リンドバウム公爵家問題・下
「恐れながら、発言することをお許しください」
リアルテの侍女さんが突然頭を下げた。
「発言を許可する。言いたいことがあるのなら言って。咎めたりしないから」
「ありがとうございます。
殿下がお聞き及びのように、お嬢様は当家において酷い仕打ちを受けております」
「ラーラ、いいから」
「いいえ、いけません。殿下がご心配くださっているのです。すべてをお伝えするのが義務でもあります」
そうだよ。王族の問いに答えなかったり、嘘をついたら不敬罪だよ。
連邦捜査官と王族の質問には素直に答えるに限るよ。
でもリアルテは公爵家にとって外に出してはいけない話だと判断したのかな。
リアルテは侍女さんを止めようとしたけど、侍女さんは千載一遇と言わんばかり。
まあ、普通はないんだよね、こういうこと。
雇い主の家がなにしてようとさ、その内情を暴露しちゃうと仕事を失っちゃう。それだけで済めばまだいい方で、権力で消されちゃうことだってあり得る。
貴族家の当主が不始末があったからと使用人を殺めても罰されたりしない。
詳しい不始末の内容を公にする必要もない。
言ってしまえば使用人の生殺与奪の権を持ってるんだよ。
そういうもんだよ、貴族社会って。
ただ、そんないことを繰り返せば使用人が寄り付かなくなるし、領民からの信頼も失って、最終的にはお家の危機になるだろうけどね。
でも、1回使用人を無礼打ちにしたって誰も気にしたりしない。
「具体的には?」
冷遇とは、一体どのレベルなのか。
夕飯のおかずが一品少なかったとか。
お風呂上がりに着替えがなかったとか。
そんなレベルの話ではないよね、さすがに。
……
侍女のラーラが訴えるリアルテの状況は僕の予想より深刻なものだった。
口に出すのも腹立たしい。
糸を引いてるのは現公爵夫人。
公爵は家庭のことに関心がないらしい。リアルテの状況を訴えても無視され、訴えた使用人は解雇されるか夫人によって酷く折檻される。
そんなことをしていればリアルテの周囲に味方はいなくなって当然だ。
みんな、下手にリアルテを庇えば自分の身が危ないんだから。
使用人たちを責める気はないよ。
貴族家で使用人が主人家族に逆らえるものじゃないからね。自分の身を犠牲にしても、なんて中々できないし、やったところで自分も不幸になるだけだから余計だね。
家庭内問題というのは外の人間は介入しにくいんだよね。
家裁とか児童保護局とかないしね。
まして貴族となると。
貴族家当主が自分の権限の範囲でやっていることに関しては、王様だって口出しすべきじゃない。
忠誠と納税と引き換えに彼らの権利を守るのも王の役目なんだよね。
領地では領主がトップ。その権限は理不尽なまでに大きい。
だから貴族の家庭内問題となると王族だって好き勝手にできない。
「ごめんね」
思わず口をついて出た言葉は、すぐに気付いてあげられなかったことへの謝罪だった。
そりゃ、僕と顔合わせしたのはまだ最近だけれど、もっと早く気づいてあげられたら良かった。
リアルテが表情に乏しいのも当人の質というより環境のせいかもしれない。
自分に話し掛けてくれる人間がいなければ言葉は遅くなるし、他人との距離感や対人能力全般の成長が阻害される。
大魔王の話がインパクト強過ぎて、そういう発想ができなかった。
普通は、大魔王なんて話出ないから……。
「ねえ、リアルテ。君さえ良かったら王宮で暮らさない?」
僕の申し出にリアルテは小首を傾げる。
「3番目でも僕は王子だから、妃になる人も相応の教育を受けないといけない。
少し早いけどそれを始めるのはどうだろう。通うのは大変だから王宮に住んでさ」
これは嘘じゃない。
王子と結婚するということは、王族の一員になるということで、将来的に僕が公爵になってもなにかと夫人同伴で公的行事への参加を求められたりする。
聞けばリアルテは礼儀作法なんかの教育もなおざりにされてる。なら、そういう教育目的という理由が成り立つ。
妃になる人には相応の教養が必要になるんだから。
リンドバウム公爵夫人なんかも本当はそういう立場にあるんだけど、最初の夫人はともかく後妻さんだとどうなのかな。
「公爵家の方がいい?」
どういう扱いを受けていようとも生家だ。
そこを出るというのは結構な決断になる。
リアルテだってまだ子供。家を出るには不安もあるだろうな、と思ったのだけれど、僕の質問にリアルテはすぐに首を横に振った。
「なら、どう? 王宮と言っても離宮だし、公務で忙しいからいつもは一緒にいられないけど、朝食ぐらいは一緒に食べられるように頑張るから」
本当は三食一緒にしたいんだけどね。
お仕事で外出ること多いからしょうがない。
それでも、僕の眼の届くところに居ればリアルテに酷いことする人はいない。
いないというか、そんな不心得者は存在させてやらない。
かなり早いけど王族としての教育のためとすれば体面も保てる。
まあ、兄さんたちの婚約者はまだ一緒に住んでないから、まったく問題がないわけでもないけど。一番下の王子の我が儘ということで押し通せばいい。
それは同時に僕がそれだけリアルテを気に入って大事にしているってことでもある。
これでリアルテになにかすれば、完全に僕へ喧嘩を売ってるってこと。
「お言葉は、嬉しいのですが、お父様が許して……」
「公爵とは話はつけてあるよ」
リアルテがきょとんとする。
そんな表情も可愛い。
「君が望むなら好きにすればいいってさ」
俄には信じられないかもしれないけど、本当だよ。
ちゃんとリンドバウム公爵をお話しておいたから。
うん、ちょっと強引ではあるけど、ちゃんと許可取ったから。
もちろん、パパンにもね。
「呼びたい使用人がいるなら何人でも呼べばいいよ。持ち出したいものがあるならリストにして、後で人をやって持って来させるから」
「え、あの……:」
「今日から公爵家に帰らなくていいよ。部屋も用意してある。調度品なんかがまだ揃ってないから、好きなものを買うといい。いや、一緒に選ぼうか。
なんでも買ってあげるとまでは言えないけど、衣食住に困るようなことはないからね」
今日呼び出した時点で、僕はリアルテを実家に帰す気はなかった。
彼女が拒否すれば別だよ、当然。
そうならないと思って根回しは済んでる。
部屋の調度品なんか、本当は欲しいものはなんでも買ってあげたいけど、税金を無駄にはできないからね。王子妃としての予算の範囲でってことになる。
それでも、これまでのリアルテの生活を思えば十分過ぎるはずだ。
服装や宝飾品類。
王族となるなら、それなりのものを付けないといけないからね。
これは個人の贅沢とかの話ではなくて、国としての体面の問題でもある。
困窮してる国家で高価な宝飾品なんて身につけたら国民の反発喰らうけど、うちの国はこれだけ豊かだって示せるなら示した方がいい。
リアルテは戸惑ってる。
ごめんね、ちょっと急すぎたね。
でも、リアルテの安全は確保しておきたいんだよ。
「僕の部屋の隣だから、なにかあったらいつでも来ていいからね」
別に変な意味じゃないからね。
リアルテは僕より年下なんだから、知らない部屋で寝起きするのに不安になることだってあるかもしれないでしょ。
心細いなら一緒に居てあげるぐらいしないと。
だって、僕は将来の夫なんだし、リアルテはまだ子供なんだから、それぐらい許されるよね。
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