狩猟祭 後始末・中
4、5日は大変だった。
僕が視界から消えるだけでミリアが発作を起こしたからね。
書類仕事するときもミリアを抱っこしたままとか。僕が大人ならともかく、ミリアと大差ない大きさだから大変だったよ。
リアルテの実家から何人か使用人を引き抜いておいて良かった。
僕の専属ってあんまりいなかったから。
人手が足らない状況じゃミリアを迎え入れるの無理だったよ。
トイレも、僕が扉の前でそこにいることを報せるために歌を歌ってないと駄目だった。
お風呂も一緒だったし、寝るときもそう。
寝るときはね、リアルテも時々寂しいと僕のベッドで寝てたけど、ミリアが来てから妙な対抗心でも出したのか、毎晩一緒に寝るようになった。
寝るときは明かりを点けたままにした。
それでもミリアは時々夜中に目を覚まして泣き出したりした。
僕が優しく抱き締めてあげると落ち着いてまた眠りに就く。そんなことが何度かあった。
ミリアとリアルテに挟まれての睡眠。
これが10年後なら両手に花なんだろうけど、今はとにかく暑いだけ。
リーチェは護衛騎士として毎日顔を見せた。ミリアが泊まると聞いて自分も、と言い出したけど、さすがに駄目だと帰した。
リチャードは僕がうろちょろせずにいるから仕事が捗るとか喜んでた。
うん、覚えてろ。
言いたいことは分かるけど、ミリアの状況が状況なんだ。喜ぶとは酷い話だ。そんな側近には、きっついお仕置きをしてやろう。そう、練りに練った特別な奴を。
ミリアの母親、伯爵夫人は娘が心配で日参した。
王宮って、そんな簡単に出入りできないんだけど、僕は離宮だからね、手続きも簡略化できた。
ミリアも母親が来ると嬉しそうにして抱っこされたりしたんだけど、それじゃ一緒に帰ろうとなると嫌だと言って残る。
なんというか、幼児退行だよね。いや、幼児なんだけど。
伯爵夫人も仕方なく僕に何度も頭を下げてくれる。
そんなことしなくても、婚約者のことなんだから僕が骨を折るのは当然だから、なにも気にしないように言っても、恐縮させちゃうだけなんだよね。
ミリアを責める気はないし、面倒だとも思わないよ。
小さな子が怪物に出会したんだ。心の傷になるのが普通だよ。
リーチェみたいに平気なのがむしろ特殊な例であって、ミリアの反応は子供としてはごく普通だ。
リーチェと言えば、あの後で珍しくリーチェから説教されたな。
「レリー、あれは駄目だ」
「あれ?」
「ミリアに向かう猪から逃げなかった」
「ああ、うん、まあそうだね。僕がなにができるわけでもないけど、放っておけなくてさ」
「だから、それが駄目。
いい、レリー? レリーはなにがあっても生き延びなきゃ駄目なんだ。
わたしや、ミリアを盾にしたって、レリーは生きなきゃ駄目」
「そんなことできるわけない」
「しなきゃ駄目なんだ。わたしはレリーの護衛騎士。いや、騎士になったときからレリーたちのために死ぬ覚悟はできてる。今はレリー専属だから、レリーのために生きて死ぬと決めてる。わたしの全部はレリーのためにある。レリーが死んだら、わたしの生きている意味がない。
だから、なにがあっても自分が生き延びることを考えなきゃ駄目だ。レリーは他の人にはできないことが一杯できるんだから。国と民のために、わたしたちの命を自分の命と天秤にかけちゃ駄目」
いつになく真面目な顔で迫力があったから、僕はその場でリーチェに言い返せなかった。
彼女が言ったのが正論だってのもある。
僕の命は国と民のために使うべきものだ。個人的な感傷で簡単に諦めていいものじゃない。
今とは違う常識の記憶もある僕には違和感のある考え方だけど、今はそういう世界に生きてるんだよね。そして恩恵を受けている以上は、それに応えないといけない。それを分かっていない貴族は多いし、分かっていながら軽視してるのもいくらもいる。
国を運営する側の人間として、それはやっちゃいけないことだ。
もし僕が流されてそういう人間になったら、いつかあの大蛇たちにぺろりとやられるんだろうね。
あのリーチェが珍しくまともな事言ったのは衝撃だった。非常識な子に常識を説かれるのって、すっごく嫌な感じ。おまえが言うな、って。そして、僕が鼻血出したのはおまえの後頭部のせいだ、と声を大にして言ってやりたかった。言わんかったけど。
リーチェは良くも悪くも純粋だから困る。
でも、リーチェが言ったのが正論だと分かってても、同じことがあったらたぶん僕はまた同じことをするだろうね。
婚約者たちを見捨てて平気でいられるほど強くないんだよ、僕は。
身内もなにもかも見捨てて平気な人間って、それはそれで問題だよね。
僕に求められるのは悲劇を乗り越えて生き延び、国に尽くすこと。正直、そこまでタフになれる自信はない。
大体さ、僕の婚約者たちはまだ子供ばかりだよ。それも小さいんだ。
婚約者で子供。それを見捨てるなんて無理無理。
為政者になると、そういうときに決断を迫られる。そもそも、そんな状況にならないようにすべきなんだけど、なにが起こるか分からないからね。だから、王様なんて責任山積みな立場は嫌なんだ。3番目で本当に良かったよ。
そう、3番目なんだ。
王族であってもさして重要でない順位。
長兄、次兄に健康不安がない(次兄は最近ちょっとメタボ気味)のだから、3番目なんて予備以下の存在でしかない。
婚約者を見捨ててまで生きる価値なんてないよ。少なくとも僕には。
ただね、婚約者がいるから勝手に死ぬのも無責任とは思う。
今はリアルテを預かってる立場だしね。
今後、リアルテの身分を確固たるものにするつもりだけど、それが済むまでリアルテの拠り所は僕だけってことになる。
僕もね、実を言えば大した後ろ盾がないんだ。だから、もしも僕になにかあればリアルテを護ってくれる人がいない。実の姪なんだからパパンがなんとかしてくれるとは思うけど、姪であると同時に目の上のタンコブであるリンドバウム公爵の娘でもあるからね。
いざってとき、本当に救ってくれるかどうかはちょっと疑問。
他の婚約者は親元にいれば安全だろうからいいけど、リアルテだけは僕がいないとね。




