六章・リスリラリルリム
「何をっ?」
「死ねぇっ」
銃声。
銃声。
バーリオンはショカの上にかぶさる。
わき腹の辺りが弾ける。
呻き声を上げた。
用務員の男はだんだんと距離を詰めて行く。
「待てっ。無闇に近づくなっっ」
「こんな奴早く死んだらいいんだっっ」
「待てっ」
「うるさいっ。糞ガキ先公がっ」
銃口がコズリに向く。
コズリは目を見開く。
「何のつもりだっ」
「うるせぇっ、死ねぇっっ」
「ラークルッ」
銃声と共に銃弾。
そして魔法の杖から出た衝撃波。
ほぼ同時に出たように見えたが、被害を受けたのは用務員の男だった。
腹に衝撃を受け、木の幹にぶつかり気絶。
銃弾は軌道が反れ、コズリには当たらなかった。
コズリは唖然としている。
「・・・何なんだ・・・」
「レイニーッ、ショカッ」
コズリは空を見上げる。
超高速で飛んで来たのは、デュオーリオンだった。
「ショカッ、レイニーッ」
コズリの近くでホウキから飛び降りると、ショカの方へ走って行く。
「待ちたまえっ」
「ショカッ、レイニーッ」
駆け寄るデュオーリオン。
バーリオンは動かない。
すでに息絶えている。
窓を突き破った時に、頭にガラスが刺さったらしい。
「ショカッ」
デュオーリオンはバーリオンの下敷きになっているショカを引きずり出した。
血まみれだが、それはどうやら、バーリオンのものだったらしい。
小さな傷はあるが・・・
いや。
よくよく見ると、肩を撃たれている。
「ショカッ」
デュオーリオンは我を忘れ、ショカを揺さぶる。
「ショカッ、ショカッ」
何度目だろうか。
ショカが薄っすらと目を開いた。
「ショカッ」
ショカは口元をわずかに上げたが、目をつぶった。
「ショカッ」
デュオーリオンは、強く強く、ショカを抱きしめた。
「ショカッ、生きろっ」
保健室。
事件は学校中の噂になった。
もうすぐ、一般公開されるらしい。
ショカは二日間、眠り続けた。
時々目を覚ますようだが、まだ喋れない、と保険医は言っていた。
何らかの精神的要因があるようだ、とも言っていた。
アンバーとササラは、休み時間のたびにショカの様子を見に行った。
デュオーリオンは授業を全て休み、側にいることにしたらしい。
彼女の手を握ったまま、ほとんど動かない。
時々彼女が目を開けるたび、声をかけているようだった。
ショカの両親が学校に来た。
放課後、保健室。
アンバーとササラも、偶然居合わせることができた。
「ショカッ」
三人は声の方に振り向く。
そこには、どこかショカに似た女性。
駆け寄って来る。
まだ若い、二十代ぐらいに見えるひとだった。
背が低いが、小人族というには身長がある。
あとで聞いた話だが、ショカの母親は小人族と魔法使いのハーフだそうだ。
ゆっくりと歩み寄って来たのは、おそらくショカの父親だろう。
ショカと同じ毛色をしている。
耳が猫だ。
獣人というのは本当らしい。
「クラスメイト?」
「はい。親友です」
「はじめまして」
「はじめまして。アンバー・アポロリックです」
「知っている。毒の一族」
「はい」
「ササラ・アンバーです」
「君も知っている。手紙、読んだ。ショカが書いた、手紙」
「そうですか」
彼は頷く。
ショカの父親と目が合った瞬間、デュオーリオンはイスから立ち上がった。
手を握ったままだ。
深々と頭を下げる。
ショカの父親は数秒の沈黙を作った。
デュオーリオンを、どんな感情なのか分からない視線で見つめている。
「それで、うちの娘は・・・助かるんですよね?」
保険医が言う。
「命に別状はありませんが、精神が衰弱しているようです」
「事情、娘の感覚から聞いた・・・」
ショカの父親に視線が集まる。
「ここ来る前、飼育小屋に行った。わたしは動物と話せる。カラスが言った。ショカは男に襲われた。だからバーリオンが守った、と言った」
「まさか・・・」
「だからあいつっ。用務員、ショカ撃った上にコズリ先生まで殺そうとしたのっ?」
「そういうことだったのか・・・」
「パパ、ママ・・・」
ショカの声だった。
みんなが振り向く。
いつの間に起きていたのだろう?
