鍵
イベリア半島最後のイスラム王国、グラナダの話です。王はアルハンブラ宮殿を去る時に、自分が出てゆく「井戸の門」に鍵を掛けさせ、この後誰もこの門をくぐることのないように、と言い残して行きますが、私の勝手な想像で、門の鍵を悪魔に託してみました。
またかよ、と言われそうですが、すっごく短いです。
アルハンブラ宮殿の南の城壁にある「井戸の門」の前で、グラナダ王国を手放し、これから宮殿を去るムハンマド11世と、王国の軍の参謀であった悪魔が、言葉を交わす。
「もう少し行けるかと思うておりましたが。」
「仕方あるまい。こちらが身内のいざこざに手を焼いているうちに、カスティーリャは長年反目しておったアラゴンと手を結んだ。これでキリスト教徒対異教徒という図式が出来上がったが、儂らはムスリム同志まとまることが出来なんだ。儂らがひとつにまとまれるのは部族単位まで。砂漠に居った頃からの習い故、こういう所はなかなか変わらぬ。」
「フェルナンド王は貴方との約束を反古にして攻めて参りました。」
「あ奴らは異教徒を人とは思うておらぬ。人でないものとの約束など端から守る気はあるまい。」
「それにしても、お見送りが私一人などとは寂しすぎます。」
「それなんじゃが、実は、見送りをお前だけにしたのには理由がある。」
そう言うと、王は懐から一本の鍵を取り出し、悪魔に渡した。
「儂はこの『井戸の門』から出てもう戻らぬ。儂が門を出たら、門扉に鍵を掛けよ。そして、お前は鍵を持ったまま、ここから飛び去れ。」
「え?」
「実はな、フェルナンド王に宮殿の鍵を渡した時に、ちょっと暗示をかけてある。」
「暗示、でございますか。一体何を?」
「城内に居る者全ての助命を条件に降伏しましたが、もし約束を違えたならば、必ずや悪魔が飛んできましょうぞ、と。」
「ははは。貴方様らしい。」
「言うた時は鼻で笑うておったがな、あ奴はあれで信心深い故、お前が飛ぶのを見れば、さぞかし肝を潰して、約束を守る気にもなろう。」
「では、お元気で。ムハンマド様。」
「うむ、お前もな、ダンタリオン。」
門を閉じ、鍵を掛けたダンタリオンは、黒い大きな翼を広げ、空へ舞い上がった。
悪魔など居らぬ。元は山中で密かに暮らしていただけの異形・異能の種族だ。それがキリスト教が広まってから、人々は我らを聖書に出てくる悪魔に擬え、迫害した。迫害を逃れ辿り着いたこの国で、私はムハンマド5世に拾われ、以来、代々の王に参謀として仕えて来たのだ。
城の上空を一周する。カスティーリャの兵達が騒ぐ。
もう一周。美しいアルハンブラ宮殿を目に焼き付ける。
悪魔は去った。
以来、今に至るまで、井戸の門は閉じられたままである。
一部改稿しました。
実はこれ、もともと「小説家になろうラジオ大賞」に応募しようと思って作ったのですが、応募要領に見落としがありました。
「番組内コーナーで過去テーマとされた以下のワードをタイトルに挿入すること」
カレンダー、ルームメイト、卒業・・・お弁当、寝言
しまった。
改題案「鍵 ーお弁当ー」
いやいやいやお弁当出てこないし。
「お弁当ですムハンマド様」
「うまそうじゃな、ダンタリオン」
違うそういう話じゃない。
そういう訳で普通に短編として投稿しました。
字数制限1000字については、せっかくチャレンジしたので生かすことにしました。