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オレに教えることはない

「ク、クータ。その、どういうこと?」


 ルアンの疑問は当然だ。

 こうなればルアンも師匠としての立場がないだろう。

 オレとしてもルアンの顔を潰すわけにはいかない。

 クータが何を血迷ったかわからないが、断固として断るべきだ。


「クータ、悪いがそれはできない。オレは他人に何か教えられるような人間ではない」

「そんなことない! ウォレスさんはオレみたいな魔法の才能がない奴の希望だよ! オレもウォレスさんのように強くなりたい!」

「そう決めつけるな。まずお前は誰に教わっていた。その師匠に尻を向けて何を言っている」

「あ……」


 クータは賢い。

 オレが言ったことをすぐに理解してルアンに頭を下げた。


「ルアンさん、ごめん……。オレ、魔法はちょっと難しくて……。あんなに熱心に教えてくれて嬉しかった」

「クータ、いいの。あなたは自分を見つめ直した。だから前へ進めるだけの強さがある。それは立派なことだよ」

「ルアンさん……」

「私自身の指導に未熟な点があったし、いい反省ができたわ。クータ、あなたのおかげだよ」

「うっ、うっ……」


 クータが大粒の涙をこぼした。

 ルアンの言う通り、クータが己の弱さを理解できたのは大きな一歩だ。

 オレ程度がわかっていることをルアンがわからないはずがない。


 どうやらオレが言うまでもなかったかもしれん。

 しかしだからといってオレがクータの師匠などできるはずもない。


「クータ、オレがお前に教えられることなどない。オレがやっていることなど、誰にでもできることだからな」

「え? えっ?」

「魔力がないならば己の精神と肉体を鍛え上げる。ただそれだけだ。だがその程度で身につけられる強さなど知れている。魔法には到底及ばない」

「えぇ?」


 クータには難しかったようだ。

 どうしても納得できないというのであれば、オレを見てもらうしかないな。

 まずは早朝、自重トレーニング千回。各食後の運動と合わせれば数千回に及ぶ。

 その後の休息も大切なので、たっぷりと睡眠をとる。

 こうすることで肉体は鍛えられるのだ。


                * * *


「じゅう、ご、じゅう、ろく……」

「998、999、1000……よし、早朝のトレーニングは終わりだ」


 クータはオレにつきっきりで学ぶようだ。

 オレの真似をして自重トレーニングを行っているようだが、すでに限界のようだな。

 三十を目前にして力尽きていた。


「ハァッ! ハァッ! もう、ダメ、だ……ハァ、ハァ……」

「何事も一歩からだ。そこでへこたれているようでは到底魔法に及ぶことはない」

「いや、ゴブリンの群れを剣だけで倒すなんて誰にでもできることじゃ……」

「何を言う。魔法ならば造作もなく片付く。むしろあれは恥とするべきだ」


 クータは畑を耕すような、いわゆる生活魔法は板についているようだが攻撃魔法となると事情が変わる。

 ルアンによれば基礎から作り変えなければいけないので、クータも苦戦した。

 それに比べてこちらは魔法と比べてなんと緩いことか。


 未だへばって起き上がれないクータがオレを見上げている。

 初めてのトレーニングとはいえ、己の限界に挑戦したことについては褒めるべきだな。


「クータ、よくやった」

「え、何が?」

「では朝食にしよう」

「だから何が!」


 朝食はルアンと一緒にとることになっている。

 オレは彼女よりも早起きして調理にとりかかった。

 そうこうしているいちにルアンが目をこすって空き家の二階から下りてくる。


「ウォレスさん、おはようございます。朝食は私が作ると言っているのに……」

「教わっている立場でそんなことをさせられるわけがない」

「でもウォレスさん、料理がうまいから楽しみです。どこで教わったんですか?」

「昔、雑用としてとあるパーティに同行していたことがあってな。戦う皆のために腕を振るったものさ」


 勇者達は常に命をかけて戦っている。

 オレが彼らの肉体作りに少しでも協力できるように日々試行錯誤を重ねたものだ。

 そのおかげ、と言ってはいけないな。

 勇者達は無事、魔王討伐に成功した。


「わっ! 本当においしい!」

「でしょう? ウォレスさんと結婚する方は幸せでしょうね」

「え? それってルアンさんじゃふがっふ!」

「ク、クータ! 食事は静かにいただきましょう!」


 ルアンがなぜか珍しく慌てているな。

 クータの口を塞いでは食事がままならないだろう。

 それよりも結婚か。考えたこともなかったな。


 恋愛や色恋といったものは魔法以上に理解できない。

 オレが結婚に至るにはどうすればよいのか?

 こればかりはただ肉体を鍛えていればいいというわけでもないらしい。


 そうなると、やはり人を惹きつける何がが必要となるのかもな。

 今のオレにそんなものがあるとは思えない。

 人と人が共に過ごすというのは、並大抵のことではないのかもしれない。

 それはそうと今日の卵スープは少し味が濃かったか。


「ルアン、これからどうする?」

「引き続き村の警備に当たりましょう。ウォレスさんは塀の完成を急いでください」

「それはいいが……」

「何か?」


 オレの拙い知識が正しければ、昨日のゴブリンはどうも不可解だ。

 ゴブリンがあれほどのまとまりをもって攻めてくるなどあっただろうか?

 塀が未完成な部分にあれほどの数が集中するなどあるだろうか?

 こんな時、勇者や皆がいてくれたらすぐに答えを出すのだが。


「ルアン、塀の製作は村の皆に任せる。すでに資材は集めてあるから彼らだけで何とかなるはずだ」

「えぇ、ウォレスさんはどうするのですか?」

「少し気になることがある。悪いが単独での行動を許可してくれ」

「理由を教えてくれませんか?」

「オレの勘が正しければゴブリンを操っている奴がいる」


 オレの言葉を聞いてルアンが絶句した。

 当然だろう。あまりに荒唐無稽な話だからな。

 しかし勇者達と旅をしていた時に魔法で魔物を操る者がいたのだ。


 正確に操るには目が届く場所でなくてはならず、そうでなければ単純な命令にしかできない。

 昨日の襲撃は見事に塀が完成していない部分にゴブリンがあまりに集中していた。

 オレの取り越し苦労であればいいのだが。


「そんな! いったいどこに!?」

「そいつはオレ達をどこからか見ているはずだ。それも見晴らしがいい場所でな」

「魔物を操る魔法……。精神干渉と操作ですか。だとすればかなりの手練れです」

「オレ達二人で動くと気づかれる可能性がある。そこで魔力がないオレが一人になれば、奴らも油断して狙ってくるだろう」

「え、えぇ? そう、ですね。そうなのかな……」


 弱いオレに任せることに不安があるのはわかる。

 しかし奴らの尻尾を掴むにはこれしかないだろう。

 ルアンではあまりに強すぎて目立つ。


 片や剣で戦っている魔力なしが一人となれば、人質としての利用価値が出てくる。

 やってみる価値はあるだろう。

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