【その1】オークション
「あ、 あった・・・」
北川里奈は、ため息とも呟きともとれるウィスパー・ボイスでそうささやいた。
その瞬間、里奈の視線はパソコンのモニターに釘付けになり、彼女は身動きすることが出来なかった。
唯一動いていたのは、少し震えていたマウスを握った右手だけだった。
しかし、心臓の鼓動は一気に高まり、彼女は全身を熱い血液が高速で駆け巡るのを感じた。
試しに、あまり大きいとはいえない胸を押さえてみると、まるで、後ろから「わっ!」と脅かされたかのように、心臓がドッキドッキと強くリズムを打っていた。
彼女は、ついに見つけたのだ。
「本当に、実在してたんだ」
気分を落ち着かせるために、震える右手をマウスから離し、お気に入りのマグカップを取って、あらかじめ淹れておいたコーヒーを一口飲む。
コーヒーは既に冷めきっていて、ただの苦い水になっていた。
「うげっ・・・」
その苦さが功を奏したのか、里奈の気分は、少し落ち着いてきた。
気分が落ち着くと、昔のことが思い出されてきた。
あれは、いつの頃からだっただろう?
頭の中に、ある特定のイメージが焼き付いて離れなくなったのは。
確か、高校生くらいだっただろうか。
社会人になって、外資系の商社でOLとして働き始めてから十年近く、いろいろ探し回ったが、“それ”は一向に見つからなかった。
週末や休日になると、首都圏の古着屋を回ったりもした。
「もうどこにもないのかな? やっぱり、私の思い違いだったのかな?」
そう思って、最近では探すのをほとんど諦めはじめ、惰性で画像検索やフリマサイトでたまに調べる程度になっていた。
人の記憶なんて、思ってる以上に曖昧なもので、いろいろな記憶がごっちゃに混ざって、実際には経験したものではない記憶が、鮮明に思い出されることはよくあるらしい。
だからそのイメージも、実際に自分が経験したことそのものではない可能性がある。
しかし――。
彼女は、とうとう見つけたのだ。
彼女の頭の中にあったのは、はっきりとしてはいたけど、漠然としたイメージだけで、その詳細はわからなかった。だから、“それ”が自分の探していたもの、そのものである確信はなかった。
だから「これが絶対的に正しい」保証はなかったが、サムネイルの商品写真が目に入った瞬間、頭の中のイメージと、ぴったり合致した満足感があった。
今は、ただ、私の頭に焼き付いたビジュアル的なイメージとピッタリなものがあっただけでも、奇跡的なのだ。
これまでにも「似ているな」「これかな?」と感じる出品はあった。
でも、うまく言語化はできないのだけれど、どれも、強烈な「これじゃない」感は拭えなかったのだ。
ところが、今、彼女の目の前にあるモニターに映った“それ”は違った。
出品日時を見ると、わずか五分前に出品されたばかりだった。
このサイトでは、なかなか売れなかった場合、価格を下げて再出品すると、出品日時は、その再出品された日時で更新される。だから、今、記録されている日時が、その商品が一番最初に販売登録された日時ではない。でも、私は昨日もこのサイトを見たので、五分前に出品されたばかりで間違えないと思う。
出品されたばかりで見つけられるなんて、なんてラッキーなんだろう。
商品情報を読むと、サイズなどの必須事項の他は、「断捨離のため」と一言だけ書かれてあった。
でも、この出品者の他のすべての出品を見ると、他には何も掲載されていなかった。
「断捨離」というからには、それ相応の数量出品しているはずだけれど。
ともかく、里奈は購入手続きに進み、支払いを済ませて商品の到着を待つ。
注文品の到着までの間、いくつかの定型的なやりとりがあって、三日ほどで到着した。
仕事から帰って郵便受けを覗くと、しっかりと投函されていた。
シークレット配送ではなく、通常配送だったので、差出人の宛先を見ると、家の近くだった。
「あれ? ここって、私が通ってた小学校の裏側じゃん」
サイトの出品者情報で、同じ県住まいの人だということは分かっていた。
でも、まさか、同じ地域だっただなんて。どういう偶然だ。
里奈の家は、地域の境界ギリギリなので、町村名は違うけど、歩いて十分もかからない。
そんなことは、この辺りに住んでいれば皆んな分かることだ。
出品者も、驚いただろうな。
部屋に入って、高まる鼓動を感じながら、荷物の封を開けると、透明なビニール袋の中に、几帳面に畳まれた一着のブラウスが入っていた。