四章・秘密の部屋
二学期のための参考資料を借りて、図書館を出る。
人気の無い廊下を歩いている。
うしろから声をかけられた。
「アンバー」
「はい?」
振り向く。
ササラだった。
「中庭でなんか工事しているよ」
「中庭ってどこの?」
「一番近くの」
「何の工事?」
「石像置いてる」
「何の?」
「バーリオン。ホーエン校長の息子が飼ってたオスが死んだらしい」
「・・・それで?」
「だから記念碑に石像作ったんだって。見に行かない?」
「まぁ、いいけど・・・なんで亡くなったの?」
「原因不明の突然死だって」
「そう・・・」
二人は並んで歩き出す。
「ショカがその場から動かないんだよ」
「どうして?」
「私達に秘密で、あのバーリオンの世話、ちょくちょくしてたらしいんだ」
「もしかして、先輩とショカって・・・」
「いや、付き合ってはいないんだって」
「そうなの?」
「ショカ、動物と喋れるんだよ」
「喋れる動物いるじゃない?」
「違うよ。バーリオンみたいに吠える、とか鳴く、とかしかできない動物のだよ」
「ああ、そう言えば獣人の血が入ってるって・・・」
「うん、そうみたい」
中庭に着く。
ショカとデュオーリオンが立っていた。
ササラとアンバーも並ぶ。
見上げる。
灰色の石像。
雄雄しい姿だった。
作業員がハシゴをつたって降りて来る。
目深にかぶった帽子のつばに手をかけ、会釈。
みんなが、ハシゴを片付けるのを見送る。
沈黙。
「・・・なんで死んだんだろ・・・あいつの子供、子供いたんだけど、あいつも突然死したんだ・・・前の学校の時に・・・」
デュオーリオンが悲しそうに、そう、呟いた。
聞こえていたはずだが、誰も答えられなかった。
四人はしばらく、石像を見つめていた。
青空が眩しかった。
「・・・乗る?」
しばしの沈黙ののち、喋りだしたのはデュオーリオンだった。
「乗るって?」
「バーリオン像に」
「あそこまでホウキで?校内での飛行は禁止ですよ、先輩」
「いや、秘密の通路があるんだ」
「秘密?」
ササラが食いついた。
やっとデュオーリオンが苦笑する。
「まぁ、そう・・・」
「どこに?」
「じゃあ、着いて来て」
デュオーリオンの先導で、再び図書館へ。
デュオーリオンは成績上位者だ。
特別閲覧室への許可物を持っている。
アンバーもショカも持っている。
ササラだけが持っていないが、付き添い、ということで入れた。
半地下に降りる階段がある。
そこをリズムよく降りていくデュオーリオン。
そのあとに着いて行く三人。
本棚の列を縫うように進み、一番端の、奥についた。
一枚の大きな絵画がある。
本棚が描かれている。
「誰も触らないようになってる」
「どうやって?」
絵画の前に、ひとつのイス。
その上に本が積まれている。
「この仕掛けだけで近づきにくくなるんだよ」
イスを横に移動させる。
絵画に足を踏み入れる。
波紋が生まれ、向こう側に繋がる。
「なにこれっ?」
ササラが声をあげた。
「しっ」
思わずデュオーリオンは人差し指を口に当てる。
体の半分が向こう側にある状態で言う。
「着いて来て。大丈夫。危険はない」
「これはどこに繋がっているんですか?」
「そう、どこに?」
「秘密の部屋。親父が作ったんだよ」
手招きをしながら、デュオーリオンは向こう側へと消えた。
アンバーは残った二人を見る。
「どうする?」
ショカとササラは笑った。
「もちろん、行くでしょ」
「でしょ」
少し臆しているが、わくわくしている自分にアンバーは気づく。
笑ってみせた。
「じゃあ、私も行くわ」
三人は、ササラ、ショカ、アンバーの順に絵画の中へと入って行った。
◇◆◇◆◇
ばさり、と音がする。
「あ」
本を拾いあげる手。
マテラス・コズリは落とした本を積みなおす。
かなりの山だ。
一番奥の本棚から見つけた、掘り出し物を返しに来たのだった。
本棚の角を曲がる。
正面に見えたのは、大きな絵画。
そこに、誰かが入って行った。
軽く目を見開く。
数秒の、間。
