狩猟祭 2日目 その2
「なに、もう朝?」
ミリアが起きてくれた。
欠伸しながら離れてくれたけど、リーチェは起きる気配なし。
いや、護衛騎士としてそんだけ熟睡するのはどうかと思うんだ。今は勤務中でないとしてもさ、寝込み襲われたアウトじゃない?
ミリアが離れたことで自由になった左手でリーチェを揺する。
左腕が解放されたから、そこからうまく抜け出せそうなものなのに、僕の右半身はがっちりホールドされていて全然動けない。
リーチェの力のとんでもなさをこんなことで実感するとは思わなかった。
しかも全然起きないし。
「ミリー、助けて」
僕の危機に気付いていなかったミリアは半分寝惚け眼のままで僕を見やり、
「なんだ、レック。動けないんだ」
「だから助けて」
「師匠は起きないからなあ。……いつの間に師匠を連れ込んだの?」
「連れ込んでない、連れ込んでない。知らない間にいたの」
「ボクというものがありながら、別の女を連れ込むとか」
「人聞き悪いこと言わないように」
というか、ミリア、意味分かってないのに大人ぶらないように。
「師匠、ごはんだよ」
ミリアがリーチェの耳元で囁くと、それまで僕が揺すっても無反応だったリーチェが勢いよく跳ね起きた。
……涎、涎
「ごはん、どこ?」
と言うのと同時にリーチェの腹が食事を催促するように鳴った。
僕はとにかくベッドから脱出。
「いつ来たの?」とリーチェに問えば、
「夜」
うん、そうだよね。夜だよね。
って、そこは分かっとるわ。
「ミリアとお喋りでもしようと思ったら、レリーのところは行ったって言うから覗きに来たらさ、もう明かり落としてたから起こしても悪いと思って」
「潜り込んだ、と?」
うん、と悪びれもせずに頷くリーチェ。
悪気はまったくないらしいけどね、そういうときは諦めて帰るのが常識だと思うんだけど、僕、おかしいかな?
「第3王子殿下、お目覚めですか?」
リーチェにきっと無駄だろうけど一言申そうとしたら、外から声がかかった。
感情のない事務的な声には覚えがある。
「なにか用?」
立って行って天幕の入り口を開ける。
ファスナーとかないからね、布が重ねてあるだけ。ちょっと重くしてあるから、子供の力だと開けるだけで結構大変だったりする。
外にいたのは想像通りチェンコフという中年男性。割とイケメンの美中年はパパン、つまり国王の秘書みたいな仕事をしてる。パパンと同年代のはずだけど、見た目は20歳そこそこにしか見えない若作り。
どこへ行くにも大体パパンと一緒。
国王の側近中の側近で仕事のできる人。
父とは長い付き合いだから遠慮なく物申す人でもある。
この人いなかったら仕事が回ってないだろうね。うん、嫌い。
僕に公務を回してるのはパパンだけど、それを止めないからね、この人。
チェンコフは僕の肩越しに天幕内を覗き、小さく吐息して、
「血は争えませんね」と宣いやがりましたよ。
血を遺すのも王の務め、とか言ってパパンがあっちこっちで女性に手を出してるのは知ってる。けど、僕は違うからね。
リーチェもミリアも呼んでないから。リーチェにいたっては、入ることを許可すらしてないから。
いやいや、それ以前に子供よ、子供。
友達同士で雑魚寝しただけだから。
「陛下がお呼びです」
僕がどう説明しようか迷ってるうちに、チェンコフはさっさと行ってしまう。
ほんっとに、事務的な人だな。
朝からなんだとは思うけど、国王のお呼びじゃ仕方ない。
僕は手早く着替える。
王子様だけど、こういうときメイドとかいないからね。3番目の扱いは雑なんだよ。
王宮ならまだしも、こんな場所へ連れて来られる使用人なんていない。僕も今日みたいな軽装のときは要らないからちょうどいいけど。
さすがに王宮とか、王子様らしい装飾過多な服装のときは手伝って貰わないと厳しい。着るときの利便性が悪いんだよね、ああいうの。貴族階級は着替えにしろなんにしろ、身の回りのことでも人に手伝って貰うのが前提だから。元からそういうデザインなんだよ。
「陛下のところに行くの?」
「そうだよ、ミリーたちも来る?」
改めてミリアを見る。
夢の中の美女は割と胸に肉があったように思うけど、今のミリアはそこを見ても性別の判断には意味をなさない。
年齢が年齢だから当たり前なんだけど、あの美女が本当にミリアなのかどうか自信がなくなる。雰囲気もそうだし、1回サナギにでもなって大変身するんだろうか?
まあ、10歳にも満たない子供だからね。成長期が来るとがらっと変わるかもしれないね。昔々の知り合いにそういうのがいたから。
ずっと僕より背が低かったのに成長期でガッと伸びて僕より高くなったのとかね。
ミリアも、そしてシーラたちも成長期過ぎたら今とは全然違う姿になる可能性はある。
たださっき見たのがただの夢である可能性もあるから当てには出来ない。
予知夢とか、未来視とか、そんな能力持ってないから。
「リーチェ、君は僕の護衛だから」
「ごめん、おなか痛いから、ご飯食べて待ってるね」
おい、こら、護衛騎士、あからさまな仮病使うな。使うなら使うで、少しは隠す努力をしろ。なんで腹痛でご飯食べるんだよ。
リーチェはまるで悪いと思ってない。
そりゃ分からないでもないけどね。
僕にとっては父親であっても、リーチェたちにとっては国王陛下。前に立つだけで緊張するんだろうね。僕だって人前でパパンに会うときは礼儀を忘れると色々とまずい。親子でも気を遣うんだよ、貴族階級って言うのは。
「今日は見逃すけど、次やったら護衛騎士の任を解くからね」
だから、今回はいいんだ、って顔で眼を輝かせちゃダメでしょ。
護衛騎士の自覚をもうちょっと持とうか、リーチェ。




