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ひまわりの氾濫―苦しみの画家ゴッホを追う高校生バディ  作者: いすみ 静江✿
第五章 【現在】白衣のDNA解析
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ひまわり21 クールなDNA

 来た!

 お知り合いになりたくないオトコのヒト。


「織江さんのお子さんだよね」


「香月菊江と申します」


 気持ち悪い。

 誰がオリエだ。

 結婚もしていない、親しくもない男女が下の名で堂々と呼び合うな。


「香月……?」


「私は、父が死しても香月を名乗って行きたいと思っておりますわ」


 喧嘩を売っていた。


「電気泳動は簡単だから、俺がみようと思っていたが? 止めようか」


「私も同意見よ」


 例え、織江ママが、あんなぺけぺけぷーと結婚しても、今度は私が旧姓を名乗らせて貰うし、結婚したからって、香月の名を捨てることはないと思う。

 その辺もあって、壽美登くんに、菊江ちゃんではなく香月さんと呼んで貰っていた。


「寧ろ、簡単な実験しかアドバイスできないのよね」


「頭の悪い生き物にも教えられるってことだ」


 大げさに肩を竦められて、私はむっとした。


「私は、アメーバよりは利口だと思っていますわ」


「いい加減にしな、ガキ」


 実験台に強く手を置かれる。

 そこに私のコンパクト計算機があり、パキリと嫌な音を立てた。

 壊すな電卓、壊すな電卓、壊すな電卓を!


「だったら、副手に近付かないでくださいね」


「そこは、大人の事情だ」


 にやにやして、気持ちが悪い。

 髪も肩に触れる程長く赤めに染めている。

 研究員だが、アルバイトだとも聞いた。

 負けてたまるか。


「大人のとは、どんなものかしら」


「家に帰れ、ガキ!」


 今にも私の頬に唾を飛ばしそうだ。

 いくら残念な相手でも、菊次パパはもっと優しい。

 優しさ故に岐路を誤ってしまっただけ。


「もしも、卒業論文が失敗に終わったら、貴方にテオの霊が憑きますよ」


「はあ?」


 テオドルスも知らないのか。

 美術音痴なんだ。

 

「へー、ほー、ふーん。疎いのですね」


「香月さん、僕らで実験をしましょう。今は話し合っている時間はないです」


 壽美登くんが、おでこにある旋毛を掻きながら間に入って来た。

 話し合いと彼が纏めたので、致し方ない。

 彼の方が大人だ。

 素直に意見には従おう。


「福原副手! ちょっと、この方ハラスメントがあるので、お願いできますか?」


 それでも私は抵抗した。

 鼓動は速く、毛細血管までもが破裂しそうだ。


「香月さん、僕がいるから大丈夫です」


 壽美登くんに窘められて、残念な気持ちがぐんと膨らんだ。

 私は、子どもだ。

 あの男と違いなく子どもなのだ。


「菊江ちゃん、ママでよかったら話して」


「ママ、顔色が悪いわ」


 血相を変え、直ぐに来てくれた。

 いけない。

 私は、心配を掛けてしまった。


「私と本題に入りましょう。先ずは、アガロースゲル電気泳動の準備ですね」


「はい。昨夏教わりまして、ありがとうございます」


 私は、櫛型で一つ置きに穴開け用の凸部があるコーム、電気泳動用のケースを用意する。

 コームの使い道は、サンプルを入れるウェル(well)と呼ばれる穴となるので、ここから高分子量のものはコームの近くで、低分子量のものはより先へ流れて行く。

 高次構造や電荷などの影響も受けているのを考慮に入れる。


「この場合、最低でもサンプル三種類に分子量マーカー分一つを考慮に入れて、四つは確保すべきよね」


「成程です。僕も昨年の講習に参加していたら一つ勉強になったでしょう」


 緩衝液のバッファーを用意した。

 ストックしてある(Tris‐)(Acetate‐)(EDTA)を超純水のMilli(ミリ)(キュー)で十倍に希釈する。


 緩衝液にアガロースを〇.八から四パーセント加え、電子レンジで加熱して溶かした後、コームの入ったケースに入れて固める。

 アガロースゲルを緩衝液の入ったケースに入れる。


「このコームを抜いた所に穴があるわね。ここに、マーカーとサンプルを注入するのよ。いい? ノートの計画で一と書いてある所に、ピペットマンでサンプル一を入れるのよ。二には二、三には三をそっとね」


「分かりました」


「うう、無駄に緊張するわ」


 コームのある方から電圧をかけ、反対側がプラスとなるようにする。

 マーカーが流れ切ったときを見計らい、電気を止めて、ゲルを取り出すまで続ける。

 このとき、臭化エチジウムなどの核酸染色溶液に浸して、観察可能にする場合もあるが、先に、アガロースゲルに添加しておく方法も取られる。

 臭化エチジウムの場合は、DNA分子の長さと量に比例するので、蛍光の強さによってDNA量が分かる。

 ノートを壽美登くんと一緒に熟読する。


「ママの実験ノートは、文もいいけれども図解が分かり易いわね」


 私は、ノートを書き写しながら思った。

 娘の自分は、字がさらさらと綺麗なのに絵が個性的だと。


「そうですね。初めて見学させていただく僕にも親切です。習熟して参加したいと思いました」


「これから、少々時間が掛かるけれども、放って置くのもよくないし、ここで待ちますわ。お腹が空いたら、おにぎりを食べようね」


 壽美登くんと交代して、那花くんのお母さんからいただいたおにぎりを噛みしめる。

 んー。

 大好きな酸っぱい南高梅だ。

 後で、ごちそうさまをお伝えしなければならないと思った。


「染色されたDNAは紫外線を照射すると蛍光を発するのよ。そこの暗室でポラロイド写真を直ぐに撮影できるから、考察しましょう」


 私は、撮影中はカーテンを開けないでといい、一人ポラロイドカメラと立ち向かった。

 そして、出来は――。


「ナーイス! 香月さんは、天才高校生かもしれないわ」


 ただの自画自賛だった。


「拝見してもよろしいでしょうか?」


「どうぞ」


 私は、写真撮影に成功した。

 このバンドが、マーカーを指標にして、サンプル間での近似を求められる。

 いよいよ画像が浮き出て来た。

 私には、ビビビと来るものがある。

 壽美登くんの反応はピピピなのだろうか。

 まるで、志一くんが初めての骨型ガムを貰うように不思議そうだった。

 今、私の仮説を明かすときが来た――。

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