狩猟祭 2日目 その4
ヒッチコックは映画だったっけか?
ヒッチコック、ヒッチコック、アルフレッド・ヒッチコック……
そうそう、アルフレッド。アルフレッド・ノーベル。アインシュタインは、アルベルトだからちょっと違う。
火薬は有用だよ。工業にも戦争にも。
カルバリン砲なんか作れば戦争が一変するだろうね。
他国が火薬兵器作ったとは聞かない今ならそういうものを作れば一強になれるかもしれない。でも一強と呼ばれるようになるまでには沢山の人を殺すわけでね。
嫌だよ、そんなのは。
そういうのが不要になるようにして欲しい。
殺し合いでしか発展できない間抜けにはならないで欲しいよ、この世界は。
「いや、このことはレリクスに一任する」
「よろしいので?」
チェンコフは不満そう。
そら、折角戦力強化できるかもしれないのに、子供に任せちゃうのは不満だよね。
「放っておけば成果を出すであろう者に、余計な圧力をかけてヘソを曲げられては困る。婚約者のために公爵家すら潰そうというのだからな」
そうだね、ミリアは僕の大事な婚約者で幼馴染みで親友。
国のためだからって無理させるなら、僕は全力で阻止するよ。
父上はそれが分かってる。そして、ここで僕に恩着せがましくしておけば僕が自主的に働かざるを得ないことも分かってやってる。
悪い人じゃないよ。
王としてやるべきことやってるだけで、息子と言えど国の益になるなら利用する。それだけだよ。別に非道なことされてるわけでもないからね。怒る筋のことじゃない。
「しかし、その歳で将来若隠居して安楽な生活するために金を貯めるとか、さすがにどうなんだ?」
僕の目標を知ってるパパンが呆れ声。
放っておいていただきたい。
「年寄り臭いですね」
チェンコフも五月蠅い。
いいじゃないか、若隠居。
と言ってもさ、田舎に引っ込むだけで実質隠居じゃない。地方領主としてのんびりやるってだけ。
なんの問題もない。
それより、いい加減、お辞儀の姿勢のまま喋るの疲れて来た。
一応、王からの許しがないと頭上げちゃ駄目なんだよね。いつもなら、挨拶終わったら楽にしろって言われるんだけど、天幕の中から出て来ないから忘れてんだよ、たぶん。
「リアルテ嬢は公爵家がなくなれば後ろ盾を失うが、それはいいのか?」
先日、僕が時が来たらリンドバウム公爵家を潰そうという意志を示したことへの質問。
この世界、貴族なら後ろ盾がないと辛い。
僕の正妻となっても実家が潰れていたら周囲からは侮られる。当然、僕はそんなこと気にしないし、他の奥さんたちもそんなことしないと思う。
ただね、姻戚関係とか柵は消えないから。
体裁整えて置かないと、後々リアルテが嫌な思いをすることになる。
「女性でも爵位は継げますよね?」
僕の質問にチェンコフが眉を動かした。
当主になれるのは通常は一番年長の男子。長男相続が基本であっても、どうしても男子に恵まれなかった場合は煩雑な手続きを踏んだ上で女性が継ぐこともできる。
ただこれは暫定的措置で、一代限りの爵位。その女性が男児を産めば、その子の成人を待って爵位は移る。男児がいないと爵位は消える。だから男児に恵まれなかった場合は近縁者から養子を取るのが一般的かな。
爵位に関しては完全に男尊女卑なんだよね。
家庭となると、奥方が強かったりするんだけど、社会的な制度としては男性優遇。
「公爵の妻が公爵など聞いたことがない」
「法的にはなんら問題はないでしょう。領地の運営は適切な代官を雇えば済むことです」
形だけ爵位を継いだ女性は実際にいる。爵位を持ちながら、他家に嫁いだ前例はある。
王都に滞在して領地には滅多に帰らない貴族もいる。
領地の運営がなんらかの事情できない場合はできる人間を雇う。普通のことだ。
「公爵家を潰すより、その方が混乱も少なく、またいずれは陛下の直系が治めることになります」
リアルテには頑張って男の子を2人以上産んで貰うということで。
ま、産まれなくともなんとかなるでしょ。父にとって重要なのはリアルテの子じゃなく、僕の子であることなんだから。
