狩猟祭 2日目 その3
国王の天幕は僕の所からそんなには離れていない。
王族用に用意された陣地内だからね。それでもかなり広く取ってあるから、声が届かない程度の距離はある。
でも警備の厳重さは国王の天幕周辺の方が遙かに上だ。護衛騎士もリーチェと違って真面目な人たちが常に周囲を固めてる。
彼らは僕を見て略式の礼を執ってくれる。
こういうの好きじゃないんだけど仕方ない。3番目とは言え王子様だからね。
王子様が単身歩いてるのはあれだけど。
長兄ならどこへ行くにもお付きが数人いる。次兄もそう。僕はそういうの好きじゃないから最低限の護衛ぐらいにして貰ってる。というか、そもそもそんなに人数割り当てられてないから。
気楽でいいよ、こっちの方が。
「陛下、第3王子殿下がいらっしゃいました」
王家の紋章旗がはためく天幕の前で待ち構えていたチェンコフ。彼は僕の姿を見ると中に声を掛ける。
僕は天幕の前で軽く頭を下げた姿勢で声を掛けられるのを待つ。
と、がたがたとなにやら慌てるような音が……。
「レリクスか?」
姿は現さず声だけの問い掛け。
「はい、陛下、ここに」
ううん、親子の会話じゃないよね、これ。
「また随分面白いものを作ったそうだな」
やっぱりあれだね、コンパウンドボウのことだよね。
見た目が派手なだけならパパンが食いついて来ることはなかったろうけど、ミリアの様子を伝え聞いたら興味持つよね、そりゃ。
「少しばかり絡繰りを組み込んではいますが、基本は弓です」
「猪を眉間から貫通させたと聞いた」
そう、やっちゃったんだよね。
普通はさ、頭って頭蓋骨硬いから狙わないし、当たっても致命傷になりにくい。なのにミリアは正面から猪の眉間を射貫いて、しかも矢が完全貫通。
徹甲弾か!
「あれを通常だと思っていただくと困ります。理由は不明ですが、ミリア嬢が使用したときにだけ見られたものです」
「つまり、弓の性能ではない、と?」
「そのような機巧は組み込んでいませんし、できません」
「……隠して」
「ません」
僕は色々思い付くままに作るけど、軍事関係はあんまり作らない。
殺人の道具を作るのは嫌だからね。まあ、僕が別の用途で作ったものを転用されるのは諦めてる。
これはどうしようもないよ。
パパンはその辺知ってるから、僕が軍事利用可能ななにかを隠してるかも、と思ったわけだ。
「そうか。しかし、そこまでの性能はなくとも現在兵士たちが装備している弓と比較してどうだ?」
「性能で言えば、命中率は上がるでしょう。ただ軍用には不向きです」
「理由は?」
「機巧というのは数に比例して故障率が上がります。一般の弓に比べて調整も必要ですから軍事行動という使用環境では適しません」
競技ならともかく、実戦的ではない。これは嘘じゃないよ。僕の見解だけど。
昔々、世界的に使われた自動小銃があった。それがヒット商品だったのは頑丈で、構造がシンプルで使い易く、悪環境でも使用できたからだ。
「そうか。ミリア嬢に魔法の才があったと理解すればいいか?」
「いえ、まだはっきりしたことは分かりません。その可能性が高いと思いますが、確定していません」
ミリアは魔法教育も受けてるけど、あれはそういうのじゃないんだよなあ。
なんらかのミリアだけの力だと思うけど、本当のところはなんとも。
「では、ミリア嬢に協力いただき検証をしてはどうでしょう。軍はあの威力を欲しております」
チェンコフが口を挟んで来た。
だよねえ。欲しいよね、あの力。
あれなら、敵の鎧ごといけちゃいそうだからね。
今はさ、平和だよ。他国との諍いも落ち着いてる。
でもそれは未来永劫そうだという話じゃない。
長く続いた戦争と数年に及んだ疫病でどこの国も疲弊してる。今は内政に努めないと国が滅ぶ。
だけど、それぞれの国が国力を取り戻したらどうなるか。
戦争なんてやらないに越したことはない。でも備えはしておかないといけない。
もし起こってしまったら、速やかに終わらせるにはどちらかが圧倒的な力を持っていることが望ましい。
戦力が拮抗してだらだらと何年も戦争をすれば、それだけ犠牲者が増える。
10年続けて50万人の犠牲者を出すより、半年で5万人の死者に抑える方がいい。いや、いいなんて言うと語弊があるかな。より犠牲が少ない道を目指したいってだけ。
そのために軍備強化に繋がることならなんでもやるのは国王としての責務だろうね。
軍備強化、やろうと思えばね、火薬とかあるよ。鉄砲とか。
火薬の原料になるものを探すところから始めないといけないから大変だけどね。僕の知ってる原料に相当するものが無かった場合は難しいけど、たぶん、あると思う。
ただね、僕はヒッチコックにもオッペケペーにもなる気はないんだ。
……ん?




