狩猟祭 2日目 その10
ちょっと長くなっちゃいました
かなり際どいはったり。
円環がなにかも知らないのに、我ながら良く回る舌だ。
でも外しちゃいなかったみたい。大蛇は苛立たしげにうろうろとし始めた。
でかい図体で這い回られても恐いんだけど。
騎士たちも逃げ損ねた案内人たちも、声もなく硬直して蛇の動きを見守っている。いつぺろりとやられるか気が気じゃないよね。
ああ、なんか、国民的昔話アニメの一場面みたい。
命掛かってるけど。
頑張って虚勢張ってるけどさ、生きた心地しないよ。僕には大蛇も巨猪も撃退する力なんてないんだから。
こいつ邪魔、とか思われたら即アウト。
大蛇の喉に引っ掛かることもなく、するっと飲み込まれちゃう。
背中に嫌な汗をかきながら大蛇の出方を待つ。
鼻を押さえていた手に、ぬるっとしたものが……。鼻血出ちゃってるよ。
「どうしても腹の虫が収まらないというなら仕方ないね。この首あげるよ」
うろうろしていた大蛇がぴたりと動きを止める。
鎌首をもたげて物珍しそうに、高い場所から僕を見下ろす。
ほんっと、でかいな。
巨猪も丸呑みできるんじゃないか?
『何故、そうまでする?』
「この場で一番偉いの僕だからね。責任者なら責任は取らないと。
それにね、その子たちは僕の婚約者、将来番いになる約束をしてるんだよ。まだ違うとは言っても、見捨てられやしない」
そんなことしたら寝覚め悪いったらないよ。
リーチェにしろミリアにしろ、犠牲にして平気でいられるほど僕の神経太くない。
『なにより大事なのは自らの命だろう。命短き者』
「そうだね。だから、この判断はまったく合理的じゃないよね」
群を護るために自らの犠牲を顧みない動物は存在する。でも、これはそういうのじゃない。
僕の自己犠牲はただの自己満足だ。
「不合理な判断をするのは、人間の特権、かな? ま、いいじゃないか」
『それで、我が頷かねばどうする?』
「どうもしないな。できないし。でも、僕らを全滅させたら君らは国を相手にすることになる。
1人1人は君らにとってなんら脅威じゃないかもしれないけど、何万何十万の人間の集団が森を焼き払ったらどうなるかな?
さっき言ったと思うけど、僕はこれでも王子だ。この国の一番偉い人の子供。その僕の命を奪えば国そのものを敵にすることになるよ。それでも殺す?」
パパンがどう判断するか分からないけど、強ち嘘でもない。
国を挙げて森の魔物を討伐することは十分に考えられることだ。
『では、おまえだけは見逃そう』
「それはなお辞めた方がいい。大事(?)な婚約者を殺したら、僕は生涯を君とその眷属たちを殲滅することに捧げるよ。森を焼き払い、あらゆる生き物を根絶やしにしてでも、君を見つけ、君の子孫も見つけ、徹底的に殺し尽くす」
できるかどうかじゃなく、やる、という意志を見せ付ける。
一応、本気でやるつもりはある。
争いは嫌いだ。荒事も御免だ。でも、護るべきと決めたものは護らないと僕という個の存在意義に係わる。
シャアアアア
大蛇が威嚇めいた音を立てる。
内心では怯えていても、僕はそれを顔には出さずにじっと大蛇を睨んだ。
大蛇にだって言い分はあることだろう。けど、僕にもどうしても譲れない一線がある。
「ねえ、君はお酒は好き?」
『酒?』
「君たちはこの森を護ってる主みたいなものってことでいい?」
『大きくは違わない』
厳密には違うのかな?
「なら、そうだね、10年くれたら君らに今はこの世にないとびきりのお酒をお供えするよ。それからは毎年、狩猟祭の後にはお酒を供えてあげる。これは君らの生活圏を侵すことへのお詫びとお礼。それでどう?」
『何故10年も待たないといけない。すぐに寄越せ」
声は後ろから、巨猪から来た。
あ、君も喋れるんだ。
振り返ると、転がっていた巨猪が起き上がっているところだった。と思ったら、音もなく僕の間近まで寄って来る。
大蛇と巨猪、2匹の怪物に挟まれた形になった僕を護衛の騎士たちは真っ青になって見ている。
僕を助けたいと思っても、怪物たちの威圧感が凄くて動けないんだろうね。
うん、僕もなんで交渉できてるんだろうね。自分で自分を褒めてあげたいよ、まったく。
しかし、あれだね。
昔話を参考にしたけど、やっぱりお酒は好きなんだね。というか……食いつきが良すぎない? 大丈夫か、こいつら?
