コーヒーショップの店員
俺(佐藤 一郎) ・・ 30歳
鈴木さん(鈴木 緑) ・・ 24歳
甘々な2人。
「パンケーキ好きなんですね?」
ふいに聞かれた。
俺は、ビルメンテナンス会社の清掃担当。オフィスビルの床の清掃を行っている。俺の会社は、若い男性社員が少ないので、俺は重宝され、遊撃担当として、特定の担当ビルを持たず、毎日違うビルを回っている。今、担当しているビルは1か月前から、毎週土曜日日曜日に担当している。それまで担当していた人が、腰を痛め、しばらく土日は休む、ということで、俺が担当している。
このビルで働く様になってから、ビルの近くのコーヒーショップで朝食を摂ることを習慣にしている。俺は独り暮らしだが、自炊をしていない。「出来ない」のではなく「していない」。自炊をすると何んとかく所帯染みちゃって嫌だからだ。仕事は好きでプライドを持ってやっているが「格好良い」仕事ではないので、私生活は格好良く、と思っている。
「ええ、好きなんです」
パンケーキは大好きだ。バター多め、メープルシロップは少なめが好み。ホイップクリームとかのデコレーションはいらない。シンプルなパンケーキが好きだ。このコーヒーショップを選んだのは、メニューにパンケーキがあるからだ。パンケーキとコーヒーで1日をスタートさせる。俺的には理想的なスタートだ。
1か月も通うと、店員さんの顔を覚えてくる。ちょっときつめな顔をしたマニッシュな店員さん。シャツとベストの制服をキリッと着こなし、赤いスカーフタイが良く似合っている。ベストを押し上げる胸のカーブも程良い大きさ。
ある土曜日、パンケーキとコーヒーをサーブしてくれる時に、その店員さんに声を掛けられる。
「1日の始まりをパンケーキとコーヒーで始める。力が出てきます」
彼女に笑いかける。
「まあ。そうなんですね」
彼女も笑い返してくれる。声を掛けてくれたくらいだから、俺のことが嫌いではないだろう。これも何かのご縁。お近付きになろう。
「ここのパンケーキは美味しいです。やる気も出てきます」
「ありがとうございます」
調子に乗って畳みかけると嫌がられる。この程度にしておこう。
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翌日も彼女と話をする。
「パンケーキ好きなんですね」
「美味しいパンケーキを、素敵な女性がサーブしてくれますから」
「えっ・・・お上手ですね」
翌週土曜日。
「パンケーキ好きなんですね」
「美味しいパンケーキを、素敵な女性がサーブしてくれますから」
「またまた」
「あなたに会わないと1日が始まりません」
「まぁ・・・ほんとお上手ですね」
彼女の反応がちょっと変わる。
その翌日。
「パンケーキ好きなんですね」
「美味しいパンケーキと素敵な女性の笑顔で、1日をスタートさせています」
「もう・・・ナンパですか?」
「あなたとのお話が、働く意欲を高めてくれるんです」
「上手い言い訳ですね・・・・・嫌じゃないです」
彼女の反応がまた少し変わる。
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翌週土曜日。
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好きです」
「えっ・・それセクハラですよ」
「ごめんなさい」
「まあ、可哀そうだから、コーヒーくらいなら、付き合ってあげてもいいですけど」
そういって鈴木さんは一旦、キッチンの方に戻る。少しして、ウォーターピッチャーを持ってやって来て、水を足してくれる。その時にそっとメモをテーブルに置く。
「俺は佐藤です」
「私は鈴木です」
それだけ小声で言葉を交わす。
貰ったメモには電話番号とメールアドレスが書いてあったので、「佐藤です」と、SMSで、俺のメールアドレスを知らせた。
午前中の作業を終えメールをチェックしたら、鈴木さんから、お昼ご飯のお誘いのSMSが来ていた。OKと返事を返すと、鈴木さんから電話が掛かって来て、近くの和風レストランで待ち合わせ。
俺は作業服にジャンパーを着てきたので、ちょっとガテン系。引かれるかな?と思ったが、鈴木さんは特に変わった様子もなく、小さく手を振ってくれる。
食事を終えて鈴木さんがお茶を飲みながら言う。
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好きです」
「もう、そればっかり」
笑う鈴木さん。晩ご飯に誘ったが断られた。でも、明日のお昼ご飯も一緒に食べることにして別れた。
翌日曜日。
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好きです」
「またセクハラ」
「ごめんなさい」
「まあ、可哀そうだから、お昼ご飯で許してあげます」
にこやかに笑う鈴木さん。
お昼ご飯を終えて鈴木さんが言う。
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好きです」
「私、そんなに軽くないですよ」
でも、鈴木さんの笑顔は素敵だ。やはり、晩ご飯は断られたが、店を出たあと、ビルの階段の陰に、鈴木さんを連れ込む。
「えっ・・なに・・ん」
軽いキス。鈴木さんが食べた、鯖の匂い。
「強引なんだから・・」
上目遣いに俺を見る鈴木さん。
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翌週土曜日。
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好きです」
「またセクハラ」
「ごめんなさい」
「まあ、可哀そうだから、今日もお昼ご飯」
にこやかに笑う鈴木さん。
お昼ご飯のあと、ビルの階段の陰。
翌日。
パンケーキ好きなんですね」
「君が好き」
「私は嫌いです」
「ごめんなさい」
「まあ、可哀そうだから、お酒くらいなら、付き合ってあげてもいいですけど」
お昼ご飯のあと、ビルの階段の陰。その日の夜は、おしゃれなカフェバーで、食事とお酒。そして、ビルの階段の陰。
ビルの階段の陰がだんだんディープになってきた。
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翌週土曜日。
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好き」
「しつこいですよ」
「ごめんなさい」
「まあ、可哀そうだから、またお酒付き合ってあげてもいいです」
お昼ご飯のあと、ビルの階段の陰。その日の夜は、居酒屋で食事とお酒。そして、ビルの階段の陰。
「休んでく?」
頷く彼女。
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翌日
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好き」
「じゃあデートしてください」
「はい、喜んて」
「横浜へ行きたいんですけど」
「車準備します」
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翌週。
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好き」
「じゃあ旅行に連れて行ってください」
「はい、喜んて」
「グランピングへ行きたいんですけど」
「準備します」
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また翌週。
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好き」
「じゃあプレゼントください」
「はい、喜んて」
「表参道へ行きたいんですけど」
「車準備します」
表参道、と言われた時点で、覚悟をしていたが、やはり、あの有名なバッグ屋さんに入る。
「お願い、悪魔になりたいの」
「ライター目指しているの?」
「うん、まだ駆け出しだけど」
まんま、あの映画だ。
「このジャケットが欲しいの」
スーツみたいなシンプルなジャケット。これなら、どこへ着て行ってもおかしくないな。だが、さすがに高い。まあ払えない金額ではないが。一瞬、逡巡したが、OKする。
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そして今日。
「パンケーキ好きなんですね」
「君が好き」
「じゃあ結婚してください」
「はい、喜んで」