狩猟祭 2日目 その5
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「すっごいね」
2頭の鹿の死体を前にリーチェが感嘆した。
昨日は騎士団のメンツと狩りに行ったリーチェだけど、今日はミリアの噂を確かめたいとこっちに同行。(いや、それ以前に僕の護衛が仕事なんだけど)
そのリーチェの前で、ミリアの矢は2頭の鹿をたった1本の矢で仕留めた。
うん、貫通した。2頭とも。
……ほんと、どうなってんの?
魔○光殺砲??
やっぱり、矢を放つ前に一瞬ミリアが光る。
けどなあ、魔法とは違うっぽいんだよな。
もうね、ミリアは得意満面、ドヤ顔セール。
普段澄ました態度なのに、今はとても子供らしい。
師と仰ぐリーチェの反応がなにより嬉しいみたい。
でもさ、聞いてもミリアも特別なことはなにもしてないんだよね。普通に構えて射ってるだけで。
一体どうしてこんなことが起こっているのか。
不可解也。
物理で言えば、入力された以上の出力は無理。コンポジットボウを限界まで引いても鹿を貫通するような力は得られない。
この世界には魔法が存在するから、物理で解明できない力ならそっちなんだと思う。
飛距離はどれぐらいなのか?
何頭まで貫通できるのか?
試したいこと、調べたいことは色々あるけどここじゃ無理だし、面倒なことにミリアが付き合ってくれるかどうか。
分かっていることは特定の弓を用いた折にミリアのみが発動させうる現象ということ。
ミリアの必殺技、というには使えるものが限定的なんだよなあ。
だからって、ボウの方も他人が使うとそんなおかしな威力にならないし。
調子に乗ったミリアは案内人を振り切る勢いでずんずん進む。
獲物を射るだけの奴はいいけど、獲物の運搬や後処理をしなければいけない面々は大変大変。
調子こいたミリアは次に行こう、次に行こうと五月蠅い。それを僕がなんとか宥めてお付きの連中に気を遣ってる状態。
ミリアの気持ちは分からないでもない。
無敵状態の気分なんだと思う。獲物を射れば一撃必殺。これまでの獲物は全部貫通してる。
いや、これは命中精度もかなり上がってるのか。
リーチェは羨ましそうに見てる。
リーチェ自身は大人が使うような強弓を使用。こっちも尋常な威力じゃない。貫通こそしないけど、矢が根元まで刺さったりする。
リーチェはそんなにごついわけじゃない。そりゃ僕よりは大きいけど、まだまだ子供の身体だ。なのに膂力が並じゃないのは、もうね、身体強化でもしてるのか、と。
そんな魔法が実在するとは聞いたことがないけど、武道だと集中が高まったときに普段以上の力が出せるってのが信じられてる。
武道の達人が素手で城壁を破壊したとか、大岩を斬ったとか、ありがちな逸話はいくらもある。リーチェの力もそういう類のもののような気がする。逆説的に、リーチェにそういうことが起こってるなら、お伽噺のような逸話が実は事実だったんじゃないかとさえ思えて来る。
リーチェだってまだまだ未成熟な子供だ。今からこれだと、成長したらどれだけの力を発揮するのか末恐ろしい。
案外、リーチェ=勇者ってこともあり得るのか?
いやいや、恐いから。脳筋勇者なんて。
この世界には魔法が存在するのに、リーチェやミリアの力はそれにも当て嵌まらない気がする。少なくとも良く知られてる魔法とは別物だ。
なんらかのユニークスキルとか、そういう感じ。
力を使いこなしたら一騎当千になれるかもしれない。2人とも戦闘民族だから、そのうちそっちの道に進みそうだな。そうなったら、僕としては止めるけど。
個の力が多少強くても、それでも死ぬときは死ぬから。争いには極力係わって欲しくない。
それに、僕は知ってるからね。銃を持った多数の兵士がどれだけ脅威であり、個人がどれだけ無力か。
狙撃されたり、大砲撃ち込まれたらそれまでだ、と思う。
こればかりはやってみないと分からないな。実物の勇者を知らないから。なにか特異な力を持っていたら、砲弾も跳ね返すかもね。
ミリアの『貫通』を上回ろうと思ったら、ライフルでも作るしかないのかな。いや、作らんけど。
猟銃ならミリア以上の遠間から獲物を貫通できたと思う。そもそもミリアが異常なんだけどね。あの矢は速度だってそんなに出てないと思うんだ。なのに、貫通するとか。
物理法則の立つ瀬がないな。
昔々に知っていた物理で大体のことは説明できるんだけど、魔力だなんだと係わって来るとその限りじゃない。そんなものは迷信だ、とは言えないものが現実世界にはある。
僕にとって都合が悪いからって見ない振りをするのはなんの解決にもならない。
身近にある治癒魔法でさえ分からないことだらけだ。
祈り、詠唱、でなんで傷が治る?
答え、魔法だから。
そこで思考停止してるのは、なにも不都合がないから。
長年それでやって来て、それが実際に効果があるのだから困らない。困らないから、深く考えない。
僕も小さい頃からそういうものだと教えられて育ったのけど、昔々の思い出があるから、どうにも違和感が拭えない。
魔法を否定したいわけじゃない。
科学に魔法という要素も折り込んで考えるべきか、科学とは相容れないと切り捨てるべきかが悩ましい。
まあ、魔法が実在するんだから、そこを省いちゃ駄目なんだけどね。そもそもこの世の理が昔々と違うんだろうから。
物理がまるで意味をなさないわけじゃないんだ。
魔法という要素が入り込まないことなら、大体は昔々の知識で説明できるし再現できる。
重力もあれば摩擦もある。
けど、魔法要素が入るとそれらが崩壊する。うううん、扱いが難しい。




