閑話 あの子のジョブは?・上
「なにしたんです?」
リチャードが開口一番そう聞いて来た。
「なにって、なにが?」
質問は正確に。
主語はなんだね、リチャードくん。
「あれ、新しい弓使うんじゃなかったんですか?」
僕が手にしてるクロスボウを見てリチャードが首を傾げる。
狩猟祭に向けての練習中。
僕は先日作ったコンパウンドボウじゃなくクロスボウを手にしていた。
「こっちのが当たるからね、僕は」
弓自体、あんまり上手くないからね。
まして馬上でとなると、まああれだ、無理。
そうなると熟練度の要らないクロスボウの方が命中率が高い。
クロスボウは弓ってより銃に近いから、素人でも当てやすくていい。
「元々、あっちはやる気満々のミリア用だからいいんだよ」
「驚喜してましたね、ミリア嬢」
子供みたいに喜んでたねえ。
いや、子供だけど。
間違っても人に向けないようにだけは念を押しておいた。飽くまでも狩猟や的当てのためのものであって、争いには使って欲しくない。
「それで、なにがどうしたって?」
「ああ、そうそう」
と本題を思い出すリチャード。
君さ、まだ若いんだから。
「リンドバウム公爵が暫く登城を控えるって話です。
殿下がなにかしたって噂になってますよ」
「……酷い言い掛かりだ。僕がなにをするって言うんだ」
「先日、珍しく公爵と面会したんでしょう。人払いまでして」
「内々の話だったからね」
「リアルテ嬢のことですか?」
「そうだよ。公務が忙しくて中々会う時間も取れないから、少し早いけどリアルテの教育がてら王宮で預かるって話」
お陰で最近は毎朝リアルテと食事ができてる。
リアルテは反応が薄いというか、表情が乏しいところがあるけれど、喜んでくれてるみたいだから良かった。
朝食の場で会話が弾むなんてことはないけどね。
でも、一言二言交わすだけでやる気が出て来るから、我ながら単純な生き物だよ。
「その話の後、公爵が酷く青褪めて部屋から出て来たって話ですけど?」
「そう? 僕が最後に見たときは焼けた鉄みたいに真っ赤だったけど」
「……本当に、なにしたんです?」
「だから、リアルテを預かる許可を貰っただけだよ。
リンドバウム公爵はリアルテにあんまり関心ないみたいだったけど、それでも親だからね。一応は許可を取らないと」
リチャードくん、なんだね、その不審そうな眼は。
君は主人に対する信頼が足らないと思うんだ。
「脅したんですか?」
「人聞きが悪いな」
相手は公爵で、王弟。
僕の叔父だよ、叔父。
しかも7歳児だよ、7歳児。
「公爵家は借財が多いみたいだから、その辺のことについて話しただけだよ」
「借金多いんですか、公爵家が?」
そう思うよね。
公爵家、王弟、与えられてる領地は条件のいいところだし、国から支給されるお金もある。普通ならお金に困るような家じゃない。
地位と安定した経済力、があるはずなんだよね。
「ちょっと小耳に挟んだところだと、公爵夫人と娘さんの散財が凄いみたいだね」
まさに湯水の如く、らしい。
公爵家の蓄えを食い尽くすってどんだけって話だよ。
「娘? リアルテ嬢?」
「リアルテが使ってるなら僕の方で用立てても良かったんだけどね。
異母妹の方だよ」
「ああ、それじゃあの噂は本当だったんですか」
「どの噂?」
「リンドバウム公爵は長女より次女を大事にしてるって話です」
「リアルテが冷遇されてると知ってたわけ?」
「そこまでは知りません。いや、ホントですから矢を向けないでください」
知ってて黙ってたなら射てやろうかと思ったけど、違うらしい。
まったく、自分が情けない。
リアルテがドアマット令嬢やらされてたなんて、どうしてもっと早く気づいてあげられなかったのか。
思い出す度に腹が立つ。
そりゃ、あんだけ可愛くて聡明で地位もあるんだから、妬まれもするよね。
「それで、借財をどうしたんです?」
「馴染みの商会を通じて公爵家への債権を纏めて貰った」
「肩代わりするんですか?」
「まさか、債権を僕が預かるだけだよ」
「どれぐらいあったんです?」
「そうだね、公爵家の家屋敷と領地の一部を貰えるぐらい」
普通、公爵家レベルの資産だと少しばかり豪遊しても破産なんてしない。
でも積もり積もったんだろうね。
とんでもない額だった。
「ま、今は僕が厚意で返済を待ってるし、利子もつけないと伝えたけどね」
「要するに、脅してリアルテ嬢の身柄を引き取ったわけですね」
「人の婚約者を品物みたいに言わないで欲しいな。
僕はなにも取引はしていないよ。ただ、僕が公爵家が傾くほどの債権を持っていると伝えただけで。
そのタイミングが、たまたまリアルテを王宮で預かる話をするのと重なっただけ」
返済を待って欲しければ娘を寄越せ、だなんて時代劇の悪代官でもあるまいし。
それに、僕はリアルテに金額を付ける気なんてないよ。
大切な婚約者に値段なんてつけられるわけがない。




