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ヒーロー敗北記念日

作者: カスガイ

 ヒーローが負けた。夜のニュースでアナウンサーが淡々と原稿を読んでいたから間違いない。親の前では残念そうに声を上げてみせるけど、自分の部屋に戻ればそれもおしまい。だって、ヒーローが負けた次の日は学校が休みになるんだもん。どうしたって笑顔になってしまう。


 2階にある自室の窓を開けて外を見ると、大きな円盤が宙に浮かんでいた。東京ドームがそのまま浮かんだような大きな大きな円盤だ。ヒーローが撃ち落としたであろう子どもの円盤が突き刺さったままの家もある。ああした家は、この街では「宝くじに当たった」って呼ばれている。国から多額の給付金が支払われるかららしい。


 被害に遭うのは嫌だけど、お金が貰えるとなると急に羨ましくなるから不思議だ。なんでも、父さんにいくらねだっても買ってもらえない最新ゲーム機を100台買っても使いきれないくらい貰えるらしいのだ。クラスの友達の中には、毎晩神様に祈っているって人もいる。僕は、住むところがなくなったら困るから、そんなこと少ししかしたことないけど。


 地方の人達は、この街から逃げろってよく言う。でも、少し臆病なんじゃないかな。明日のお昼頃には新しいヒーローがやってきて、今いる円盤を倒しちゃうから、そんな心配する必要ないのにね。


 今1番困っているのは、お母さんに違いない。ヒーローが負けた次の日は、円盤にお日様の光が遮られてしまうから、洗濯物が乾かないってぷりぷり怒るんだもの。朝から時計を見て「あーあ、早く新しいヒーローは何をしているのかしら」と、お煎餅を食べながらぼやいているし、僕に勉強しなさいって口うるさくなるから、たまったもんじゃないよ。


 ため息をついてから窓を閉める。そして、学習机の引出しに閉まっていた携帯ゲーム機を取り出して電源を入れた。


 お父さんが誕生日に買ってくれた『ドラゴンズ・ウォーリアーⅣ』は、竜の加護を受けた戦士が世界を支配しようとする邪竜を倒すべく冒険に出る大人気RPGだ。ナンバリングごとに主人公は変わるが、世界観は同じ。世界中に散らばったアイテムを集めることで、その作品の設定が明らかになるギミックも人気だ。今日こそ100個全部集めるぞ。


 円盤が現れたところで、僕の人生に影響があるわけがない。こうして、大好きなゲームは発売されるし、生きていく上で困ってることもない。隣の席のあの子に会えないくらいしか、デメリットがないのだ。


 それは大人も同じで、明日の朝になれば、お父さんはいつも通り満員電車に乗って会社に行くし、夜になれば「今回のヒーローは腰が入っとらん」とか「俺がヒーローなら、ここでこの技を使うのに!」とかお酒を飲みながら僕に聞かせることになるのだ。


 アニメを観たくても、ヒーローの戦いぶりを放送する国営チャンネルに夢中のお父さんを説得することはできない。早く皿洗いをしたいお母さんもお手上げだ。この時だけは、リビングで携帯ゲーム機を使っても怒られない。


 どれくらい時間が経っただろう。86個目のアイテムを入手したところで、お母さんからお風呂に入るように言われてしまった。それが意味するところは、今日はもうゲームをやめなさいだ。


 ここでもう少し待ってなんて言ってはいけない。あと一歩でコンプリートできるものが、最初からやり直しになってしまうからだ。一度やられてからは、聞き分けの良い子を演じているってわけ。


 今日のところは、お風呂に入って寝てしまおう。名残惜しいけど続きは明日。臨時休校って最高だね。



 次の日、お昼を過ぎてもヒーローはやってこなかった。それどころか、円盤がもう1つ増えているじゃないか。


 こんなことは初めてだ。今日、ヒーローが来なければ、明日も学校は休みになるのか……?やった!また学校に行かないで遊べるぞ!


 よし、昨日をヒーロー敗北記念日と呼ぶことにしよう。この調子でいけば、ゴールデンウィーク以来の大型連休になるはずだ。期待せずにはいられない。


 僕はベットにうつ伏せになって携帯ゲーム機の電源を入れる。取り逃がしたアイテムを回収するために、意気揚々とクリア済みのダンジョンに挑むのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後まで読み終えて、この世界が置かれている状況にゾッとしてしまう作品ですね。 平和ボケしている一般市民の姿がリアリティー豊かに描かれていて、成る程と思いながら読ませて頂きました。こんな状況で…
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