王の資質
「第一から第三の魔術師団、すべて配備が完了しました」
第一魔術師団の団長オーレグから報告を受けると、私は安堵してしまった。
国王でありながら最前線に立ち、私はたったそれだけのことで安堵しているのだ。
ゼシルからの情報で近いうちに奴らが攻めてくることがわかっていた。
そのおかげで王都前にここまで部隊を展開できたのは幸運と言える。
本来であれば国王として玉座に座り、戦う者達の無事を祈りながら吉報を待つのだろう。
私がそうしなかったのは極めて個人的な理由でしかない。
父である前王クリバトフにマナエストという組織を結成させてしまったのはすべて私の責任だ。
十二年前、私はクリバトフの圧政を見かねて不正の証拠を徹底的に洗い出した。
思えばとんでもなく無茶をしたものだ。
当時の王宮内は国王派が多数であり、私への協力者などほとんどいなかった。
それでも私は諦めなかった。
地道に伝手に伝手を辿り、長い時間をかけて調べるうちにわずかな反国王派を見つけ出すことができたのだ。
わずかな証拠が新たな証拠を呼び、やがて国王の不正に加担する者達の存在が浮かび上がる。
当時はまだ幼かったリエールには寂しい思いをさせてしまっただろう。
育児を教育係に任せっきりにしせいで、私が顔を出すと泣かれてしまったこともあった。
そんなリエールが今は私を父と呼んでくれる。
亡くなった母親に似て賢い子でよかったと今でも思う。
それから三年間、水面下で活動を続けたおかげでやがて国王派と反国王派の勢力図が塗り替わる。
私はいよいよ奴が居座る王の間ですべてを突きつけた。
国民感情が高まったことも後押しして、それからは瞬く間にことが進んだ。
クリバトフ達は当初、処刑するつもりだった。
思えばあの時が運命の分岐点だったか。
あんな男でも父であり、私は考えを改めてしまった。
結果、クリバトフを無期限の投獄とした。
残った反国王派の貴族達は牢の中で自死や病死など、あらゆる最悪の末路を辿っている。
しかしクリバトフだけは十二年間、暗い地下牢の中でしぶとく生き続けてきた。
その結果が目の前に広がる光景だ。
父は牢の中で弱ってなどいなかった。
魔力を抑制する牢の中だろうと、密かに力を蓄えていたのだ。
十二年間、尚も成長を続けていた。
老齢だというのになんという生命力と向上心だ。
私はあの男の執念を侮っていた。
「陛下、あれが前王のクリバトフですか?」
「……老けたはずだがまったく変わらんな」
当時幼かったリエールは奴の顔をよく覚えていないのだろう。
今、クリバトフは大勢のはぐれ魔術師を従えて我が軍の前に立ちはだかっている。
更に控えるのは数十体はいるであろう魔動機だ。
あれほどの戦力を蓄える猶予を与えてしまったのも私の失態だろう。
皺だらけの顔にざんばら髪の白髪、はぐれ魔術師に抱えさせた移動式玉座に座って肘をついている。
クリバトフは真っ先に先陣を切る私を見つけたらしく、口角を釣り上げた。
「愚息、久しぶりだな。ワシのために玉座を温めてくれて感謝する」
「父上……いや、クリバトフ。このような真似をするほど玉座が恋しいか」
「ワシは盗られたものを取り返そうとしているに過ぎん。ネズミのように嗅ぎまわって汚い手段で王位を奪った大罪人はお前だ、クレルフ」
「お前の圧政でどれだけの人間の血と涙が流されたと思っている。魔力が少ない者はろくに職にありつけず、食うものにさえ困っていた」
クリバトフは私の言葉を嘲るようにケタケタと笑った。
あの時、情けをかけなければこうはならなかった。
クリバトフに乗せられて王国に反旗を翻す人間もいなかった。
「で、お前はそんなゴミどもを救えたのか?」
「すべてではない……」
「ワシはこの通り、救ったぞ。魔力と才能に満ち溢れながらもお前に導かれなかった者達がここにいる。お前が、いや。お前達がはぐれ魔術師などと蔑んだ者達が、だ。で、お前はどうなんだ? んん? ん?」
「詭弁を囀るなッ! お前は昔から自分のことしか考えていない!」
私はたまらず叫ぶ。
あの男は一瞬たりとも自分が王であることを疑ったことなどない。
だから今もこうして王国そのものを滅ぼそうとしている。
「今、そこにいる魔術師達は目を覚ませ! その男はお前達を導いてなどいない! お前達はやがて選別されて、魔力が低いと判断されてしまえば殺されるだろう! 私が幼い頃に見たあの時のようにな!」
「おぉー、よくそんな細かいことを覚えていたものだ」
「細かいことだと……?」
「ゴミを処分した日などいちいち覚えとらんわ」
やはりこの男にとって自分以外の人間など人間ですらない。
父親だからといって情けをかけた自分という人間を恥じよう。
「貴様にこの国の大地を踏む資格などないッ! 全軍! 反乱軍マナエストを攻撃しろ!」
「踏んでおらんわ。今もこうして座っておるだろうに……仕方ない。お前ら、やれ」
こうして両軍が激突した。
敵戦力のはぐれ魔術師だけを見れば我々に分があるが、問題はあの魔動機だ。
詠唱無しで熱線や光線、雷などを放つ上に装甲にはおそらく耐魔法効果がある魔鉱石が使われているのだろう。
あんなものを量産する時間と設備を与えてしまったのは私だ。
