【その2】ブラウスの布地
北川里奈は、オークションで手に入れたブラウスを手に取ると、彼女の感情は、突如、その布地の手触りに翻弄れる。
このブラウスの元の持ち主は、なぜ、このように素晴らしい布地のブラウスを手放さなければならなかったのか?
里奈の心は徐々に、ブラウスに侵食されていく。
「これが、私がずっと探していたブラウス・・・」
里奈はそのブラウスを、ビニール袋の中に入ったまま見つめていた。
彼女は、ビニール袋の中からブラウスを取り出す決心がなかなかつかないでいた。
袋の中から出してしまったら、その瞬間に、全てが終わってしまう気がしたからだ。
矛盾――。
長年、この瞬間を待ちわびていたはずなのに、それを避けようとしている。
そのブラウスの布地は、真っ白というよりもアイボリーっぽい少しくすんだオフホワイトで、紺色の細い縁取りが襟の回りに施されていた。
里奈には、そのオフホワイトが、どことなく儚さを感じた。
その儚さは、まるで、里奈の夢そのものの終わりを告げているようだった。
優柔不断は、里奈の悪い癖だった。
だったら、このブラウスを袋から出さずに、そのままクローゼトの奥にしまってしまうか?
いや、それはできない。
里奈は、意を決してビニール袋の封を開けた。
「それじゃ、ご対面といきますか」
彼女はそう独り言を言って、ビニール袋の中に右手を入れる。
指先が、ブラウスの布地に触れた瞬間、私の心臓の心拍数は跳ね上がった。
「な、なにこれ・・・」
思わず、感嘆の言葉が口をついて出た。
「これ、すごいわ・・・。普通のポリエステルの布地のはずだけど、こんな滑らかで柔らかい感触、はじめて。まるで、シルクサテンみたい」
里奈は、畳まれたままビニールから出したブラウスを両手に乗せ、少しの間見つめた。
その時、彼女の脳裏に一つの疑問が浮かんだ。
「このブラウスの出品者、なんでこんなに素敵なブラウス、手放しちゃうんだろう?」
里奈には、それがどうしても納得できなかった。
フリマサイトには、「断捨離のため」とは書いてあった。
でも、再度確認しても、出品者はこのブラウス以外、フリマサイトに出品している商品はなかった。
ブラウス一着、断捨離に出したところで何になるんだ。
そのかわり、自分の手元に回って来てくれたのは嬉しいけど・・・。
押し入れの中からハンガーを一本出してきて、ブラウスを慎重に掛ける。
ハンガーに吊るされ、人型を取り戻したそのブラウスは、さらに魅力的になった。
両手で両袖の布地を撫でると、シルクサテンのようにツルツルして滑らかなのに、しっとりとしていてトロンと柔らかい生地の質感が、指先から伝わってくる。
その瞬間、その艶めかしいブラウスの布地に対して、里奈の心のなかに、何とも言えない官能的で淫靡な感情が強く湧いてきた。
「ただの布地に、何でこんな・・・」
里奈は自分の感情に戸惑いつつも、頬に燃えるような熱さを感じた。
里奈は自分でも感じるくらい紅潮した頬の熱を冷ますように、それを両手で覆った。
「バカじゃないの」
そっと小さな声で呟いた里奈は、その魅力的なブラウスから離れ、シャワーを浴びるために浴室に向かった。
シャワーの水音が心地よく響く中、彼女の両手の指には、ブラウスの布地の感触がまだ残り、その官能的な感情は、次第に里奈の全身を包み込んでいった。