VS アーマーアリゲイター
ウォレスが仕留めたエンペラーボアは大人数人がかりで衛兵の訓練所に運ばれた。
衛兵達が死体の損傷など調べて死因を探っている。
ウォレスに対応した衛兵達はまだ彼の発言を信じていなかったからだ。
それは衛兵長も同じであり、自然死の疑いを持っている。
しかし数十分後にその疑いは霧散していく。
「なんだ、この穴は……。どんな魔法であればこいつの厚い脂肪を貫けるのだ?」
「少なくとも第一階級程度の魔法じゃ無理でしょう。第二、いや……第三階級くらいならば……」
「となるとやはりその少年は二級魔術師相当ということになるな。少なくともこの町にはいない逸材だ」
「しかしあの少年、自分には魔力がないとハッキリ言ってました。魔法が使えないのに仕留められるものでしょうか?」
部下の疑問に衛兵長は答えられない。
この世界において魔法の評価は第一階級から第十階級までに分類されている。
分類の基準は威力や効力で決まっており、例えば幼少期のゼシルが使っていたファイアボールは第一階級だ。
ただし熟練の使い手となれば第三階級までのファイアボールを放つことができる。
歴史上において人類が発動できたのは第七階級までの魔法とされていた。
ほとんどの魔術師は第一階級、或いは第二階級の魔法が限界だ。
第一階級で五級から四級の魔物を殺傷できる。
第二階級で四級から三級の魔物を殺傷できる。
第三階級で二級以上。
二級冒険者となる試験では第三階級までの魔法の行使が求められる。
衛兵達がウォレスの所業に驚くのも無理はなかった。
「その少年はどこへ?」
「ルアンと一緒に冒険者ギルドへ向かいました」
「なぜ連行しなかった?」
「ル、ルアンがどうしてもと言うので……。あの娘、四級ですが時々そうとは思えない雰囲気がありまして……」
衛兵長もかすかに感じていたことだ。
最近になってこの町にやってきたルアンを軽く見る者が多いが、衛兵長は彼女の本質を見抜いている人間の一人だった。
* * *
アーマーアリゲイターは川に出没する。
川辺で水を飲む生物であれば自分よりも大きい生物を強靭な顎で捉える危険な魔物だ。
生半可な鎧を身に着けた程度の冒険者ではそのまま噛み砕かれてしまうだろう。
拳のままで戦えるのか、不安がないわけではない。
あのエンペラーボアとかいう巨大猪のような魔物程度ならば問題はない。
突進しか能がない魔物など、あまりに単調で対処が容易だったからな。
衛兵達はあの魔物が三級と言っていたが、おそらくオレが討伐したのは子どもの個体だろう。
前世でも冒険者達の間でこういう勘違いがよくあった。
強敵と言われている魔物を討伐したと自慢していた冒険者だが後日、死体となって発見された。
その冒険者が討伐したのは子どもの個体であり、親によって無惨にも殺されたのだ。
こんな話があるのでは気が抜けるはずがない。
ましてや今は武器がないのだからな。
「ウォレスさん。すみません。どこにも剣を売ってる店がなくて……」
「気にするな。魔術師には必要がないものであれば、売る必要がない」
「でも素手で討伐だなんてやっぱり無茶です。私が戦うのでウォレスさんは下がっていてください。あの人達には言わなければバレないので」
「それはやめてほしい」
オレがそうピシャリと言うとルアンがビクリと体を震わせた。
「確かに結果だけ見せれば彼らを欺けるだろう。しかしそれではオレ自身に対して何の証明もしていない。大切なのは己の力で成し遂げたという確固たる自信だ。それが精神に刻まれてこそ、オレは戦場で戦える」
「す、すみません。不適切な発言をお詫びします」
ルアンが丁寧に頭を下げた。
悪気がないどころかオレのためを思って言ってくれたことだ。
「ルアンには感謝しているのだ。頭を上げてくれ」
「はい……」
ルアン、不思議な少女だ。
とても服屋の娘とは思えない気立ての良さを感じる。
いや、服屋に失礼だな。
「アーマーアリゲイターが生息する川が近づいてきたな。ここで少し待ってみよう」
「え? もう少し近づいても問題ないのでは?」