両手に魔力を込めてマナエストの部隊に向けた。
「フレアッ!」
超圧縮した高温度の火球がマナエストの魔術師部隊の周囲に出現して一気に爆発する。
フレアにより複数人のはぐれ魔術師が蒸発するようにして焼けた。
見た限りでは魔力的に全員がせいぜい第二階級に到達したといったところか。
クリバトフの性格からして彼らを魔術師として認めるはずがない。
つまり彼らも利用されているにすぎないのだ。
「おぉー! さすが我が愚息! 腐っても王族よな! こりゃ降参かぁ!」
「今更、詫びを入れたところで遅い!」
「しかしあの魔動機どもはどうする?」
クリバトフが歯茎を見せて笑う。
あれの中に何が入っているかはゼシルがすべて話した。
第四魔術師団は魔動機に魔力を吸い上げられて暴走している。
あの魔動機はそれを力として、搭乗者の理性を飛ばすのだ。
破壊衝動が抑えきれずに思いのままに暴れて、魔力が尽きた後は搭乗者も果てる。
考えれば考えるほど反吐が出るというもの。
「その様子だと気づいているようじゃな! そう! あれには王国の魔術師団を使っておる! しっかし今の魔術師団はワシがいた頃とは比較にならんほど弱いな!」
「黙れ! お前がいた頃よりも彼らは多くの命を救っている! 魔力でしか計れない元愚王にはわからんだろうがな!」
「そうまで言うならお前は何が救える! あの魔動機はどうする! 手下の魔術師を殺すかぁ!?」
「ぐ……!」
皆、あの魔動機に苦戦していた。
中に第四魔術師団が乗っているかもしれないという情報は予め共有している。
今回の大決戦とやらにおいて、魔動機から彼らを助ける方針で作戦を固めていたのだがあれは強い。
あれに使われている魔鉱石は過去に第三階級までの魔法に耐えた実績がある。
となれば団長クラスが適任だが、何せ敵の数が多い上に奴らの中には手強いのが何人もいた。
敵は魔動機だけではないのだ。
それに加えて広範囲の魔法を使えば、魔動機も巻き込んでしまう。
こうなればソマリを向かわせるしかないな。
彼女の魔法ならば造作もないはずだ。
しかしその瞬間にあちらにいる青髪の魔術師と炎をまとったオレンジ髪の魔術師、そしてクリバトフが攻めてくるだろう。
ソマリが欠けた親衛隊とリエール、私では奴らを抑え込むのは難しい。
かといって私達がここを動けば、後ろにある王都まで一気に突破されてしまう。
「なぁ! お前達! あの愚息の顔を見ろ! どうする、どーするって顔じゃぞ! 昔から困るとあんな顔をするのだ! イド! バシュバリオム! 皆ぁ! 笑え! せぇーーーーだいにぃ! 笑えぇ!」
「プッ……フハハハハハハッ! なんという愚王! やはり王に相応しいのはクリバトフ様のみ!」
「ヒャーーーヒャヒャヒャヒャ! おいおいおぉーーーい! あのジジイ、マジで無様じゃねえか!」
敵勢力のけたたましい笑い声を聞くしかなかった。
完全に何一つ反論の余地がない。
王として決断しなければいけない時なのだ。
そういう意味では何の迷いもないクリバトフのほうが上手だろう。
奴はこれを見越して今回の大決戦に挑んだのだ。
私の性格をよく知っているだけはある。
このままではいけないのはわかっているが決断ができずにいた。
クリバトフの手下が言うように、私に王の資格などないのかもしれない。
「さぁ、あの情けない国王ごっこをしているカス含めて一掃しろ! 今日が神聖マナエスト国の開国日となる!」
「はい、クリバトフ様。私はあの国王の傍らにいるあの女達を……あちらは王女かな? なかなか美しい……殺すのが惜しいが仕方ない」
「おいおいおぉーい! イド、俺様が目をつけてたってのに横取りかよぉ! ま、俺様は大人だからな! 団長どもで我慢してやるよ!」
奴らが動き出す。
こうなれば魔動機からの魔術師救出を諦めるしかないか?
いずれにせよ国王として、人として奴らと戦わねば。
「決戦級っての、一度戦ってみたかったんだがなぁ!」
「決戦級など下らん! 恵まれた環境下で適切な教育を受けて甘やかされただけの魔術師だ! 素質でいえば私が上なのだ!」
「おいおぉい、イドちゃんはホント貴族様嫌いだなぁ。元貴族のくせによぉ……おっと」
奴らが迫ってくる。
一人は炎の魔術師、もう一人が水の魔術師か。
イドという男は元貴族のようだが、私の記憶にはない。
どんな事情が奴らがあろうが、私が彼らを導いてやれなかったのは事実だ。
彼らの存在は私の罪そのものと言っていいのかもしれない。
「陛下をお守りしろぉ!」
守られているばかりではない。
彼らがどんな人間だろうと、反乱軍であることには変わりない。
さぁ、かかって――
「うおっ!」
「くっ! なんだ! 何が降ってきた!」
二人の魔術師の前に、一人の少年が着地した。
着地の姿勢からゆっくりと立ち上がり、双剣を握りしめている。
「間に合ったか」
その少年は私に背を向けたまま敵を見据えている。
その後ろ姿を見た時、私はハッとなった。
文献や像でしか見たことがないが黒鉄の戦士アルドがいる。
しかし目をこするとそこにいるのはウォレスだった。
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