ショカは、泣いていた。
「パパ・・・ママ・・・」
ショカの母親がショカを抱きしめる。
デュオーリオンは遠慮して、手を放そうとした。
その手を、ショカはぎゅっと握った。
抱きしめられながら、デュオーリオンを見る。
デュオーリオンは、その力の分だけ、手を握り返した。
それを、ショカの父親は見逃さなかった。
「娘のこと、どう思っている?」
「え?」
デュオーリオンはショカの父親を見る。
「責任をとれ」
「分かりました。何をすれば?」
「結婚しろ」
「は?」
「結婚しろ」
「分かりました」
アンバーとササラは呆気にとられている。
ショカは驚いていた。
「パパ、いいの?」
「いい」
「結婚?」
「獣人、約束は必ず守る、決まりある」
「知っています」
「約束だ」
「分かりました。ショカと結婚します。お嬢さんを俺にください」
ショカの父親は、口元を上げた。
「気に入った」
* * * * *
「用務員がやっと喋った」
ロバートが切り出した。
ここは、秘密の小部屋。
ショカはまだ、保健室にいる。
デュオニュシウスが、特別ブレンドのお茶を人数分、淹れている。
イスが足りないので、特別閲覧室にあった本の入った木箱を持ってきた。
創設者三人と、デュオーリオン、アンバーとササラ。
秘密の、いや、極秘のお茶会だ。
「真相は?」
「あばかれた」
真相はこうだ。
飼育室にいたショカ。
飼育委員がひとりの時を狙い、飼育室に入って来た犯人ふたり。
最初から、暴行が目当てだったらしい。
バーリオンはそれに気づき、犯人を襲ったのだとショカの父親が証言した。
獣人は、全てではないが、動物の言葉が分かる。
彼らには、嘘、という概念がない。
飼育担当員は、獣人ではないが、何となく動物の言葉が分かる者だった。
やつらは性的暴行の常習犯だったらしい。
「調べたが、去年の夏休みの飼育委員は突然退学を申し出ている」
「まさか・・・」
「脅されたらしい」
「あいつらっ・・・」
「常習犯だ。動物達も脅されていたらしい」
「なんと?」
「主人に言えば、主人をおかして殺す、と」
数秒の沈黙。
デュオーリオンは眉を寄せる。
「まさか・・・」
「あの、もしかして、レーサが突然死したのって・・・」
アンバーが思わず口を出す。
「そうだ」
「ショカが言ってたっ。バーリオンに、あんまり飼育室に来るな、って言われてたって」
「まさか・・・」
「何となく知ってたらしい」
「ひとりになった時に、運命だ、運命だ、って言いながら、おかしたらしい」
「それは・・・もしかして・・・」
「その退学した生徒に連絡をとったら、手紙でそう答えた・・・」
「あの子、喋れない子だったぞ?」
「だから飼育担当員が推薦で飼育委員にしたらしい」
「・・・ゲロ吐きてぇ・・・」
「ってことは計画犯っ?」
「そう。人語を解する動物達は事情を知らなかったらしい」
「そこまで計算っ?」
「どんだけ姑息なんだよっ」
「知ったことか・・・」
「レーサもレイニーも・・・ショカを守ろうとしたんですね?」
「動物の中でも、裏切り者がいるらしい」
「もしかして、飼育担当員に言った奴が?」
「ごはん、いっぱいもらえる~、だと」
「はぁっ?」
「検死したじゃんっ。どうやって殺したんだよっ?」
「魔法ではないらしい」
「じゃあ、なんだよっ?」
「毒、らしい」
「は?だから検死したんでしょ?」
「あの担当員がエサをやる時だけ突然死する動物がいたんだ。訝しがってはいたが・・・あいつは、リスリラリムリルの根っこの毒を使っていたらしい」
「なんで分からなかったんだよ?」
アンバーが言う。
「リスリラリルリムの根の毒は、即効性があるうえに、死後三日たたないと、死因反応が出ないんです」
「だから死後三日、葬式かけるのか?」
「そうなんです」
「さすがクィーン・ビー一族。それを知っているのはごく一部の者だけだ」
「くそっ。動物にも葬式があればっ・・・」
数秒の沈黙が降りる。
デュオーリオンは頭を抱えている。
そのデュオニシュシウス・ホーエンはお茶をすする。
溜息。
「息子よ、私は決めた」
「・・・何を?」
「レーサとレイニーその子供の石像を作る」
「は?」
「ショカは森にいる間、ずっと事情を聞いていたらしい」
「事情って?」
「レイニーには、ショカが死んだ子供に感じられたらしいんだ・・・」
「だから助けたのか?」
「そうらしい」
「ああ、だから初対面の時に顔舐めてたんだ・・・」
「・・・あの~・・・」
「なんだ?」
ロバートが聞く。
アンバーが言う。
「リスリラリルリムの栽培をしていたのですか?」
「は?」
「なにっ?」
「だって、どこから手に入れたんです?」
デュオーリオンが目を見開いた。
「五年のリスリラリルリム育ててる奴、ある日急に、一鉢無くなったって言ってたぞっ」
「それはっ・・・」
「調べてみないといけないな」
「どうやって手に入れるんだよ?」
「本草か薬学・薬草学の教師が関わっているんじゃないか?」
「五年の担当って、あいつだぞっ」
「あいつって?」
「バーリオンは獲物を背中に乗せまぁすなぁ、とかな何とか言ってた奴っ」
「ああ・・・あのひと・・・」
「本当に、調べてみる」
コズリが真剣に言った。
ロバートが頷く。
「そうしよう」