三章・戀心は錬金できない
昼食時間。
すっかり仲良くなったササラに誘われ、一緒に食事をとることになった。
ササラの喋り方は、心地がいい。
ハムとチーズ、フリルレタスのサンドウィッチを食べている時だった。
「ハァイ」
声の方に振り向くと、そこには午前中にバーリオンに押し倒されていた女生徒がいた。
トレイの上には、オムライスとオレンジジュース。
「ハァイ。隣座ったら?」
「いい?」
女生徒はアンバーに聞く。
「ああ、どうぞ」
アンバーは思わず席を立つ。
「アンバー・アポロリック」
手を差し出す。
女生徒は笑った。
「ショカ・フロース」
握手する。
「こんにちは。フロース、ってことは・・・」
「そう。小人族なの~」
着席。
「飛び級かと思った。小人にしては大きくない?」
「ママが小人で、パパが獣人なの~」
「獣人っ?本当にいるのっ?」
「あなた、けっこういいところのお嬢さんなのね?」
「なぜ?」
「立ち振る舞いが普通じゃないもの」
「そうなの?」
アンバーはササラを見る。
「さぁ?」
ササラはスプーンでチョコムースをすくっていた。
「ササラ、あなた変な所勘鈍いのよ」
「アンバーっていいところのお嬢さんなの?」
「そうでもないわ」
「なんだ」
「でも・・・もし、そうだとしたら?」
「別に、でしょ」
「本当に?」
「本当にって?」
「いや、いい」
何だか嬉しくて笑顔になってしまった。
「なに笑ってるの?」
「いや、いいって」
「ああ、そう」
編入して早々、友人ができた。
前の学校ではそう呼べる子がいなかったので、かなり嬉しい。
ショカは喋り方がおっとりとしてるところが魅力的だ。
成績は上位で、個人部屋らしい。
ササラの成績は中の上、大部屋。
アンバーは優秀な成績をおさめ続け、同級生との交友も深めた。
「ごきげんよう」
と言うと、大抵が意外そうな顔をするので、当初は意味が解らなかった。
ササラが「なにそれ」と言うまで、上流階級の挨拶であることに気づかなかったのだ。
アンバーの血筋に気づいている者もいるようだが、特別あつかいをしない、という特別あつかいをしてくれた。
基本的には気さくで性根のいい印象のひとたちばかりだ。
なにより、マテラス・コズリ氏がいる。
アンバーにとっては、理想通りの学校。
最高の環境だ。
夏休み。
アンバーは実家に帰るのが嫌だったので、居残り組みになった。
ショカとササラも、実家の都合で居残り組みだ。
寮母も休みを取っているので、家事全般を自分でしなくてはならない。
貴重な体験だと、アンバーは思っている。
図書館。
アンバーは成績上位者なので、特別閲覧室への自由出入りが許可されている。
HRKは資料本が豊富だ、と事前に調べていたが、ここまでだとは思わなかった。
図書館の大きさが前の学校の三倍はある。
特別閲覧室から持ってきた本を広げ、普通の席で読む。
三十分ほど読んだところだったろうか・・・
肩を軽く叩かれる。
「え?」
振り返る。
そこにいたのはコズリ氏だった。
「えっ?」
コズリ氏はアンバーの読んでいた本の表紙を覗き込む。
「ああ。ここにあったのか」
「え?」
「『短命種~特徴と傾向~』、これを探してたんだ。少し貸してくれないか?」
「あ、ええ。どうぞ」
思わず渡す。
コズリ氏はパラパラとページをめくる。
「資料ですか」
「そうだ。持ち出し禁止なんだよ」
「たしか、『短命種と薬学』の参考資料として紹介されていますよね?」
「ああ。そこまで知っているのか」
「はい」
「そう・・・」
「おぼえられないんですか?」
「どこに何が載っているのか、何となく把握はしている」
「ああ・・・」
「君は前の学校では主席だったらしいね」
「はい」
「わざとなのか?」
「何がですか?」
「君は編入テストで、一科目以外全て満点だった」