「奴らの速度を甘く見てはいけない。川から飛び出して食らいついてくることがある」
「そうなんですか……よく知ってますね」
アーマーアリゲイターは前世でも討伐したことがある。
ただし素手ではなく双剣だったがな。
魔法が使えないオレではあの強靭な鱗を貫けるかどうか。
いや、これではいけない。
貫けるかどうかではない。貫くのだ。
オレは腕に力を入れて槍をイメージした。
「ウォレスさん、危ないと判断したら加勢します。その時は恨まないでくださいね」
「あぁ、頼む。だがそうはならないよう努力しよう」
オレはアーマーアリゲイターを待った。
足元に落ちていた石を川の近くに落としたりなど、誘ってみたがなかなか出てこない。
どうやらかなり賢い個体のようだな。
エンペラーボア同様、魔物の個体差は無視できない。
オレにアーマーアリゲイター討伐の経験があるといっても、それはあくまでその個体との戦闘経験だ。
ここに生息するアーマーアリゲイターがどんな固体であるか未知数である以上、慎重になる必要がある。
オレは一歩だけ踏み出した。
「来たッ!」
アーマーアリゲイターが川から高速で飛び出してきた。
同時にオレは跳んでワニの上顎に着地する。
「で、でかッ! ウォレスさん! 大きすぎます!」
「そのようだな」
オレが知るアーマーアリゲイターの二倍以上ある。
上顎を押さえているというのにその力はオレの体重すらものともしないようだ。
オレはすかさず拳を固めた。
アーマーアリゲイターによって振り落とされた後、また高速で噛み砕こうとしてくる。
旋回するようにして回避しつつ、更に初動を見極めた。
魔物も人間と同じだ。
何等かの動作をする前に初動というものがある。
その間、わずか一秒もない。
だがその一秒以内の初動を見切らなければオレのような人間は生き残れない。
魔術師であれば当然やっていることだからな。
「見切った」
アーマーアリゲイターが連続で噛みつこうとするが、もうオレには当たらない。
最小限の動きでかわしつつ、オレは跳んだ。
アーマーアリゲイターの背中に飛び乗ると拳を更に固める。
拳を握りしめて、腕全体を槍とみなす。
戦いにおいて大切なのは精神力だ。
この拳ならばすべてを裂ける、貫ける。その精神こそが不可能を可能とする。
「はああぁぁーーーーーッ!」
アーマーアリゲイターの鱗の隙間に向けて拳を振り下ろした。
オレの拳が鱗を貫いて深々と内部へと刺さる。
その直後、血が噴水のように飛び出した。
「ギャアアァオォォーーー!」
アーマーアリゲイターが大暴れして、オレは急いで飛び降りた。
盛大にのたうち回った後で次第に動かなくなる。
「ふむ、うまく急所を貫いたようだな」
「あ、あわわわ……まさか素手で仕留めてしまうなんて……そんなことが可能なんですか!?」
「ん?」
ルアンが何やらあわあわと慌てている。
そうか。ルアンからしたらオレのように拳など使わずとも貫ける。
こんな原始的なやり方など逆に新鮮なのだろう。
「精神に己の自信を刻む。強い精神が肉体のポテンシャルを引き出す。オレの腕は槍だと信じれば案外貫けるものだ」
「いやいやいやいや! 普通は無理ですって! 今の大きい個体なら四級どころじゃありませんし、第二階級の魔法でようやくってところなんですよ!」
「階級? よくわからないが、魔法の前では真似事に過ぎないだろう。ハハハッ!」
オレはアーマーアリゲイターの尻尾を肩に乗せて運び始めた。
するとルアンが慌てて止めに入る。
「ま、まさか町まで引きずっていくつもりですか?」
「討伐証明にもなるし非常食としてもありがたい」
「討伐証明は鱗でいいんです!」
「そうなのか? 時代は変わったな」
しかしこれほど巨大な非常食を捨て置くには惜しい。
ルアンには悪いがオレは引きずって運ぶことにした。
こいつの肉は癖がある味だが悪くないからな。
一口でも食べればルアンも引きずってでも運びたくなるだろう。
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