見たいもの
…「佐倉さん、あなたいい加減眼鏡持ってきたら?」
年に二回、前期と後期とで行われる視力検査。高校生活最後の夏休みが終わり、六回目になる三年生後期の視力検査でも、やはりその言葉を投げてきた。
「や…あの、すみません…。」
「いやね、怒ってるわけじゃないんだけどとにかく不便なんじゃないかしらと思って。」
「あ…いえ、特に不便じゃないので…」
「本当かしら。だってあなた、0.1もないんじゃなくて?」
「あの、はい…見えてない、です。」
「なら、“不便じゃない”ことはないんじゃないの?」
「いや…あの…、まぁ、はい…、でも、対して大きな問題もないんで、ほんとに…。」
「そう、あなたがそう言うならこれ以上は何も言わないわ。でももし大変なことがあったら遠慮しないで相談してちょうだいね。」
「はい、ありがとうございます…。」
今回の視力検査の先生も去年、前期と同じく土田先生。うちの高校で養護教諭をしてる先生だ。保健室の先生らしい温厚な性格でとても気にかけてくれるのだがどうも心配性な所があり、何かと生徒(特に私)と接しようとする節があり、人と話すことを苦手としている私にとっては少し難儀だ。
…眼鏡はかけたくない。例え視力検査であっても。
何時どこでまた事故るか分かったもんじゃないから。
なんて頭の中でぶつくさ呟きながら教室に向かった。
教室では既に視力検査を終わらせた生徒がどちらの視力が高いだとか眼鏡を忘れてきちゃっただとか騒いでいた。
…賑やかだな。あまり長居したくはない、かも。
そう憂いていると、
「アヤちゃん、今回も眼鏡忘れてきたの?」
私の前の出席番号で小学校からの幼なじみ、坂井マコトが話しかけてきた。
「忘れてきたって言うか持ってきてない。」
「またそうやって〜!んま、アヤちゃんの視力検査の結果はもう分かりきってることだからこの話は置いておいて…」
…昔から、マコちゃんはよく話せるよね、こんな私みたいなのと。
と、頭の中で言葉を羅列させながら適当に相槌を打っていると、
「さっちゃん〜!購買行こ〜!」
「んあ〜い!今行く〜!んじゃ、アヤちゃんまたあとでね!」
ごめんね、と掌を合わせて言いながらマコトは席を後にした。
…そう、そうなんだよね。
深い憂鬱を抱えたまま、私も席を立ち教室を後にした。