「そこまで知っているんですか?」
「把握している。なぜわたしの出すテストだけ、毎回満点手前におさえている?」
「気づいていたんですか?」
「どういうつもりで、そうした?」
「秘密です」
「なぜ?内申に関わるぞ」
「それでも一番でしょう?」
「まぁ、そうなんだが・・・他の教師に聞いたら、最後の問題をひとつだけ答えない、という傾向は見当たらない、と言っていたんだ。だから、君のことを気にしている」
「私を知っているんですか?」
「アンバー・アポロリック。別名、クウィーン・ビー一族」
「はい」
「やはりそうなのか・・・」
「怖いと思われます?」
「いいや?」
喋りながら、本の内容も読んでいたらしい。
本を閉じると、すぐに返してもらえた。
「ありがとう」
「いえ・・・」
コズリ氏はアンバーが選んで、側に積んである本に視線を移した。
「ほぉう・・・」
「え?」
「興味深い本ばかりだ」
「読まれたんですか?」
「この、『星隠し』は読んでいない」
「カルク派についての本ですよ」
「読んだのか?」
「前の学校で一度読みました」
「内容は把握しているのか?」
「しています」
「カルク派とは?」
「引用しても?」
「ああ」
「アトリムグのある地域では・・・」
* * * * *
アトリムグのある地域では、本当の誕生日を言わないという習慣が根付いている。
それはカルク派、現地の言葉では『雲』、星を隠す、という意味で呼ばれている。
昔昔に、生年月日に関わる占いによって、処刑が行われていた地域だ。
時の領主が、占いで出た生年月日の者全員をイケニエにして、悪魔を呼び出そうとしたから、カルク派が生まれたらしい。
カルク派の由来は逸話が多いが、さきほど挙げた例が定説となりつつある。城からの使者が平民に誕生日の確認に来た、という文献が残っているからだ。それに気づいた平民達が誕生日をいつわりだし、でまかせを言い出したらしい。
別の誕生日を言い出したのだ。
もし掴まってイケニエにされても、作用しないように考えられた文化らしい。
当時、領主に逆らうことは死罪。
しかし、誕生日をいつわることで平民が統一化までされたらしい。
のちには、信用すると決めた者に本当の誕生日を教えることで、愛情表現の一種にまでなっている。そのためカルク派は普段、仮の誕生日を祝うのが習慣となってる。カルク派の偉人の誕生日を調べるのは、非常に困難だ。
生年月日が「?」になっているか、「おおよそ」、または「正と仮」の両方が教科書に載っていることもある。
* * * * *
「今のは・・・全て引用したのか?」
「頭の中で編集しました。だいたいこんな内容だったと思います」
「そうか」
「カルク派にご興味が?」
「わたしはカルク派領地の出身なんだ」
「えっ?」
アンバーは本気でおどろいた。
「プロフィール・・・」
「ああ、そう言えばノーコメント、と答えたことがあったが・・・それ以来・・・」
「ええ、公開されてません」
「今のは内密に」
アンバーは笑顔。
「どういう意味だ?」
「いいこと聞いた、と思いまして」
「広める気か?」
「まさか」
「お前、ショートケーキのイチゴを最後に食べるタイプだろう?」
「いえ、途中でかじります」
数秒の、間。
少し眉が寄る。
「分析できない・・・」
「お誕生日は秘密なんですね?」
「まぁ、そうこうことだ」
「特別に・・・」
「ダメだ」
「教師と生徒だからですか?」
「そういう問題じゃない」
「では、どういう?」
「もう、休み時間は終わりだ」
コズリ氏は席を立つ。
アンバーも思わず立ち上がる。
「またお話してもらえますか?」
「個人的に?」
「別に、どちらでも・・・」
「まぁ・・・違法ではない」
アンバーはまた、笑った。
「分かりました」
「うん・・・まぁ・・・いいだろう・・・」