シルフェント家
「おぉ……素晴らしいぞ、我が息子ゼシルよ」
シルフェント家の当主、僕とウォレスの父親であるグオルブは感嘆していた。
屋敷内の訓練場で僕が放った魔法によって、耐魔法で知られる金属製の的が貫かれている。
これは元一級魔術師であるシルフェント家専属の教師でも不可能だ。
「父上、ありがとう。でもこれで満足していられない。今のはまだ第四階級程度だよ」
「十八歳にして第四階級だぞ? 私が第四階級に到達したのは二十歳を過ぎてからだった」
「よく言うよ。今の父上は第五階級に到達しているだろう。私は父上を超えて見せるよ」
「フフフ、それでこそ我が息子だ。だがシルフェントの名は地位を得るためではない。わかるな?」
シルフェント家は伯爵の爵位でありながら、唯一領地と国家的地位を持たない。
彼らはいわゆる傭兵のような役割を担っている。
それはシルフェント家が代々孤高を貫いた結果だ。
ただ孤高であれ。
初代から脈々と受け継いだ誇りは今も尚守られている。
王家は彼らの力を度々頼っては国家の手に余る魔物や魔獣討伐を依頼した。
右に紛争有れば赴き、左に魔物あれば鎮圧する。
長男である僕もまたシルフェント家の在り方を誇りに思っていた。
魔法学院を首席で卒業するなど当然、そんなものは僕にとって肩慣らしのようなものだ。
僕は常にその先を見据えている。
「それにしてもゼシルよ。いつにも増して魔力が滾っているな」
「つまらない学園生活がようやく終わったものでね。どいつもこいつも才能がないカスばかりだったよ」
「それは当然だろう。あそこは弱者の救済措置のためにあるような施設だからな。だがそんなところにも出資しているのがシルフェント家だ」
「あそこは国営だからね。シルフェント家が多額の出資を行えば、彼らの手に余る部分も賄えるというもの。王家はより僕達に尻尾を振らなきゃいけない」
魔法学園を築き上げた代々の国王は、貴族のための貴族による貴族の場所を作り上げた。
特に行き過ぎた選民思想にまみれた先代の国王が本格的に学園を作り替えてからは、ほとんど庶民の入る余地などない。
庶民が少しでも貴族に口ごたえをすれば即退学となり、下手をすれば幽閉されてしまう。
「今やシルフェント家は盤石たる地位を築いている。次に何か依頼があれば、お前にやってもらおう」
「待ち遠しくてうずうずしているよ。僕の晴れ舞台はいつだろう?」
「近頃、はぐれ魔術師が活性化していると聞いている。それに違法魔道具の存在が確認されており、近いうちに摘発に動くだろう」
「チェッ! そんなチンケな仕事しかないのかぁ。はぐれ魔術師こそカスばっかりだろう? それこそウォレスみたいな奴とかさ」
ウォレスと自分で口にして僕は心のしこりを感じた。
幼少の頃、魔法が使えないウォレスに負けたことを思い出す。
あれは何かの間違いだ、成長した今なら絶対に負けることはないとそう思い込む。
「父上、ウォレスは十歳の時に出ていったんだよね」
「そうだ。山に向かうとかほざきよってな。いい機会だから叩き出してやったわ」
「魔法が使えないからって山で修行なんてしてたら笑っちゃうな」
「プッ! ゼシル、いくらウォレスでもそんな大昔の人間のようなことをやるはずがないだろう」
「でもあいつ、度々僕達の目を盗んでなんかやってたらしいよ。使用人達が不気味がっていたなぁ」
僕は使用人達が言っていたことを思い出す。
両手を床につけてひたすら体を上下させる運動や両手を後頭部に回して上半身を起き上がらせる運動。
しゃがんで立つ動作を繰り返す運動。
聞けば聞くほど僕にとっては奇妙でしかなかった。
今や魔術師は強化魔法を使えば、肉体の能力が飛躍的に上がる。
つまり体を鍛えるという概念がいつしか消えてしまった。
僕にはウォレスが無駄な努力をしているようにしか思えなかった。
シルフェント家に生まれながら魔力を一切持たずに生まれたウォレスを今でも疎ましく思っている。
「父上、ウォレスの奴は今頃死んでるかな?」
「当然だろう。魔力なしでどうやって生きるというのだ」
「そうだよね。フッ、バカな奴。落ちこぼれらしく大人しく僕達に媚びていれば今だって衣食住は与えられていただろうになぁ」
「あんなクズはどうでもいい。ん? 手紙か」
父上が使用人から手紙を受け取った。
シルフェント家にくる手紙は二種類、貴族からの招待状か依頼のどちらかだ。
今回は後者であり、父上はニヤつく。
「ゼシル、さっそく依頼が来た。はぐれ魔術師討伐らしいが、妙なことに違法魔道具の存在が確認できたらしい」
「言ったそばからはぐれ魔術師かぁ。たまには大きい反乱でも起きればいいのに……」
「まぁそう言うな。任務の肩慣らしとしてはちょうどいいだろう?」
「仕方ない。準備運動のつもりで行ってくるよ」
僕は風呂に入ってから着替えて、さっそく任務の詳細を確認した。
違法魔道具、それは魔法が使えない者でも持てば人を殺傷できるものだ。
これは以前から国内でも確認されていたが、今の国王によって本格的に規制された。
しょせんは魔道具、僕は心の中で毒づく。
「こんなものすら僕達によこすほど国は人材不足と見える。特に四賢士は何をやっているんだか……」
「四賢士など名ばかりだ。今や魔術師としての仕事よりも椅子を温めるほうが性に合っているのだろう」
「決戦級魔術師の名が泣くよ。大したことないなら僕がその席に譲ってほしいものだ」
一級の更に上へを行く特級魔術師は一人で百人の魔術師相当の力を有すると言われている。
決戦級はそんな彼らよりも上を行く。
一人いれば国の繁栄が百年伸びると言われていた。
これは人間一人のほぼ最大寿命であり、つまり彼らが生まれた瞬間からその繁栄が約束される。
それほどの資質を持ち、彼らを神と評する者さえいるほどだ。
さすがの僕も今はまだ彼らに及ぶとは考えていない。
しかしその席に座る資質は十分あると本気で考えていた。
「では父上、行ってくるよ」
「帰ったら料理長にお前の好物であるガルーダのターキーを用意させる」
それを聞いた僕は涎が出そうになる。
前菜は物足りないがメインディッシュが好物となれば、ゼシルのモチベーションが高まった。
(ウォレス、生きているなら僕の名声を耳にしろ。そして死ぬほど現実を思い知れ)
僕はマントを翻して屋敷を出た。
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