リアルテの実家であるリンドバウム公爵家を感情的に潰してやろうと思った。思ったけど、父が言うように実家はそのままリアルテの後ろ盾でもある。存在するだけで少しは価値がある。
僕としてはさくっと潰しちゃってもいいや、と思ってたんだけどね。
この前の騒動の後で色々考えたら、どうもパパンに良いように利用された気がするんだよね。
僕の目的は果たせたから結果としてはいいんだけど、僕の私財を使ってるから、人の思惑通りに動かされたのが癪ではある。
だから、僕にメリットがあり、パパンの予想外のことしてやろうっていうのがちょっとある。
「現公爵が黙って譲ると?」
「黙ってはないでしょうね。でも、家を潰してしまうよりは興味もなかった娘であっても血縁が継いでくれる方を選ぶと思いますよ」
貴族家当主にとって、自分の代で家を潰すことほどの恥辱はない。家を潰したら親戚一同からも吊るし上げられるし、その他の貴族からも笑われる。
リンドバウム公爵にとってリアルテはどうでもいい存在のようだった。どうでもいいから、継母たちが彼女を冷遇するのを止めなかった。気にもしなかった。
そんな娘に爵位を譲るのは本意ではないだろう。けれど、家が無くなるよりはそちらを選ぶはず。選ばなかったとしても、僕には大したダメージはない。リアルテの後見を誰か別に探すだけの話だ。
政治情勢としても公爵家のような影響力ある家が消えるより、女性当主でも代替わりの方が混乱は少ない。
という話を、密室ではなく誰が聞いているとも分からない場でしたのはパパンへのちょっとした仕返しの一部。
周囲には護衛のための人員がいる。
使用人たちもいる。
彼らは今の話を聞いた。
リンドバウム公爵家は潰されるか、当主交代させられるそうだ、という噂が立つだろうね。そうしたら、調整のために国王が動くことになる。
どこの世界でも権力闘争、パワーゲーム好きはいるんだよ。
僕は面倒だから係わらないけどね。
「クソガキ」
僕の発言で面倒事が増えたと分かったらしい。いや、分からないと王様なんてやってられないんだけろうけど。ぼそっと大人げない発言するのはどうなん?
僕が失言したわけじゃなく、分かっててやってると見抜いたんだろうね。
「もういい、下がれ。用件は終わった」
「陛下に置かれましては、昨夜もお役目に勤しまれたご様子。どうか御身大切に」
僕が強烈な嫌味を言ってやるとチェンコフが笑いたいのを我慢したのが見えた。
分かりやすく言うと、昨夜も女連れ込んでたんだろ、いい歳なんだから少しは考えろよ、って話。
それは僕が勝手に推測した話だけど、チェンコフの反応から見て間違ってなかったらしい。
ここまで僕を呼び付けて、天幕から出て来る気配もないからね。なにか見られたらまずいものがあるとは想像できるよ。きっと中には女性がいたんだろう。
想像の話になるけど、たぶん昨日のうちにミリアの話を聞いたパパンはチェンコフに、
「明日、朝一番でレリクスを呼び出せ」とでも言ったんだろう。
で、チェンコフは指示通りに行動した。
国王がまだ起きていないと知っててやったんだと思う。こんな場所にまで来て女遊びしてるのをチェンコフも苦々しく思ってたんだろうね。それで準備もしていないうちから僕を呼び出して、結果、パパンは女性を天幕から出す間もなく僕との会見をする羽目になった。いや、会ってはないけど。
最初の慌てた様子はパパンがまだ寝起きだったからだ。
息子が会いに来たのに身支度もできてない上に女性が側にいたんじゃ、そら慌てるよね。これの仕掛け人はチェンコフであって僕じゃない。僕は事態を察して一言ちくりとやっただけ。
パパンとしても僕を叱るわけにも行かないし、朝一で僕を呼べと言ったのは他ならない自分だから、指示を守ったチェンコフを怒るわけにも行かない。
完全な自業自得。
お互いにすべき話はしたからいいけどね。
ミリアのあの力については僕も疑問に思ってたから、国王お墨付きで調べられるようになったのはいいことだ。




