勇者パーティの戦士、魔法世界に転生する
「おのれ……我が貴様らのような矮小な存在に……敗れる、とは……」
激闘の末、オレ達は魔王を打ち倒した。
長きに渡って暗黒の時代を築き上げてきた魔王が灰となり散っていく。
勇者を初めとして、皆がようやく勝利を実感して互いを健闘し合った。
勇者パーティの戦士であるオレ、アルドはそんな仲間達を離れて眺めている。
「やったな! オレ達が勝ったんだ! アルド! お前もこっちに来いよ!」
「オレも共に喜んでいいものか……。役立てたのは荷物持ちくらいだろう」
「何を言ってるんだ。お前が矢面に立たなかったらオレ達はやられていた」
「……ありがとう。そう言ってもらえると心が軽くなる」
オレは勇者パーティの中で唯一魔法が使えない。
そんなオレを仲間に引き入れてくれた彼らにはとても感謝している。
あまつさえ戦力として役立ったかわからないというのに。
「さぁ、皆。国へ帰ろう! 世界は平和になったんだからな!」
勇者のエイシスがオレ達を率いて国へ凱旋した。
王都ではオレ達を称える盛大なパレードが開かれた。
人々はいつ以来かわからない平和を噛み締めて、飲んで騒いで踊る。
それからオレ達は国王に呼び出された。
「大義であったな。国を代表して礼を言う。勇者達よ、望みがあれば何なりと申すがよい」
これには勇者は少し考えて、魔術師と治癒師は即答した。
唯一、オレだけがなかなか答えられない。
「そなた達の願い、聞き届けた。容易いことだ。アルドよ、そなたは何を望む?」
オレはどうしたいのか?
勇者エイシスは大きな領地を貰って人々が豊かに暮らせる場所を作るという。
魔術師クシューラは莫大な資金を貰って専用の研究室を作るという。
治癒師イレイアも同様に資金を貰って大規模な治療院を作るという。
平和になっても尚、国へ貢献しようとする精神にオレは眩暈がした。
魔王討伐という偉業を成し遂げたのになんという精神だ。
何の力も持たないオレではとても目指せるものではない。
「どうした、アルド。遠慮なく申すがよい」
「オレは……」
考えた末、オレは意を決して口を開いた。
* * *
「ウォレス! 寝てんじゃねーぞ!」
幼い子どもの声でオレは目を覚ました。
起きようとすると全身に激痛が走る。
目をこすって周囲を確認するとそこは見知らぬ庭だ。
オレに怒鳴った少年が大きな屋敷を背景にして立っていた。
年齢は十にとどかないといったところか。
上品で清潔な服を着ているところからして、おそらく貴族だろう。
「ウォレス、まだ魔法の訓練は終わりじゃないぞ。とっとと立てよ」
「……すまないが君は誰だ? オレは?」
「は? なんだこいつ。いくら魔法が使えないからってそこまでバカになるかよ」
「魔法が使えない?」
この少年はオレが魔法を使えないことを知っている。
痛みを堪えて立ち上がろうとした時、妙なことに気づいた。
オレの目線が明らかに低いのだ。
もしかするとあの少年より少し下かもしれない。
「ようやく立ったか! じゃあ続きだな!」
「待て、何が何やら……」
「そぉらっ! ファイアーボール!」
「ッ……!」
驚いたことに目の前の少年は魔法を放ってきた。
オレは咄嗟に左に転がって避ける。
ファイアボールは後方にある木に命中してぷすぷすと焦がしていた。
殺傷力は大したことがないものの、当たれば無傷では済まない。
何よりあの少年はあの歳で魔法を使った。
通常、魔法適正や魔力の有無は十代でようやく判別できるようになるというのに。
「う、うまく逃げやがったな! まぐれだ、まぐれ!」
「そんなものを人に向けて放ったら危ないだろう。それに君はどうして魔法が使える?」
「なんだよ、お前! さっきから変だぞ!」
「少し時間がほしい」
オレの願いを聞き入れてくれたのか、少年は何もしてこない。
その間に状況を整理することにした。
そうすることで段々と思い出してきた。
オレはこのシルフェント家の次男であり、ついさっきまでこの兄に魔法の訓練をしてもらっていた。
シルフェント家は魔術師の名家だがオレは魔法が使えず落ちこぼれとされている。
兄の魔法を受けた時に前世の記憶がよみがえり、すべてを思い出したというわけだ。
この少年は今のオレの兄であり、名前はゼシル。
オレより三つ上の兄で、魔力と才能に恵まれている。
そんな兄を両親は目に入れても痛くないほどかわいがり、一方でオレには厳しく当たっていた。
「おい、いつまでぼーっとしてんだよ。そろそろ訓練を再開するぞ」
「あぁ、問題ない」
「急に偉そうな喋り方しやがって! 落ちこぼれのくせによ!」
ゼシルが再び攻撃姿勢を取った。
ゼシルは八歳にしてはすさまじい精度の魔法を放ってくる。
だがやはりゼシルはオレが弟ということで無意識のうちに手加減をしているようだ。
火の球が生成されるまで、火の球が放たれるまで。
その過程でオレはファイアボールの軌道が読めていた。
ゼシルはそれに気づかないのか、オレに当てる気だ。
「そぉらっ! ファイアーボール!」
オレは再び左に避けて回避した。
さっきとは違って余裕がある動きができたと思う。
そんなオレに兄は信じられないといった様子でわなわなと震えている。
「な、なんで急に当たらなくなったんだよ! クソッ!」
「ゼシル、落ち着け」
「うるせぇ! まぐれだっつってんだろぉ!」
「ううむ……」
ゼシルが無駄に魔力を消費してファイアボールを連発してくる。
この年齢にして本当に恐ろしい精度だ。
オレの前世ではこのような子どもがいるなど考えられなかった。
「はぁ……はぁ……ああぁぁーーーー! クッソォーーーーーー! クソクソクソクソッ! チクショオォーーー!」
「ゼシル、手加減はいらない。全力をぶつけてこい」
「うるせぇーー! 落ちこぼれのゴミクズのくせにぃーー!」
「こないならオレから行くぞ」
オレは落ちていた石を拾った。
ぎょっとしたゼシルだが、オレが何をするかわかったのだろう。
すぐに機嫌を直してニヤリと笑う。
「ヘ、ヘヘヘッ! まさかそれを投げるのか? 魔法が使えないからってやけっぱちだな!」
「今のオレにはこれしかない」
オレはゼシルに向けて投石した。
真っ直ぐの軌道で放たれた石がゼシルの右肩に命中する。
「い、いったぁーーーーーーい! 痛い! 痛いよぉ!」
「だから手加減は必要ないと言ったのだ」
「父上! 母上! ウォレスがぁ!」
ゼシルが叫ぶとオレの両親がやってきた。
厳格そうな壮年の男と神経質そうな中年女性だ。
二人がこの状況を見るなり、表情を険しくした。
「ウォレスがオレに石を投げたんだ! 魔法が使えないからって卑怯だぁ!」
「ウォレス! 貴様、何をしている!」
オレの話など聞かずに父親は頬を引っぱこうとした。
だがあまりに遅すぎるその平手など当たるはずもない。
オレが頭をのけぞらして避けると、また父親の顔がタコのように赤くなった。
この日からオレの夕食はクズ野菜と塩スープのみとなる。
どうやらこの家、もしくはこの世界では魔法が使えないとここまで厳しくされるようだな。
仕方ない。そんなオレでもオレなりに努力を続けていつか認めてもらおう。
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