山の神
「何が起こっている?」
俺達、オネットとガンジルはこの高台で村を襲撃したゴブリンどもを見ていたが全滅した。
それ自体はあり得ることだ。
ゴブリンの群れを全滅させるだけなら、腕の立つ魔術師なら造作もない。
だがあいつは剣で全滅させた。
回転する刃のごとくゴブリン達がまるでパンのようにスライスされていったのだ。
俺はあんな魔法を見たことがない。
「オ、オネット。あいつは何だ? 見たこともない魔法だが……」
「魔法、なのか?」
強化魔法の類か?
それにしてもあの動きは常軌を逸している。
仮に強化魔法がかかっていても回転するものか?
やばい、意味がわからない。
あんな村を滅ぼすなんて簡単だと思っていたのに。
俺としてはあんな村を滅ぼしたところで何の金にもならんと思っている。
しかしガンジルの自論では、ああいう村にこそ王都生活に疲れた金持ちが暮らして財産を蓄えている奴がいるという。
馬鹿馬鹿しい自論だが、今の俺達はあのお方へ納めるための資金繰りに難儀している。
だからあんなしょぼい村をひっくり返してでも金を集めないといけない。
世の中、金だ。
金がないから俺達はこんなことをしている。
準二級冒険者に昇級して数年が経つが、やめられない娼館通いのせいでついに金が底を尽きた。
おまけに借金までしてしまってはどうしようもない。
強盗をやらかしたところでお縄についたわけだ。
ところが牢にあのお方の使いの魔術師がやってきて、俺達を無罪として釈放すると言った。
その代わり、どんな手段を使ってでも金を集めろとか言ってきやがったがな。
断ればまた牢の中へ逆戻りだ。
更に期日までに集めないと俺達の手配書が出回るというのだから怖いもんだ。
でもいい働きをすれば俺達をあのお方の専属の魔術師にしてくれるってんだから悪い話じゃない。
準二級の稼ぎなら少し女につぎ込んだら一瞬で溶けちまう。
貴族様のような豪遊なんて夢のまた夢だ。
そう思って意気揚々と固有魔法でゴブリンを操っていたんだが――
「こ、こんなことッ! あっていいはずがない!」
「オネット、落ち着け! 俺も奴は普通じゃないと思っている!」
「だったらどうする、ガンジル! あんなクソ田舎の村すら滅ぼせずに逃げろってのか! あんな訳のわからん奴から逃げろってか!」
「俺が幼い頃、じいさんから聞いたことがあるんだ! 山には獣のような神がいるとな! あれはその類に違いない!」
獣のような神だと? 馬鹿馬鹿しい。
だったら俺の固有魔法の領分だ。
俺の固有魔法、吊糸術は知能が人間未満の生物を操ることができる。
操れる生物の数は下等であるほど増える。
大した知能がないゴブリンなら百匹以上は可能だ。
ただし長時間操ったり細かい命令を下すことはできない。
ハッキリ言ってやりようによっては二級以上の魔術師すら圧倒できる。
それどころか過去には一級相当のはぐれ魔術師をやったことがあるからな。
実績は十分だってのにあの冒険者ギルドの二級昇級試験で落ちてしまった。
本当にあの冒険者ギルドってやつは腐っている。
それ以来、俺は準二級のまま過ごしていた。
「こ、こっちに来るぞ! オネット! 俺は逃げる!」
ガンジルがそう言った直後、そいつと目が合った。
逃げろ。本能がそう言っている。
しかし金縛りになったかのように体が硬直して動かない。
そしてそいつが恐ろしい速さで走ってきたと思ったらこの高台に着地した。
実際に目の当たりにしたそいつは十代半ばといった少年で、幼さを残しつつもどこか獣のような獰猛さが感じられる。
魔術師には見えないどころか、このご時世に剣だ。
その得体のしれない事実が俺を更に恐怖へと追い込む。
「こうして待っていれば姿を現わすと思っていた」
「は? い、いや、お前から走って近づいてきた、よな?」
普通に逃げようとしたんだが、こいつは何を言っている?