「理由は簡単だよ。僕が子供だから。
まだお酒飲めないんだよね。自分が飲めないものを作っても味見とかできないでしょ」
自分で飲めないのに他人に飲ませるなんて冗談じゃない。
まあ、熟成期間とか考えたら後2、3年したら仕込み始めてもいいかな。色々と新しい道具も作らないといけないし。
それから試行錯誤するところもあるだろうから、10年は割と順調に行ったときの話。
本当に満足できるものができるまでに何年掛かるかは僕にも分からない。
「もちろん、この子たちにはここでの狩りは、あのおかしな力での狩りは自粛させるよ。
どう? 落とし所としては悪くないと思うけど?
それとも、人間と全面戦争をする?」
できるだけ冷静に、冷酷に。
彼らの力がどれだけかは分からない。1対1なんて戦いなら人間に分はないだろうね。
でも人間には数がいる。それに戦い方だってね。
森に棲まうものとの戦争。
手始めに敵の根城である森を焼き払う。後々のことを考えれば森の資源を失うのは惜しいけれど、大蛇たちとの生存競争に勝ち残らなければ資源の心配をする意味もない。そして半端なことをすれば禍根を残すだけだ。やるなら、徹底的に。
『我らを脅すのか?』
「まさか! 良く見てよ。僕にはなんの力もない。君らがその気ならいつでも殺せる。これは僕の命乞いのようなものだよ」
いや、脅しだけどね。
落とし所は作った。それに乗らないなら、やんのかゴラァ、って話にするしかない。
大蛇は暫く僕をじっと見てた。
早く決めて欲しい。僕がチビらないうちに。
その前に鼻血止めたい。
鼻血出しながらの交渉って、ホンット、様にならないよね。しっかり喋ってるつもりだけど、たぶん鼻声になってるだろうし。
『10年も待てん』
オツコトくんは酒好きなの?
ウワバミってぐらいだから、大蛇の方が酒好きだと思ったけど。
大蛇の方は僕を睨み下ろして暫く動かない。
この化け物2匹から感じる圧は、妖気とかそういう類のものなんだろうか?
「そろそろ結論を出してくれないかな?」
いや、もう、ホント長いでしょ。
君らと僕らじゃ時間の感覚違うんだからさ。
『いいだろう、10年待とう』
大蛇が言うと、
『おい』
巨猪が異を唱える。
『たかが10年、我らには一眠りの間よ。
良いな、10年だ。10年後からは毎年酒を捧げよ』
「分かった。子々孫々に伝えよう」
と言っても、王都を預かるのは長兄の子孫だけどね。ま、大丈夫でしょ。お酒を供えるとは言ったけど、量は指定してないんだから。
大体、約束を破ったらどうする気なんだろ?
王都にでも攻め上って来るのかな?
それはそれで一度見てみたい気もするけど、国民に迷惑だからやめとこう。
僕が王都にいるうちはお酒を供えよう。後は、まあ、あれだ。野となれ山となれ
僕が考え事をしているうちに、巨猪も大蛇も消えていた。
あの質量のものが移動してるはずなのに、なんの気配も感じないってどうなってんだろね、ホントに。
あちこちから大きく息を吐く音がする。
硬直していたみんなが自由を取り戻したんだね。まずは、一安心。
と思ったら、いつの間にか顔をぐしゃぐしゃにしたミリアが僕の前に来てた。彼女を抱えていた騎士も金縛りが解けてミリアを放してしまったらしい。
いつもの生意気さなんてどこにもなく、鼻を啜りながらミリアはわんわんと泣き始めた。
まだ子供なんだから、あんな恐い思いしたら泣いても仕方ないよね。
と見ると、ミリアの下半身が湿ってる。
ああ、漏らしちゃったか。うん、恐かったもんね。僕も危なかったよ。
僕はミリアを抱き寄せて、よしよしと撫でてやった。ミリアはしっかと抱き付いて声を上げて泣き続ける。
一体、あの連中はなんだったのか。
そも、ミリアのあの力はなんだったのか。それは、きっとリーチェが巨猪の突進と相打った力とも同じなんだろう。
「円環」
大蛇が口にした単語を呟いてみた。
円環に囚われた者というのはなんなんだろう?
やっぱり、ミリアかリーチェのどちらかが勇者?
分からないことだらけだ。
1つはっきりしてるのは、10年後には良いお酒を造らないとまずいってことかな。
原料に関しては既存のものや、その他にも候補はあるんだ。
僕がまだ飲めないから着手してなかっただけで。
「はい、よしよし。もう泣かなくていいから。恐いの、どっか行っちゃったからね」
それからミリアが落ち着くまでの暫くの間、僕は珍しく年相応の姿を見せた可愛い婚約者をあやし続けた。
さて、この状況、どう報告しよう?
狩猟祭、3日あるんだけど……




