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町へ着いたが……

「仕上がった」


 五年間も山に籠ったおかげで命というものを実感できた。

 すべてが自給自足、魔法がないオレは何をするにも体一つで何とかしなければいけない。

 最初は体が適応できていないせいか、水を飲んだだけで何度も腹を下した。


 オレの生まれた家がいかに厳しいとはいえ、野生とは比較するまでもないだろう。

 寝ている時の安全など保証されているはずもなく、常に神経を研ぎ澄まさなければいけない。

 一秒たりとも安心できる瞬間などないのだ。


 そんな山の魔物は当時十歳のオレにとってはなかなか手強かった。

 武器がない以上、素手で戦うしかないのだが何度も苦戦を強いられる。

 まともに戦えるようになったのはつい半年前だろうか。


 これでも前世の力には程遠いが、今や山では魔物と遭遇しなくなってしまった。

 よくわからないが、少しでも前世の力に近づくためには山を下りるしかなかった。

 とはいえ、やはり武器が恋しいのも事実だ。

 かつてのオレは二つの剣を持って戦っていたな。


 双剣のアルドや黒鉄の戦士などと言われたが、これは魔法が使えないオレに対するある種の皮肉だろう。

 何せ他の魔法を使えない人間にそのような呼称などなかった。

 剣を二つも持っているのかと、誰かが蔑んでそう呼んだに違いない。

 なまじ勇者パーティに所属しているから悪目立ちしてしまったのだ。


 グレイル山を降りたオレは生まれた家がある町とは違う場所を目指していた。

 反対方向にあるのは地図によればパストの町だ。

 非常食のエンペラーボアを引きずりながら、オレは何とか町に辿りついた。


 町の入り口には二人の衛兵らしき人間が立っている。

 オレを見つけた衛兵が駆け寄ってきた。


「ま、待て! それは何だ!」

「それとは?」

「お前が引きずっているその魔物だよ! そいつはエンペラーボアだろう!」

「あぁ、これは非常食だ。オレには金がないからな。腹が減ったらこいつを食う」

「なぁ、まさかとは思うがそれはお前が仕留めたのか?」

「そうだ」


 衛兵の問いに答えると、二人は何やらヒソヒソと話している。

 金がなくてこんなものを非常食として持ち歩いているオレを蔑んでいるのだろうか?

 しかしどう思われようとも、今のオレはこうするしかない。


「お前、魔術師の等級は? まさかはぐれ魔術師ではないだろうな?」

「等級? はぐれ? 何の話だ?」

「二級のエンペラーボアを仕留めておいてそんなことも知らないのか?」

「すまない。何の話かまったく理解できない。それより町へ入れてくれないか?」


 少なくともオレの前世には存在しなかったものだ。

 それに彼らはオレを見てなぜ魔術師と思ったのか?

 こんな半裸でみすぼらしい恰好をした魔術師がいるものか?