そこへこいつが飛びかからんばかりにやってきただけだ。
「オレは囮だ。お前達はまんまと引っかかったということになるな」
「お、囮って……別にお前だけを狙ったわけじゃ……ていうか向かって来たら囮って言わないだろう」
「オレの役目はお前達を引きずり出すことだ。オレに魔力がないと踏んだ上での攻撃なのだろうが勇み足だったな」
「ダメだ、こいつまったく話を聞いてない!」
剣を構えてやる気だ。
まずい。俺の吊糸術は操れる対象がいないと意味がない。
それ以外は第一階級程度の魔法しか使えなかった。
いや、落ち着け。
山の神だか知らないが、こいつは魔法を使えない。
古くから存在する神だけあってその辺りは時代遅れみたいだな。
そう考えると途端に勇気が湧いてきた。
「お前が神だろうと今は魔法時代だ! お前が恐れられた時代はもうどこにもない! アイシクルランスッ!」
数本の氷の槍が山の神へと突き刺さる、はずだった。
「もしかしてまだ油断しているのか?」
「ア、アイシクルランスが、当たらな、いや、折られて……」
目には見えなかったが、折られたアイシクルランスが地面に落ちている。
双剣を構えたポーズからして迎撃したのは間違いない。
なんだ、これは?
こいつ、やっぱり魔法を使うんじゃないか?
「オネット! どけ! 俺がやる! はぁぁぁぁッ!」
そうだ、ガンジルの固有魔法は地鎧術。
大地の鎧を身にまとい、その姿はゴーレムのようになる。
更に身体能力は数倍にまで引き上げられて、これで二級の魔物を返り討ちしたんだ。
「これは恐ろしい……! まるで巨人ではないか!」
「クククッ! 怖気づいたか! 山の神! 俺の地鎧術は第三階級の魔法を防いだ実績がある! その時代遅れの遺物じゃどうやっても傷一つつかんぞ!」
「クッ! これが魔法か……」
山の神が苦悶の表情を浮かべている。
どうやら魔法については無知だったようだ。
長年、山に籠っていただけに人間の進化を甘くみたな。
勝てる、これは勝てるぞ。
「死ねぇッ!」
ガンジルが拳を連打して山の神を襲った。
山の神は強化魔法でもかかっているのかと思えるほど素早い身のこなしで逃げ回る。
さすがといったところだが、逃げているだけでは勝てない。
大地をへこませるほどの威力だ。当たれば無事では済まない。
山の神もそれを理解しているのか、あまりに必死だ。
「どうした! 山の神! 人間の力を思い知った、か……あれ?」
ガンジルが片膝をついた。
よく見ると膝の部分の地鎧が砕けている。
「ガ、ガンジル! どうなってるんだ!」
「し、し、知るか……おわぁ!」
今度はもう片方の膝部分の地鎧が砕かれて、ガンジルが前のめりに倒れてしまった。
それから間もなくして剥き出しになった膝から血が噴き出す。
「ギャアアァァーーーーーーーッ!」
「よかった。この膝部分なら俺にも叩けたようだ」
山の神が倒れたガンジルの横に立っていた。
俺には何が起こったのかまるで理解できない。
そもそも何も見えない。
魔法ですらない何かの攻撃としか思えなかった。
思えばゴブリン達も次々と斬り裂かれていったはずだ。
そして一分と経たないうちに出来上がったゴブリンの死体の山。
俺はまた恐怖がこみあげてきた。
喉がカラカラで声すら出ない。
地鎧術を維持できずに元の姿に戻ったガンジルを山の神が双剣を持ったまま見下ろしていた。
「あの大地の鎧は膝がやや薄かったようだ」
「ひっ……!」
その姿が日に照らされた時、俺は見てしまう。
あの双剣が牙となり、まるで魔獣が大口を開いているかのようなシルエットだ。
これで俺は確信した。
あれは山の神が人の姿をして俺達の前に現れただけだ。
あの双剣は実は牙で、今まさにガンジルを食わんとしている。
「うわあぁーーーーーー!」
俺は腹の底から声を出しながら逃げ出していた。
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