リンドバウム公爵家問題・上
今回は5割増し
「急に呼び出して悪かったね。予定は大丈夫だった?」
「いえ、特に予定もありません、でしたから」
リアルテは微笑んでくれた。
普段表情がない彼女の微笑むってのは凄いことなんだよ。
ただね、自然とそういう顔になってるんじゃないんだよね。彼女が頑張って顔を作ってる。
無理矢理やらせてるんじゃないよ。
彼女が僕に気を遣ってくれてるの。
そんな気を遣わなくていいのにね。でも、気を遣ってくれるのがまた嬉しい。
うん、今日もリアルテは可愛い。
いつものドレスもいつもながら似合ってる。
……本当に、いつもの良く似合ってるドレス。
なんで気付かなかったんだかね、自分が嫌になる。
カミラ嬢からの情報提供がなかったら、たぶんずっと気付かなかった。
カミラ嬢から急を要すると面会を求められたのは2日前。
狩猟祭の準備や他の公務で忙しかったけど、急用と言われたら断るのも悪い。シーラだと急用だろうと一大事だろうと、まあ、明日おいで、となるかもだけどね。
あの子はちょっと落ち着きがないから。
逆に、カミラ嬢は年齢に似合わぬ落ち着きがある。
そのカミラ嬢が急用と言うのなら急用なんだろう。
だから書類仕事をリチャードにぶん投げて時間を作ったよ。
「今日は先触れもない急な訪問を」
「堅苦しい挨拶はいいよ。急用なんでしょ?」
「人払いをお願いできますか?」
僕らの周囲にはいつも侍女だとか侍従だとか、護衛騎士がいる。
最近、僕の護衛は騒がしい婚約者がやっているけれど、そのときは違った。
ま、結果的に良かったよ。
リーチェだったら色々とその……面倒だったから。
とは言え立場上、カミラ嬢相手でも完全に2人きりになるというのはよろしくはない。
よろしくはないけど、まあ、必要なら仕方ないよね。
僕が目配せしただけで、有能な侍従たちは距離を置いてくれた。
カミラ嬢が僕をどうこうする理由がないし、何度か会ってどういう子かは分かってるからね。それを油断だと言われてしまうとそうなんだけど。
それに人払いと言っても会話が聞こえない程度の距離に離れるだけで、視界から消えるわけじゃない。
プライバシーないんだよね、王族って。
「それで?」
「リアルテ様は殿下の婚約者であり、将来のご正室ということで間違いありませんね?」
「? そうだよ。家柄的にも年齢的にも最適だからね」
実際に会ってみて気に入ったしね。
大魔王だけど。
「では、やはりお耳に入れておくべきかと」
そう前置きしてから、カミラ嬢はリンドバウム公爵家の内情について教えてくれた。
「それ、本当? 確度はどれぐらい?」
「複数のツテで確認を採りましたので、間違いないかと」
「どうして、そのことをわざわざ僕に?」
その情報は確かに僕にとって必要なものだ。
けれど、カミラ嬢には僕へ報告する義務はない。
それどころか、カミラ嬢の実家、ドラクル子爵家が他家を内偵していることを明かすことにもなる。
まあ、武門のお家柄だからね。
様々な家の情報収集ぐらいしててもおかしくないけど、公爵家の内情を探っていたってのはあんまり大声で言えることじゃない。
僕の子飼いってわけでもないんだし。
「殿下なら、間違いなく一刻も早くお知りになりたいかと」
「僕が聞いてるのは君の、いや、ドラクル子爵の思惑だよ」
「我が子爵家は殿下につくと決めました。殿下のために奉仕するのは当然かと」
そんな契約した覚えないんだけど。
こういう貸し借りって好きじゃないんだよね。特にこっちが求めたわけでもないのに持って来られると、借りってことになって、いつ取り立てられるか分かったもんじゃない。
僕らの立場で気を付けないといけないのは、無闇に借りを作らないこと。
下手な相手に借りを作ると支払いで痛い目を見る。
「それが事実だとしたら、とても大きな借りということになるね」
「係わらない、という選択もございますよ」
そう、僕がその情報は無用なものだと言ってしまえばカミラ嬢の報告は徒労に終わる。
話してて思ったけど、内容だけ聞いてると子供の会話じゃないよね、これ。
7歳児だよ、この会話してるの。
ランドセル歴1年ぐらいの子供が神妙な顔で話し込んでるって図を想像して。
微笑ましい、としか思えないよね。
実際は結構深刻な会話なんだけど。
ま、それはおいといて、
「リアルテは既に正式な僕の大事な婚約者だよ。その彼女を害するというのはね、僕を害しているのに等しい」
そう、例えそれが家族であっても、だ。
「僕は平和主義だけれど、大事な家族を傷付けられて黙ってるような無抵抗主義ではないよ」
あ、カミラ嬢の顔が引き攣った。
ごめん、恐かった。
でもね、誰だって本当に頭に来るってことはあるでしょ。
逆鱗って奴ね。
リアルテだけの話じゃないよ。
ミリアやシーラだってそう。
僕の大事な婚約者たち。
一家の大黒柱だとか古いこと言う気は無いけど、家族を護るのって僕の義務だよね。




