魔法コンプレックス
「お前達がオレ達を集団で襲った。そうだよな?」
「は、はい! その通りです!」
私、ルアンは未だに自分が見たものが信じられなかった。
たった一人の少年が、この町を我が物顔で歩いていたグルボー組を壊滅させてしまった。
グルボー組は全員が町の治療院送りになって、半数以上が回復魔法をもってしても後遺症が残る。
一般的な回復魔法のイメージはどんな傷でも治してしまうものだけど、実際はそうじゃない。
使い手によるけど、致死に近い怪我だったり深いダメージであれば完全に治療するのは難しかった。
私も多少は心得ているけど、グルボー組が受けたダメージを完全に治すのは多分無理だ。
そんなグルボー組は治療院のベッドで寝ながら、衛兵達の前で自らの罪を自白していた。
傍らに立つ少年ウォレスさんに対して震えていて、まるで別人みたいだ。
これが町のどの冒険者も避けて通るグルボー組なの?
グルボーはあんなことを言っていたけど等級は三級、決して弱くない。
それなりに修羅場もくぐっているし、大体の魔物に怖気づくことなんてないはずだ。
そのグルボーがガタガタと震えて、ウォレスから離れるようにしてベッドの隅に寄っている。
衛兵達がこの状況を信じられないのも当然だ。
衛兵すら恐れなかったグルボーが今は子どもみたいに震えているんだから。
「グルボー、お前達は怪我が治り次第連行する。追って冒険者ギルドから冒険者資格剥奪の通達があるだろう」
「裁判でも何でもする! そいつをどこかへ連れていってくれ! 怖いよぉ!」
「こっちのウォレスのことか?」
「そ、そそそ、そいつは獣だ! 人間じゃない!」
正直、私もウォレスさんの戦いを見て怖いと思った。
それは強さだけじゃなくて、もっと本能的なところだ。
人は原始の時代には武器を使って狩りをしていた。
恐ろしい獣に対抗するために魔法なんてない時代から戦っていた。
そんな人達の子孫である私達の中に眠っている原始の記憶が刺激されたんだ。
原始的な戦いで圧倒してくるウォレスさんという存在に本能が恐れた。
膨大な魔力、高威力の魔法を恐れる感情とはまた違う。
シンプル故に抵抗できない圧倒的暴力というものに対する恐れは誰しも持っているんだろうな。
グルボー達もバカじゃない。
戦いに備えてグルボー達は強化魔法で身体能力を強化していた。
ウォレスさんが攻撃しても問題ないように構えていたはずだ。
それでも尚、グルボー達は負けた。
魔法でもない圧倒的な力をもって蹂躙された。
過去にこんな話がある。
昔、王国の魔術師団がとある魔獣討伐に当たっていた時のことだ。
国内のはぐれ魔術師や魔物相手に一切ダメージを受けることなく駆逐してきた彼らは当時、国内で英雄扱いだった。
颯爽と凱旋する姿に人々が熱狂して、子ども達の憧れとなる。
とある魔獣討伐に当たるまで、彼らは英雄だった。
魔法が通じず、目の前で次々と仲間達が爪や牙で殺されていく光景を目の当たりにした生き残りはこう語っている。
本当に恐ろしいのは魔法なんかじゃない。抗いようがない圧倒的暴力だ、と。
獣呼ばわりされたウォレスさんが何かを考えるように胸に手を当てていた。
「獣、か。確かにそうかもしれないな。オレは不器用だから他の戦い方を知らない」
「あっ! あー! 言いすぎました! 獣ではありません! あなた様は獣じゃなんです! 助けてください!」
「いや、遠慮する必要はない。そう言われても仕方のない戦い方だったからな」
「違うんですってぇーーーー!」
なんだかお互いの認識のずれを感じる。
グルボーは下がりすぎてベッドから落ちているし、他の魔術師達も悲鳴を上げていた。
「グルボー、てめぇ! ウォレスさんに謝れ!」
「お前なんかについていったのが間違いだった!」
「ウォレスさん! オレ、あなたに従います!」
もう見るも無残、コメントが思い浮かばないくらいひどい。
こんな惨状だなんて知ったら、あの方はどう思うだろう?
なんて報告すればいいのだろう?
これにもっとも落ち込んでいるのはウォレスさんに見える。
この世界に生まれ落ちて魔力がないというのは、想像以上につらいだろうな。
周りと違うことによる苦しみ、それは私なんかが共有できるものじゃない。
ウォレスさんは自分の素性を詳しく話そうとしない。
私もあえて言及を避けている。
言いたくないことなんて山ほどあるだろうから。
「黙れッ!」
ウォレスさんが腹の底から声を出した。
病室内に響いて、ものが揺れる。
耳が貫かれるかと思った。
「どんな理由があれど、一度はグルボーの下についたのだろう。都合が悪くなったら鞍替えするような奴はいずれ誰からも信用されなくなる。もちろんオレもお前達を信用しない」
誰もウォレスさんの言葉に反論できなかった。
ウォレスさんはそう言ったきり黙ってしまう。
このウォレスさんという人、とても私と同じ年齢とは思えない。
まるで年配の人間の発言みたいだ。
「ウォレス、といったかな。私はこの町で衛兵長をやっている者だ。君は魔力がないとのことだが、どのようにしてこいつらを捕らえた?」
「この肉体を使いました。魔法には到底及びませんが、オレなりに工夫をしています」
「強化魔法は……当然使えない、か。ふむ、君を衛兵隊に勧誘しよう。どんな理由があれど、君のような人材を捨て置くには惜しい」
「オ、オレを、ですか?」
予想外の発言にウォレスさんが戸惑っている。
戦いではあんなにも冷酷なのに、時々こういう様子を見せるのは少しかわいい。
ウォレスさんが衛兵隊へ所属するのは妥当だと思う。
冒険者登録ができない以上、他の場所で活躍するべきだ。
でもそうなると王都行きは先延ばしになるかもしれない。
それはそれで寂しいかな。
「大変ありがたい申し出ですが、お断りさせていただきます」
「な、なぜだ? 何か目標があるのか?」
「衛兵長が手を差し伸べているのは理解できます。しかしそれに甘えては一向に前へ進むことができないからです」
「き、君、何を言ってるのだね?」
「衛兵長、オレへの気遣いは不要です。オレはいつか衛兵長を初めとした多くの皆に認められるよう努力を惜しみません」
まさか衛兵長が気を使って勧誘していると思ってるの!?
衛兵長ともあろう方が情けで勧誘するわけない。
衛兵長はウォレスの発言を理解できず、ポリポリと頬をかいている。
「あの、ウォレスさん。衛兵長は気を使っているわけではないでしょう。あなたの強さを認めているのですよ」
「ありがとう、ルアン。魔法が使えないオレにそんな言葉を送ってくれて嬉しいよ」
「あのね……」
「衛兵長、皆さん。今回はありがとうございました。ではオレはこの辺で失礼します」
ウォレスさんがスタスタと病室を出ていってしまった。
これには衛兵長も私も何も言えない。
あのウォレスさんという人は自分の実力に気づいていない。
そして魔法に対して敬いすぎるところがある。
こんな言葉は使いたくないけど、これは重度の魔法コンプレックスだ。
(かなり重症だわ……)
それがあの強さの秘訣かもしれないと思うけど、どこかもどかしい。
私は衛兵長達に頭を下げてからウォレスさんを追った。
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