鍛錬、そして独り立ち
ここはオレの前世から三百年後の世界らしい。
今のオレは五歳で兄のゼシルが八歳だ。
兄のゼシルは魔術師としてなかなか優秀のようで、難関魔法学園への入学を期待されているらしい。
本来は入学試験があるらしいが、ゼシルはパスできる。
魔法学園は貴族のために作られたらしいから、そういうことなんだろう。
そんなゼシルは家族からはかなり評価されているようで、誕生日には繋がりのある貴族達から豪華なプレゼントを貰っている。
オレはというと兄を投石で攻撃した日から食事はだいぶ質素だ。
ややエネルギー不足といったところだが、泣き言を言っていられない。
オレが落ちこぼれなのは事実だから、皆が冷たいのは当然と受け入れている。
小さい体ながらオレは体を鍛え始めた。
だが食事が満足に取れない以上、無理はできない。
やれる範囲で鍛えつつ、前世の勘を取り戻そうとした。
「よう、ヘボ弟! 特訓をしてやる!」
「あぁ、わかった」
あれからゼシルはずっとオレに訓練を持ちかけてくる。
魔法が使えないオレに特訓など、とは思うがこれも兄の優しさなのだろう。
オレのような落ちこぼれが甘やかされてはこの世界で到底生きられない。
兄との訓練は実に有意義だった。
ファイアボールの精度がぐんぐん上がっているのがわかる。
だがオレも負けていられず応戦した。
「隙ありだ」
「がふっ!」
ファイアボールを回避して懐に潜り込んで拳を顔面に当てた。
転げまわった兄は大声で両親を呼んで、オレは一晩中暗い倉庫の中で過ごすことになる。
もちろん食事などない。
投石が禁止だというから拳を使ったのだが、まずかったか?
さすがに食事がないのは問題なので、オレは夜中に屋敷内を歩いた。
キッチンに向かって食料を漁って口に入れる。
前世でやっていた気配の立ち方や足運びを思い出せてよかった。
落ちこぼれたるもの、自分で食べるものは自分で用意しろということか。
魔術師の名家だけあって厳しさはなかなかのものだ。
オレはこうして栄養をつけつつ、更に鍛錬に励んだ。
ゼシルはいつの日からか、オレの相手をしてくれなくなった。
その代わりに今度は父がオレの相手をしてくれるようになる。
その魔法の威力は兄とは比較にならない。
「どうした! 落ちこぼれだから、この程度の魔法も防げぬか! ワハハハハッ!」
「くっ……!」
父の魔法は威力だけでなくコントロールもしっかりしていた。
落ちこぼれのオレの動きでは到底回避しきれない。
痛めつけられるたびにオレは魔法への憧れを加速させた。
オレにも魔法が使えれば、前世を含めて何度そう思ったことか。
だがないものねだりをしたところでしょうがない。
訓練に耐える日々を送った。
それから更に数年後。
「バ、バカな……なぜ当たらん……」
「父上、そろそろ手加減はなしでお願いしたい」
「な、な、何を、言う!」
「オレも次の段階へと進みたいのでな。父上もそれを望むところだろう?」
オレの望み通り、父上からの攻撃は更に苛烈になった。
その度にオレは死にかけたが、決して挫けずに魔法をよく見る。
初動や軌道を見切り、父上の懐に潜り込むまで一年以上かかってしまう。
「父上、今のが本気というわけでもないでしょう」
「こ、こんなことが、ありえない……」
父上はオレの成長にかなり驚いているようだ。
膝をついて震えるほど喜んでもらえているのだろうか?
父上の魔法を見ているうちに、オレはこの時代についてわかったことがある。
前世よりも確実に魔法は洗練されている。
この世界の人間はオレが思っている以上に、魔法に適応しているのかもしれない。
そう考えればゼシルが幼いながらにファイアボールを使えたのも納得できる。
三百年が経過するうちに人々は魔法に慣れ親しんだのだ。
というより生活そのものが魔法中心になっているといっていい。
例えばキッチンには包丁がない。
食材は包丁を使わずに魔法で下処理するのだ。
一度、こっそりと専属の料理長が調理しているところを見たことがある。
その時は両手で風の刃を作りだして、野菜をカットしていた。
なるほど、これでは家族がオレに厳しく当たるのも当然だ。
料理人で例えるならば包丁すら使えないようなものだからな。
だからこそオレは鍛錬を怠らなかった。
そんなオレを使用人含めてほぼ全員が奇異な目で見るが関係ない。
どうやらこの世界では肉体を鍛えるという発想がないようだ。
だからオレがやっていることもおそらく理解できていない。
そんな日々の中、一人だけやや違った人物がいた。
「坊ちゃん。私は何も知らぬ振りをします」
料理長はオレが食材を食べていたことを知っていたようだ。
彼は家族と違ってオレに優しい。
だがこれに甘えてはいけない。
十歳になる頃には肉体もなかなか出来上がってきた。
だが少し物足りなさを感じていたのも事実だ。
父上はオレが実の息子ということで本気を出せないようだった。
そうでなければオレがあそこまで戦えるはずがない。
だから父上との訓練では死が迫るというものを実感できない。
そう、次の段階でオレは命の取り合いというものを思い出す必要がある。
厳しい家庭であることは承知しているが、オレは思い切って伝えることにした。
「しばらく森の中で生きる。オレなりに強さを磨きたい」
「森だと!? フン! 好きにしろ! 厄介者がいなくなってせいせいする!」
「感謝する」
「ただし今後シルフェントを名乗ることは許さん! 二度と戻って来るなよ!」
なるほど、これで事実上の独立というわけか。
兄と違ってなかなかシビアだ。
今思えば勇者のエイシスは本当に優しかった。
辺境の村でくすぶっていた魔法一つ使えないオレを魔王討伐の旅に誘ってくれたのだからな。
戦いにおいても常に生傷が絶えず、仲間の治癒師にだいぶ迷惑をかけてしまった。
そんなオレを甘やかすなどあってはならない。
旅立つオレに料理長がわずかながらのお金と食料などを渡してくれた。
おそらく父上が許可していないことだ。
オレとしても受け取っていいものか迷ったが、これからの生活を考えて受け取ることにした。
料理長の手を握ってオレは深く感謝した。
その時、彼はかすかに涙を流していたように見えたが気のせいだろう。
オレは少ない荷物を持って屋敷を出た。
向かう先は本来はどこでもいい。
とにかく自然の中で生を実感しつつ、命の取り合いの勘を取り戻さなければいけない。
料理長から渡された地図を片手に、オレはグレイル山という場所を目指す。
そして森の中で過ごすこと五年、十五歳になったオレの体はそれなりに仕上がった。
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