「怪しい奴だな。少し話を聞かせてもらおうか」

「構わないが、町へ入れてもらえないのか?」

「それはお前の素性次第だ」


 ここは観念するしかないようだ。

 衛兵達に連行されそうになった時、後ろに誰かの気配があった。


「あの、そちらの方は?」

「ルアン、帰ったのか」


 振り向くとフードを深くかぶった少女が立っていた。

 杖を背負っているところからして魔術師だろうか。

 少女はオレの傍らに来て観察し始めた。


「これはエンペラーボア……。それにあなた……」

「オレが何か?」


 ルアンと呼ばれた少女はオレを射抜くように観察した。

 もしやこの少女、オレに魔力がないことを見抜いているのかもしれない。

 高位の魔術師となれば、見ただけで魔力の総量などがわかると聞いたことがある。


 それにこのルアン、控えめな態度だがどことなく不思議な雰囲気がする。

 うまく言葉にはできないが、そこの衛兵二人とは明らかに違う何かを持っていた。


「こちらの方を町へ入れていただけないでしょうか?」

「むぅ……しかしだな。あまりに得体が知れないのでは……」

「エンペラーボアを仕留めるような実力者をここで追い返すのはあまりに惜しいのでは? これに何人の魔術師が殺されましたか?」

「仕方ない。お前に免じて入れてやろう。最近がんばってるもんな。ただし何かあったら、もちろんわかっているな?」


 こうしてルアンのおかげでオレは町に入ることができた。

 ただしエンペラーボアは預かるということで没収されてしまう。

 実は食べるのを楽しみにしていただけに割とショックだった。


                * * *


 ルアンはオレと同じ十五歳で、この町で冒険者をやっているらしい。

 冒険者の等級は四級と、駆け出しとのことだ。


 オレは父親にシルフェントの名を名乗るなと言いつけられている。

 自己紹介の際にはウォレスとだけ名乗った。

 名前でバレるかと考えたが、両親は家に招いた客にオレを紹介しなかったのでおそらく認知されていないだろう。

 親元から離れて旅を始めたばかりの人間とだけ名乗った。


「ウォレスさんは旅人とのことですが、冒険者登録はしてないのですね」

「そうだな。田舎育ちなもので、ものを知らないんだ。できればその辺りも教えてほしい」

「エンペラーボアを倒すほどの方が意外ですね。わかりました。ご案内します。が、その前に服を調達しましょう」


 確かに今のオレはボロボロの服装をしている。

 長年、森の中で暮らしていたからな。


 そして前世でも存在した冒険者だが、オレが知るものとは少し違うようだ。

 まず等級制度など存在しなかった。

 更に登録制ではなく、どちらかというと旅人がふらりとギルドに立ち寄って依頼を眺める。

 そうして生活費を稼いでは次の町へ、そういった気楽さがあった。


 どうもこの時代では思ったより冒険者の格式は高そうだ。

 歩いていると正面から男がやってくる。

 見た目からして魔術師であり、刃物がついた武器の類を一つも持っていない。


「ルアン、今日もしょぼい依頼でおこづかい稼ぎかよ」

「どいてください。あなたには関係ありません」

「つれないな。ところでそっちのガキは何だ? まさか彼氏でも出来たってか?」

「違います。どいてください」


 ルアンが男を素通りしようとしたら腕を掴まれた。

 どうも性質がよくない人間のようだな。

 それにしてもあの男の握り、あまりに弱すぎる。

 掴んだところで、すぐに逃げられるだろう。

 それとも何か別の意図があるのか?


「離してください」

「だからそうツンツンするなよ。何も悪いようにはしないってよ」

「昼間から連日のようにお酒を飲んでろくに働いていないあなたに従う気はありません。更に借金まで抱えているそうですね」

「どこで聞いたんだよ。そんなもん噂だっつの。う・わ・さだって。な?」


 ルアンの表情がいよいよ険しくなる。

 オレは寒気がした。ルアンが別の何かに見えるほどだ。

 あの男、気づいてないのか?


「もう一度だけ言います。離してください」

「嫌だって言ったら? ん?」


 オレは男の腕を掴んだ。

 この状況でも男は何が起こったのか理解していないようだ。

 なんだ、この警戒心のなさは?

 それとも魔法による逆転の手があるとでもいうのか?


「おい、なんだよ。離せ、ガキ」

「お前がルアンから手を離せばオレも離す」

「クソガキが、ちょっと痛い目に……ぐあああぁぁッ!」


 オレが力を入れると男が悶えて座り込もうとする。

 オレは尚も離さず、そのまま片手で男を引き寄せてから拳を顔面に寸止めする。


「う……!?」

「ルアンから手は離したが、諦めていないようだな。そうであれば撃退させてもらうが?」

「このッ! 舐めんじゃねぇぞ!」


 男が魔法を放つ前にオレの拳を腹に入れた。

 貫通せんばかりの威力に男はついに倒れて、吐しゃ物を吐き出す。

 この至近距離ならばさすがのオレも魔法の詠唱は許さない。

 魔法が使えなくとも、この程度ならオレにもできる。


「おえぇぇ! う、い、でぇ……だ、だずけ……」

「このままオレがお前の首を踏みつければ絶命させることが可能だ。手を引くか?」

「は、はぃ、もう、勘弁、じでぇ……」

「よし、では消えろ」


 男が腹を押さえながらよろよろと退散する。

 一応、手加減はしてやったがしばらく痛みは残るだろう。

 内臓に損傷を与えたかもしれないが自業自得だ。

 敵対しておきながら隙を見せるほうが悪いのだからな。


「さ、行こう」

「あ、あの、ありがとうございます……。ところで、その。あの男が詠唱するってどうやってわかったんですか?」

「初動と所作で大体わかる。どんな攻撃であろうと、これさえわかれば対処は可能だ」

「それはどういった魔法ですか……?」

「魔法ではない。オレには魔力がないからな」


 瞬きを繰り返すルアンだが、何かおかしなことを言っただろうか?

 魔法であればオレがやったことなど造作もないはずだ。


「それより案内を頼む」

「は、はい……」


 ルアンがやや納得がいかないといった面持ちで歩く。

 どういうことかわからなかったが、おそらくあまりにお粗末すぎて言葉が出なかったのだろう。

 やはり精進あるのみだな。

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