二章・憧れの君
待ちわびた授業。
担当はあのコズリ氏、現在十三歳。
コズリ氏は『短命種』と呼ばれる、特殊な、突然変異種族だ。
彼らの平均寿命は二十歳前後。
短命種は、さもそれを条件にしたかのように、何らかの天才として生まれる。
コズリ氏の場合、それが薬学と錬金術研究の才能だったらしい。
短命種は心肺呼吸器系の障害者が多く、また子孫が残せない体だ。
彼らは寝ている時に突然死することが多い、と言われている。
コズリ氏は、短命種の寿命を伸ばす研究をしている、と本を読んで聞き知っている。
コズリ氏著、特に『短命種と薬学』は非常に興味深い。
『短命種と薬学』=内容は、短命種の思考傾向の統計、また、身体症状の改善法。
『東洋錬金術と西洋錬金術』=東洋と西洋の錬金術文化の相違、著者コズリ氏があみだした薬の混合法などが満載。
『短命種と賢者の石』=短命種と薬学、に続く、研究論文。賢者の石の精製法研究とその研究により短命種までもが救われるか、がテーマ。
コズリ氏の本と言えば、まずこの三冊だ。
コズリ氏がこの三冊の本を書いたのは、九歳。
彼がいかに天才かが、この本の説明文を読んだだけで分かるはずだ。
教室に入る。
「遅刻だ」
「すいません」
「すいません」
教壇の上に立っていたのは、オレンジ色の髪をした少年だった。
短命種の特徴に、ほぼ美形、とあるが、まったくその通りだ。
この少年がマテラス・コズリ氏だろう。
コズリ氏はスーツを着ている。
「遅刻の理由は?」
「教室を間違えました」
ササラの機転。
コズリ氏のしばらくの沈黙。
「今日は抜き打ちで小テストがある。満点でもマイナス5点にする。席につきなさい」
「はい」
「すいませんでした」
「君達、名前は?」
「ササラ・アンバーです」
「アンバー・アポロリックです」
「アポロリック?」
「はい」
数秒の沈黙。
「途中編入生だね。道案内でもされたのか?」
「されました」
「なら、マイナス5点は免除する。席について」
「はい」
「やった♪」
アンバーとササラは隣の席に座る。
すぐにテスト用紙が配られた。
Q・毒物の中でも、劇薬と呼ばれる種類に分類されるのは何ミリグラムからか。
と言ったような問題が出題されている。
アンバーはすらすらと答えた。
例にあげた問題は、すでに六歳の時には家で習ったものだった。
採点。
その間、指定された教科書の一章分を読むように言われた。
アンバーはちらりとコズリ氏を見た。
数秒で十五問ある問題の答えの正否を判断しているらしい。
速読ができるのだろうか?
右利きらしい。
点数をすぐに割り出し、赤いインクで数字を書いているのが分かった。
空中に浮いている羽ペンが、彼の隣で成績表みたいなものに数字を写している。
その場で名前を呼ばれ、テストが返される。
アンバーは一番後ろの端、ササラはその隣だったので最後の方で呼ばれる筈だ。
予想は的中。
ササラの名前が呼ばれ、彼女は席を立つ。
戻って来る。
「75点」
「へぇ・・・」
この学校でも、点数を言う習慣があるのだろうか?
前の学校では、成績上位者の名前が半年に一回、公表されていたが・・・。
「アンバー・アポロリック」
「はい」
席を立ち、コズリ氏に近づくことが許される。
こんなに近くで顔を見れるなんて・・・編入してよかった、と心から思う。
「満点だ」
みんなの視線が集まる。
アンバーはそのことを特別気にしない。
「質問があるのですが・・・」
「なんだ?」
「三問目の、マンドラゴラについてですが・・・」
マンドラゴラとは、引き抜くと悲鳴をあげると言われている植物だ。
万能薬だと言われ、昔は犬を使って掘らせていたらしい。
悲鳴を聞くと、その者は死ぬと言われているからだ。
三問目の問題は、マンドラゴラを引き抜いて悲鳴を聞いたら死ぬかどうか、だ。
「ああ、あれか。あれはどっちを答えても点数を与えるように決まっている」
「ひっかけなんですか?」
「まぁ、そう言われればそうだな」
「そうなんですか・・・」
「ひっかけに気づいたのか」
「なんだか違和感があって・・・」
「そうか。なぜそっちの答えにした?」
「引き抜いてみたことがあるので」
コズリ氏は軽く目を見開いた。
「本当か?」
「家で栽培してるんです」
「どうやって抜く?」
「そのまま抜くんですよ」
「悲鳴は?」
「掛け合わせをして、悲鳴をあげないマンドラゴラを作ってるんです」
「ほぉう・・・すごいな」
コズリ氏は明らかな興味を示した。
「本当の話なら、ぜひ見てみたい」
「例外はありますが、基本的には門外不出です」
「そうか。だろうな」
「三問目の答えは、死ぬと言われている、で適切なんですね?」
「死なない者がいる、でも不適切ではないよ」
「分かりました。お時間、ありがとうございます」
「いや、いい。席につきたまえ」
「はい」
「待て」
きびすを返しかけて、アンバーは振り向く。
「満点は君だけだ」
「ああ、そうですか」
「ああ。戻って」
「はい」
残りの時間は、読むように言われた一章分の教科書の感想をレポートにまとめる、だった。
充実した授業だった。