ゴブリン討伐
使われなくなった枯れ井戸に到着すると、すでにゴブリン達が迫っていた。
この辺りはまだ塀が完成していない。
成人男性よりやや背が低い二足歩行の怪物ゴブリンは木で作った棍棒を手に持っている。
「ルアン、村人はすでに避難したのか?」
「はい。ウォレスさん主導で作ってくれた塀も役立っています」
そういうことならば遠慮はいらないな。
それよりもこのゴブリンの数は尋常ではない。
ゴブリン達は広がるように扇状となって展開している。
いくらなんでもこの数はおかしい。
ゴブリンがここまで大量発生した上に、まるで統率がとれているかのように攻めてきているのだ。
数匹ごとにまとまって行動することはあっても、軍隊のようにここまで群れることがあるだろうか?
周辺の山々の資源不足のせいで人里を襲うようになったか?
腑に落ちないことは多々あるが、こいつらをどうにかしよう。
「今のオレには剣がある」
双剣を強く握りしめてから、オレは一気に踏み込んで正面のゴブリン達を水平に斬った。
大量のゴブリン達の胴体が切断されて、ごとりと倒れる。
ゴブリン達は予想していなかったのか、群れの中にオレが踏み込んだというのに反撃をしてこない。
「……及第点だな」
この双剣、ギリギリ武器として役立っている。
しかし全力は出し切れないといったところだな。
これ以上本気で扱うと剣のほうがもたない。
今はせいぜいゴブリンを数匹ほど斬った程度だ。
クロとブラックならばこの倍どころではない。
この剣の持ち主は本当にこれらの剣で戦っていたのか?
「ウォレスさん!? いつの間にそんなところに!」
「ルアン、まだ君はオレを認められないと思うが手を抜かずに戦い抜く」
「いや、いやいやいや……明らかに魔法より早いし……」
「ルアンも手本を見せてくれ」
本来であればオレ一人でなんとかしなければいけない場面だ。
ただやはり未熟故に魔法という比較対象がなければ、自己評価が出来ない。
弟子の立場でこんなことを言うのは恐縮だが、オレはルアンの実力が見たかった。
「わかりました」
ルアンが快諾した後、彼女の周囲から恐ろしく冷たい風が放たれる。
ゴブリン達の動きが止まった。
いや、止まったのではない。止められたのだ。
「大氷卓」
ゴブリン達の足が凍り付いていた。
それも一匹や二匹ではない。数十匹がまとめて拘束されており、強引に動こうとした一部のゴブリン達の足首が折れる。
バキッと音を立ててあっさりと足が折れていった。
地面に落ちたゴブリン達の体もやがて氷漬けになって、まるで雪山で凍死したかのような有様となる。
「ギ、ギギーーーー!」
「逃げても無駄です。氷河時代」
背を向けたゴブリン達にルアンから放たれた猛吹雪が襲う。
叫び声を上げる間もなくゴブリン達があっという間に凍り付いた。
すごいという言葉すら生ぬるい。
オレの語彙ではまったくもって賞賛の言葉が思い浮かばなかった。
ルアンの魔法は恐ろしく練り上げられており、そして極めて優しい。
冷気によって一瞬で体温を奪われて苦しむ間もなく逝く。
それはルアンという少女の優しさと王女リエールとしての冷酷さ、二面性を併せ持つということだろう。
やろうと思えば彼女に絡んできた男やグルボー組も同じ方法で殺害できた。
つまりオレの助けなど最初から必要なかったのだ。
ルアンの魔法は殺害方法として見ても剣とはまるで違う。
ダメだ。これでは比較どころではない。
どうしてオレは比較しようなどと考えた?
