閑話 あの子のジョブは?・下
「しかし、よく短い期間で債権を纏められましたね」
「嫌だな、手続きその他もあるんだから2日やそこらでできるわけないじゃないか」
……鳩が豆鉄砲喰らったような顔って、今のリチャードの顔みたいなのかな。
だってさ、いくらなんでも無理だよね、そんな急に。
電子化されてるわけじゃないんだから。
電子化されてても、なんだかんだで時間取られるけど。
「今はもう債権は手に入れてあるよ。あのときは時間がなかったから、まあ、近い将来ほぼ確実に起こることを前倒しただけ」
「よくもまあ、公爵にそんなはったりかませましたね。
バレたら大問題ですよ。分かってます?」
「バレなかったからいいじゃないか。すぐに手配はできたんだし」
公爵で、王弟って人にはったりかます奴は少ないかもね。
だからこそ隙があるんだけど。
リンドバウム公爵も、まさか騙されるとは思ってなかったろうし。
「手際いいですね」
「二マール商会を使ったからね」
「ハゲ狸使ったんですか?」
うわああ、って顔してるけど、あの会頭、有能だからね。
色々問題はあるけどもさ。
「仕事は確かだろ」
「金にがめついじゃないですか」
「そうだよ。だからこそ信用できる。
ハゲ狸は商人にとって信頼がどれほど重要か理解してる。
取引に関して不誠実なことはしない。小賢しく儲けてもたかが知れてると知ってるからね」
「そうかもしれませんけど、気を付けないと食い物にされますよ」
「商談はそれぐらいの相手が丁度良いよ」
儲け話に目が利く。抜け目がない。
強欲、守銭奴、冷血漢。
隙を見せれば付け入られる。
いいじゃないか、それだけ使えるってことなんだから。
それに商人が金を大事にするのは当たり前。商売を広げたいなら強欲にもなる。商取引に情を交える相手は友人にはなれてもビジネスパートナーとしては駄目だ。
「で、いくらぐらい掛かったんです?」
公爵家が傾くほどの金、というと凄い大金に思えるかもしれないけど、まあ、大金ではあるけど、実際は元々の公爵家の資産からすればそうでもない。
散々散財した後だから。
既に公爵家には金がなくなってんだよね。
それでも莫大な額ではあるけど、僕になんとかできないものでもなかった。
「よくそんなに持ってますね」
「税金から抜いてるから」
「……殿下?」
「冗談だよ。飽くまでも僕の個人資産、ポケットマネー。
将来のスローライフのために貯金してた半分以上が消えた」
王族には年金出るから、貯金なくても困りはしないんだけどね。
僕は将来のために色々とお金稼いでいたわけだ。
その大半が消えた。
公爵家から毟り取るのも、ちょっと現実的じゃないな。家屋敷欲しいわけじゃないし。
「ま、リアルテの身の安全のためと思えば安いものだよ」
リアルテをあんな環境に長く居させたら、心が壊れてたかもしれない。
まだ間に合った、と思いたい。
「公爵家潰しちゃおうかとも考えたんだけど」
「お願いですから、公爵家をそこらの屋台みたいに言わないでください」
おや、リチャードくん、具合悪そうだね?
休むかい?
僕の机に積まれた書類仕事終わったら帰っていいよ。
「お分かりでしょうけど、一応言っておきますね。公爵家が取り潰しになった場合、使用人や家臣を含め数百から千人規模の人間が路頭に迷います。
領地も混乱するでしょうし、王都の経済にも少なからぬ影響があるでしょう」
「知ってる」
「知ってたなら自重してくださいよ。気楽に潰していい規模の家じゃないんですから」
分かってるよ、それぐらい。
「陛下に聞いたら、公務が増えるぞ、って言われてね」
「陛下……」
うん、王様は駄目だとは言ってないんだよね、一言も。
リンドバウム公爵が担ってた分の公務が誰かに回るって話しで。
んでもって、そういう場合、原因作った僕にやらせるって脅しだね、あれは。
7歳児を過労で殺す気だろうか、あの王様。
「まあ、あれだよね。いきなり潰すと支障出まくりだから、根回しをしてじっくりだよね」
「潰さないって選択肢はないんですか?」
「僕が潰さなくても、あの様子じゃ長く保たないよ。なら、被害が少ないように準備して、こっちの都合のいいタイミングで潰すしかない」
罪のない領民たちが困らないようにしてあげないとね。
「ま、あれだよね。3番目の分際で、って悔しそうに言う公爵の姿が印象的だったよ。
だからさ、
『斬新ですね。凹まされてる最中に相手を3番目とか詰るのは。
自分の価値を下げるのって楽しいですか?』って」
「まさか、そう言ったんですか?」
「うん」
リチャードは、はああああ、と深く溜息をついた。
大袈裟だな。
「話は変わりますが、あっちはどうなりました?」
「どっち?」
「大魔王と聖女の方です。ミリア嬢から勇者な申告ありました?」
勇者な申告って、妙な言い回しだな。
「ないよ。というか、ミリアが勇者で確定なの?」
「いえ、なんとなくです。リアルテ嬢が大魔王でシーラ嬢が聖女なら、勇者が似合うのはミリア嬢じゃないですか?」
いや、聞かれても。
「リーチェは?」
「リーチェ嬢が勇者だと……色々不安です」
それには同意しよう。
脳筋勇者って恐いよね。
下手したら魔物退治で魔物以上の被害生みそうでさ。
魔物は退治しました。
その際の戦闘で街は壊滅しました(勇者による破壊率8割)、じゃ困るよ。
「なんで僕の身の回り3メートルで話を完結させようとしてるの?」
そういうもんじゃないと思うんだ、勇者って。
それに、うちの国だけで国民がどれだけいると思ってんだか。
まあ、大魔王と聖女が僕の身内で揃っただけでも凄い確率だけど。
「いや、殿下は色々持ってるというか、呪われてるというか。選ばれてますよね?」
なにに選ばれるというのだね。嬉しくないぞ、面倒事は。
「一応念のため、杞憂だとは思いますが確認するためにもお伺いしますがね」
えらく持って回った言い方だな。
「殿下は、違いますよね?」
「は?」
「殿下が勇者、なんてことはないですよね?」
「今のところ、なんのお知らせも来てないよ。ま、今の時代、勇者だからなんだって話だけど」
一時とは言え平和が訪れてるときに、勇者も魔王もないもんだ。
「僕の身近でというなら、君はどうなんだい?」
「滅相もない。俺は一般的な貴族令息です」
なんだ、一般的貴族令息って。
「僕だって、どこにでもいる3番目王子だよ」
いや、いないから