「アンバー・アポロリック?」
◇◆◇◆◇
絵画の向こう側は、がらんとした部屋だった。
部屋の真ん中に絨毯、その上に丸いテーブル。
イスが四つ。
部屋の端に、真新しいグランドピアノ。
デュオーリオンはピアノイスを持って、窓の下に設置した。
「こっち、こっち」
そう言ってイスを台にすると、窓の外に出た。
白い枠の窓をくぐる。
「ワァオ、さっきのとこ」
「ねぇ、足、とどかない~」
ショカは身長が低い。
アンバーは可愛いなぁ、と思いながらおしりを押してあげる。
ショカが振り返りざまに、「ありがと」と言う。
アンバーは「いいえ~」と言いながら笑顔を返す。
イスにのぼる。
◇◆◇◆◇
絵画の向こう側から、いきなり腕が出て来る。
引っ込む。
出てくる。
引っ込む。
アンバーが窓の外に出た一拍後、コズリが部屋に入って来た。
彼は周りを見渡す。
「何だ・・・ここは?」
そこは、HRK創設に関わっているコズリ氏も知らない、秘密の部屋だった。
◇◆◇◆◇
「ここ・・・」
「あの部屋、次元?時空?空間が違うんだよ」
「あったり、なかったり部屋のこと?」
「まぁ、似たようなもの。この部屋からじゃないと、窓が現れないんだよ」
「じゃあ、さっきの作業員は?」
「この窓見えてないよ」
「なにそれ、面白い」
デュオーリオンの微笑。
奥まった、長方形の空間。
その三方が壁だ。
壁じゃない所に、バーリオン像が置かれている。
四人は像に近づいた。
中庭の噴水が見えてくる。
デュオーリオンはバーリオン像を愛しげに撫でた。
アンバーは小さな翼に触れてみる。
「名前は何て言ったんですか?」
「言ってなかったけ?」
「はい」
「オスがレーサ、メスがレイニー、子供がクーラ」
「レーサ・・・変わった名前ですね?」
「名前なかったんだよ。めんどくさくて。バーリオンのオスは子育てをしない。でも、こいつはしてたんだよ。だから名前を途中でつけたんだ」
「へぇ・・・」
「私、背中に乗ってみたい」
「いいよ」
「やった♪レイニー、あんまり私になつかなかったんだよ」
「そうでもないよ。気に入られてた方」
デュオーリオンは場所を空ける。
「あんまり飼育室に来るな、って言われてたんだよ・・・」
ショカはバーリオンの背中に乗る。
なかなか様になっている。
「あいつ、君のこと気に入ってたよ」
「そうだと良いんだけど・・・」
ショカがそう言い終わったとほぼ同時、部屋の方からピアノの音がした。
四人は咄嗟に、そちらに振り向く。
皆が皆、たがいの顔色を窺い合う。
「・・・誰?」
「俺が見に行くから」
デュオーリオンは窓に近づいた。
しゃがむ。
「・・・コズリ先生?」
残りの三人は呆気にとられる。
三人は窓に近づく。
四人で窓の内側を覗き込む。
「何やってるんですか?先生」
「それはこちらの台詞だよ」
ピアノの音が途切れる。
「何だ、この部屋は?デュオ君?」
「いや・・・秘密の、部屋?」
「ホーエンが作ったんだな?」
「あはは」
「笑ってごまかすな」
「あはは」
「こんな所で君達は一体何をしているんだ?」
「来られます?」
「何がある?」
「バーリオン像に会いたくて・・・」
「ああ、事情は把握している」
デュオーリオンは窓から降りる。
残りの三人もそれに続く。
「あの・・・この部屋のこと・・・」
「もちろん秘密だ」
「え?」
「ここは何をするための部屋なんだ?ピアノぐらいしかないが・・・」
「秘密のお茶会用の部屋なんです」
「どっちのティー?」
「ああ、両方ですよ」
ササラがアンバーに耳打ちする。
「どっちのって、地名?産地?」
「麻薬か紅茶か、どっちだって聞いてるのよ」
「ああ・・・」
数秒の、間。
「まあ、いい」
「いいんですか?」
「両方って言ってるのに?免除?」
「その代わり、今度お茶会がある時には私も呼びたまえよ」
四人は呆気にとられた。
「は?」
コズリ氏は歯を見せて笑った。
「私は秘密主義者なんだよ」
一拍の間。
「ワァオッ」
デュオーリオンは喜びの叫び声を上げた。