こうなることはわかっていたはずだ。
まるで次元が違う。これが魔法だ。
「どうですか、ウォレスさ……」
「オォォーーーーーーッ!」
「ひっ!?」
オレは雄叫びを上げて己を奮い立たせた。
落ち込んでいる暇はないな。
ルアンがたった一人で三分の一ほど仕留めようが、オレにやれることが増えるわけではない。
奮い立て、ウォレス。
お前の剣は魔法には到底及ばない。それは事実だ。
剣を握れ、ウォレス。そして駆けろ。
「ウォレス流奥義……一閃双超!」
オレは双剣を振るったまま回転してゴブリン達の群れに突撃した。
二つの剣が遠心力によってすさまじい回転刃となり、その威力は通常時の数倍だ。
今のオレは疑似的に竜巻を引き起こしている。
これは風魔法の竜巻を見てヒントを得た剣技だ。
もちろん魔法の真似事に過ぎないし、村の外にある森の木々まで片っ端から切断してしまう。
大木が斬り倒されてゴブリン達が下敷きとなり、地面が刃によって削られる。
「ウォ、ウォレス、さぁん! 森が、森がぁぁーーー!」
更に縦回転も可能としており、地面を滑走するかのように敵を追い詰められる。
遠くまで逃げたと思っていたらしいゴブリンが振り返ると同時に真っ二つになった。
その際に奥にあった巨岩も巻き込んでしまう。
剣にやや亀裂が入っているが仕方ない。
村人の命がかかっているのだからな。
引き続き援軍と思われるゴブリン達がやってくる。
あの数は百匹どころではないな。が、しかし。
「オレの前に立ちふさがるならばッ!」
オレは更に回転力を高めた。
ゴブリン達は散ってオレを全方位から攻撃するが、回転刃によって骸と化していく。
頭だろうが肩だろうが、あらゆる箇所を切断されたゴブリン達は一瞬で絶命する。
すべてが済んだ時にはおおよそ百匹以上のゴブリンの死体が広がっていた。
「こんなにいたのか……」
「ウォレスさん、あの、終わりました?」
「ルアン、見苦しいところを見せてしまったな」
「どこがですか! もう災害じゃないですか!」
災害か。確かにこの有様はあまりに品がないと言える。
とても人の所業とは思えない。
確かに今のは魔法の真似事に過ぎない。
魔法のように上品で綺麗に決着をつけることなど、やはり今のオレには不可能だ。
「どう見ても私の魔法より強いですよ! 何が師匠ですか!」
「何を言う。魔法よりも精度が低い上にこの有様を見てくれ。それにまるで獣が暴れたような跡だ。その点ルアンの魔法はまさに瞬殺、あのような鮮やかな殺し方はオレには不可能だ」
「鮮やかな殺し方って……」
またしても失言だったか。
ルアンはオレを褒めてくれているようだが、これも実は修行の一環だと思っている。
要はここで浮かれて歩みを止めてしまうかどうか、ルアンはオレを試したのだ。
しかしさすがのオレもそんなものはお見通しだ。
一閃双超などと名前負けしているものが本物の魔法に及ぶはずがない。
「ゴブリン達の襲撃は凌いだな。村人達に……ん? あれはクータか?」
「え? あ! クータ君!」
陰からこっそり見ていたクータが出てきた。
何も起こらなかったからよかったものの、もしゴブリンの一匹にでも見つかっていたら大変だ。
「こんなところにいたら危ないだろう」
「ごめんなさい。でもオレ、どうしても魔術師様の戦いが見たくて……」
「気持ちはわかるが、そういうものはルアンにちゃんと確認をとるようにな」
「ウォレスさん……」
意外にもクータが見たのはオレだ。
まさかさっきの戦いぶりを見て、クータまで苦言を呈するのか?
だとすればオレは子ども一人を安心させることすらできないということになる。
しかし仮にそうだとしても、現実は受け入れねばなるまい。
「なんだ? 言ってみろ」
「その……オレを鍛えてほしいんだ!」
はて、さっきの戦いでオレは耳にダメージでも受けただろうか?
自覚している限りではそんなことはないはずだ。
クータはどういう訳か、オレに頭を下げてお願いしている。
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