狩猟祭 1日目 その3
ミリアだから、ミリア。
伯爵令嬢のミリア。
聞いて分かる通り、見事なまでのボクっ娘。
若干『ナル』入ってる。
婚約者というよりも友達。
ミリアは昔っから少年の衣装を着ている。
女性用を着た姿は記憶にない。
子供のときはクラスに、いや学年に1人ぐらいいなかった?
ボクっ娘
ミリアが単に男の子の格好が好きなだけなのか、心が男の子なのか、性別を意識していないから動き易いものを着ているだけなのか。
その辺のところはまだ良く分からない。
子供ってさ、まだ性別の意識が薄いでしょ。
だからミリアがどういう理由で少年の服装なのか分からないんだよね。
当人も別に悪いことだとは思ってないし、似合ってるから周囲もなにも言わない。
淑女して問題だと貰い手がなくなるからと大人が必死で教育するけど、ミリアは僕に嫁ぐ予定になてるから僕が許容してると伯爵夫妻もなにも言わないみたい。
……あれ、僕のせい?
いいじゃんね。
腹立つほど似合ってるし。
白銀の髪に翠の瞳。
御曹司、王子様、貴公子、そんな単語が僕より似合う。
「だから、その呼び方はプライベートなときならいいけど人前ではやめろって」
周囲には貴族やら一杯いるんだからさ。
うん、うちの身内はにやにやしながら見てるね。
大人が注意するところでしょうが。
もうね、ミリアが男の子の服着るのも、僕を勝手な名で呼ぶのもすっかり定着しちゃってるから、誰も突っ込まない。
お堅い儀礼式典でもないから子供の些細な我が儘ぐらい見逃されてるのかもしれないけど、ちゃんと注意しておかないと、この先絶対トラブルになるよ、ミリアは。
「はいはい、第3王子殿下」
うん、絶対反省してないよね、それ。
「それより早く行こう。獲物が減る」
ミリアは狩りに行きたくてうずうずしてる。
リーチェほどじゃないにしても、戦闘民族だからなあ。
でも、勇むのはいいけどもさ、僕らが2人だけで行けるわけないだろ。
僕が王子ってのもあるし、ミリアだって伯爵家のご令嬢だ。令息に見えても令嬢。
護衛無しに狩りに行かせて貰えるわけがない。
僕の護衛の1人はサボって狩りに行ったけどな!
リーチェ、おまえのことだ。こういうときこそ護衛しろよ。
いつもなら僕の護衛は1人だけれど、場所が場所だけに今日は2人付いてる。
考えりゃ分かることだけど、周囲は武装した貴族とその家臣たちがうじゃうじゃいる。もし僕が謀反を企むなら、王を討つ絶好の機会を逃さないね。
一応、王族の近くには信頼のおける貴族家だけ配置してるとしても。
狙われるとしてもパパンが先だろうけどね。それでも、一応とは言え王位継承権持ち。
普段よりも護りは固めてある。
加えて狩りの案内人が3人。
熟練の狩人で、この辺りの森の管理を任されてる準公務員。
彼らとミリアの護衛もいるから、一個分隊の探検家みたいな一行だね。
「家の方はいいの?」
僕が覚束ない手綱さばきで馬を歩かせるとミリアも付いて来た。
ミリアの家も伯爵家として参加してる。
当主が数人の騎士を連れてたんじゃないかな。普通に考えると、ミリアはそっちと一緒に行動するところだ。
「レックといた方が絶対面白いだろ」
いや、知らんがな。
っつか、僕になにを期待してるんだ?
狩りは専門外だぞ。
獲物は探すし、それなりの努力もするけど、ガチ勢とは違うのだよ、ガチ勢とは。
本音を言えば、すぐに帰りたい。
ゆっくり眠って、リアルテと歓談したい。
「面白いっていうか、王族用の区画だと獲物が多いからだろ?」
狩猟祭で王族にあてがわれる区画は他の場所よりも獲物が豊富なところだ。
危険なものが少なく、狩りやすい獲物が多い。
とは言っても動物相手だからね。移動しちゃったりすることだってある。
だから場合によっては王様来たタイミングで獲物を放す。
王族が成果無しじゃ格好つかないからね。面目のためにもなんらかの獲物を仕留めた、ってことにしないと。
釣りに行ったお父さんが坊主(釣果無し)では恥ずかしいからと帰りに魚屋さんで鯛を丸ごと買って、どうせ買って来るなら調理済みにせいと奥さんに怒られる、みたいな。
ま、それはパパンのお仕事。
僕みたいな子供に成果求めてどうすんの。
参加してるだけで褒めて貰いたい。
いや、ミリアは狩る気満々だけどもさ。
僕が作ってあげたコンパウンドボウ。
通常の弓より複雑な機巧してるから故障率が高い。細かいところ記憶が曖昧だったけど、それでも一応機能するからいいよね。
ミリア用に張力の調整もした……現代技術の限界までは。
狩猟する分には問題ないレベルに仕上げられたと思う。
ミリアなら馬上からでも獲物を狙えるだろう。
僕には無理だけど。
「いいじゃないか、ボクらは結婚するんだ。
そうしたら、レックのものはボクのものだろ?」
おまえはどこのガキ大将だ。
リサイタルとか開くなよ、頼むから。




