狩猟祭 2日目 その9
ミリアを抱えた騎士は驚いて足を止める。
前門の狼、後門の虎とは言うけどもさ、前門の猪、後門の蛇ってどうなのさ。
あ、でも干支だと猪の向かい側は蛇だっけ。配置は合ってるな。
……うん、落ち着いてる場合じゃないね。いや、やれることがないから思わず現実逃避しちゃったよ。
だって、どう考えても僕の手に余るからね。
大蛇にしろ巨猪にしろ、どうせいって言うの?
ええと、ナメクジでも召喚する?
蛇、ナメクジ、蛙
三すくみってあったなあ。人気のあった忍者漫画。元ネタは浮世絵時代の物語だけど。
3人の忍者がそれぞれ召喚術で巨大な召喚獣を喚んで、大怪獣バトルのシーンは面白かった。3人とも脇役だったけど……。
自慢じゃないが僕は召喚術なんて使えへん。
ドラゴンとか召喚できたらカッコイイだろうけどね。無理なものは無理。
怪物を倒せるような必殺技もない。戦闘力としては平均的な7歳児より少し上ってところかな。
だから、まあ、一発逆転でここで真の実力を発揮して怪物たちを打ち倒す、なんて展開は無理。やれるもんならやってみたいところだね。
う、鎮まれ右腕!
なんてことはないからなあ。
男の子だから、それなりにヒーローへの憧れはある。憧れはあっても、それだけではなんの役にも立たないという現実を知ってるから困る。
巨猪が動いた。
僕へ、いや、ミリアへ向かって?
避けられないことはない。でも、避けてしまうと巨猪は真っ直ぐにミリアを抱えた騎士へと向かってしまう。
……。
僕は王族だ。僕の命は伯爵令嬢の命より尊いものとされてる。仮に僕が自分が助かるためにこの場の全員を犠牲にしても、誰も僕を責めないだろう。死んだ者たちに対して王族を立派に守ったんだという評価を与えるだけで。
王族の命というのは個人所有じゃない。王太子や国王、自分より上位者が同席していないのならなによりも自分の命を優先させなければいけない。生きて、国へ貢献することこそが王族としてあるべき姿。
それは知ってる。分かってる。
なにより、僕が立ちはだかっても巨猪を止められるわけじゃない。
それでもさ、駄目でしょ。女の子を、自分の婚約者を見捨てちゃ。
迫り来る巨体に、不思議と恐怖は薄かった。死は、もう経験してるからね。
ただ、残念だとは思った。
折角のセカンドライフ、田舎でのんびりしたかった。美女たちも付いて来るとなれば夢のような生活だったろうに。
リアルテは大丈夫だろうか。あの子も、まだ誰かがついててあげないといけないんだけど、父上たちがうまくやってくれるだろうか。
覚悟を決めた僕の前に人影が割って入る。
赤い尻尾、いやポニーテールが揺れる。
リーチェ?
巨猪と少女の激突。
リーチェだってまだ10代前半の子供だ。剣士としては大人顔負けとは言っても体躯は未成熟なものだ。
巨猪の突進を前にすれば、木の葉のように舞う……はずだった。
鈍い音とともにリーチェの身体が飛んで来た。
咄嗟に受け止めようと努力はした。でも、リーチェの方が身体大きいんだよね。受け止めきれるはずもない。だから僕も倒れて、結果としてリーチェの下敷きに……。
うん、リーチェの後頭部で鼻打った。痛い。
締まらないな。
鼻を押さえながらなんとかリーチェの下から抜け出してみれば、リーチェは完全に目を回していた。
…………いや、五体満足である時点でおかしいんだけど?
なにがどうなったのか、リーチェを吹っ飛ばした巨猪もその場で倒れてる。
え? 巨猪の突進エネルギーをリーチェが相殺したの?
質量で考えるとリーチェは巨猪の半分もないんだけど?
まあた、物理法則が無視されたっぽい。これだからファンタジーな世界は。
この世の理の理不尽さにうんざりしてる僕の耳に声が届く。
『円環に囚われる者たち』
――女性の声?
声は、背後から、大蛇の方からした。
振り返った僕は今度は大蛇と眼が合う。
頭上高くから僕を見下ろす大蛇。その足元(?)にはミリアを抱えた騎士がいる。
騎士は動けなくなっているようだった。蛇に睨まれた蛙、と言ったところだろうか。僕も正直戦いている。
さっき死を覚悟したばかりなのに、またか。
「君、話せるの?」
戦慄しててもどこか冷静なのは人生経験のお陰だろうか?
僕はなんとか声を絞り出した。鼻を押さえたままだから、なんだか間抜けな声になっちゃった。
さっきの声を蛇のものだと仮定して考えると、言葉が話せるなら交渉も可能じゃないか、と思ったわけだ。
どうせ絶体絶命なんだ。なんでもやってみる価値はある。
僕の問いに呼応するように蛇が、ずずず、と動いて僕に顔を近づけて来た。
ミリアを抱えたままの騎士は動こうとしてるみたいだけど動けないでいる。
『奇しき者、妙なる御魂を持つおまえは何者だ?』
いや、喋る大蛇に何者だとか言われても、それはこちらお聞きしたい。
「何者ってものでもないよ。3番目の王子レリクス」
大蛇の頭部が右に左に揺れて、まるで僕を様々な角度から観察してるみたい。
どっからどう見ても、ただの人間だよ、僕は。
『珍奇なる人の子。おまえは円環の者たちではない』
「知らないよ、そんなこと。そもそも円環の者がなにかも知らないんだから。それより、僕らは君らを怒らせるようなことをしたの?
いや、きっとしたんだね。
僕らは狩りに来ただけで、君らを怒らせる気はなかったんだ。なにか失礼があったなら謝るから、見逃しては貰えないだろうか?」
こっちは大蛇や巨猪が出て来た理由がさっぱり分からない。
別になんとなく、とか言われたら困るけど、なにか理由があってのことならなんとかなるかもしれない。
『生き物が食い合うのは理。弱き者が狩られ、強き者の糧となるは必然。なれど、その力は我らに向けられるべきものではない』
大蛇は、ミリアとリーチェを順番に見た。
ううん、よく分からないけど、取り敢えずミリアとリーチェがやらかしたのか。と言われると心当たりがないでもない。
ミリアのあの矢は、あれは普通じゃない。なんらかの特別な力だ。それがなんに起因するものか知らないけど、狩りに使うべきじゃなかった?
「ミリア、そっちの子の矢のこと?」
『是』
「そう。分かったよ。もう、あの矢で狩りはさせない。それで勘弁して。彼女はまだ子供なんだ。自分の力のことなんて分かってない」
『それを信用しろと? 奪われた命は戻らぬのに?』
「信用して貰うしかないな。僕が第3王子の名にかけて言い聞かせるよ。
喪われた命に関しては弁済は不可能だ。申し訳ないとしか言えない。それ以上、なにか望むの?」
『命の代価は命』
「命を差し出したところで、消えた命が戻るわけでもないでしょ」
そうなんだけど、本来、これは加害者側が言うべきことじゃない。
「それに、円環だっけ? 彼女たちにはなにか役割があるんじゃない? だとしたら、ここで殺しちゃってもいいの?」




