仲はそんなギスギスしたものじゃないのに、周りがね。
僕も次兄も王位なんて欲しいとは思ってないのに、邪推する人はどこにでもいるものだ。向こうが勝手に思い込んでるんだからどうしようもない。
ミリアの頭を撫でていると、す、と影が差した。




