一章・運命の歯車が廻りはじめる
琥珀:こはく・・・宝石の名前で、時折人名にも使用される。アンバーと言う言い方もある。
HRK魔法学校。
ホーエン・ロバート・コズリ。
三人の創設者の頭文字を取って、通称、HRK。
ホーエン=本草・動物学。
ロバート=天文・文学・言語学。
コズリ=薬学・錬金術。
いずれも天才と呼ばれる教師達が創設したので、入学倍率はかなり高かった。
私は、現在二年生。
成績は上級。
完全寮制。
特別クラスは個人部屋。
そうでない者は大部屋に組み分けされている。
次の授業のため、廊下を移動中。
考えごとをしていたため、だったと思う。
曲がり角の辺りで、女生徒と衝突。
「あっ」
「きゃっ」
両者の教科書が落ちる。
「ごめんなさい」
「こちらこそ」
二人はほぼ同時にしゃがみこみ、教科書を拾う。
黒髪ショートヘアの方の手が止まる。
「アンバー?」
「え?」
目が合う。
「ああ、私、アンバーって言うの」
「本当に?」
教科書に書いてある名前を見せられる。
「ササラ・アンバー」
「私もアンバーって言うの。アンバー・アポロリック」
ササラは笑顔を見せた。
「同級生だよね?」
「そう。今日から途中編入して来たの。よろしくね」
「次の授業、一緒?」
「そうみたい」
「ねぇ、一緒に行かない?」
「いいの?」
ササラがもう一度無邪気な笑顔を見せたので、アンバーは笑い返した。
偶然二人が取っていた次の授業は、薬学だった。
アンバーはわくわくしている。
それと言うのも、アンバーがこの学校に途中編入してきた理由こそ、彼のひとにある。
薬学と言えば、今やコズリ。
十歳で教員免許をとり、十二歳で学校設立に関わっている魔法界の有名人。
アポロリック家は薬学に精通していなければならない一族だ。
コズリ、彼の出した本は出てる分だけ全部読んだ。
純粋に彼のひとに惹かれ、親を説得するのに一年かかった。
やっと、彼に会える。
アンバーとササラがお喋りをしながら歩いていると、周りがざわざわとしだした。
「何かしら?」
「さぁ?」
二人は視線を移動させる。
学校指定の斜めがけのカバンに、なぜか私服。
そしてうしろには、バーリオンと大蛇、双頭カラス (しかも白黒に色が分かれている)がついて来ている。
バーリオンとは、翼のはえたライオンのこと。
オスとメス、両方が並んで歩いているのを、初めて生で見た。
いずれも、とても珍しい品種だ。
メスのバーリオンがひとりの生徒に飛び掛った。
「きゃあっ」
「こらっ、レーサっ」
私服でかなり目立っている男が、やはり飼い主らしい。
バーリオンは押し倒した生徒の顔をペロペロと舐めた。
「ごめん。大丈夫?」
男は押し倒された女生徒の側にしゃがみこむ。
顔を舐められている女生徒はぽかんとしていたが、にっこりと笑った。
「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
バーリオンの頭を撫でる女生徒。
オスの方が唸ると、メスが名残惜しそうにさがった。
「ショカ?」
ササラが声をかける。
「ああ、ササラ。おはよう」
男に手をひかれ、立ち上がる女生徒。
かなり身長が低い。
顔も幼い。
飛び級でこの学校に入ったのだろうか?
「大丈夫?」
ササラがショカと呼ばれた女生徒に近づく。
「うん」
自然とアンバーもササラの側へ。
ササラは男を見る。
「あなたも途中編入?」
「ってことは君も?」
「違うわ。彼女」
ササラはアンバーを示す。
「はじめまして」
「五年に編入したデュオーリオン・ホーエン」
「両方名字?」
デュオーリオンは苦笑い。
「親が変わり者でね」
「ササラ・アンバー」
「アンバー・アポロリック」
「ん?両方アンバー?」
「ええ」
「そう」
デュオーリオンはショカを見た。
「君は?」
「ショカ・フロース」
「よろしく」
ショカが言いかけるところで、遮りがある。
「珍しい動物・・・」
「何の騒ぎだ」
生徒指導役の教師だ。
「なんだこれは?」
「これは、とは失礼な」
「何?」
教師がデュオーリオンの顔を見る。
はっと、顔色を変える。
「坊ちゃんっ」
「ハァイ」
先ほどの雰囲気とは、微妙に違う空気を放っているのが解る。
アポロリック家では、大抵の者に同じ態度をとらなければならない。
「坊ちゃん、って?」
どうやらササラは質問好きのようだ。
教師は困った顔で言った。
「ホーエン校長の息子さんだ」
「へぇ~・・・」
「失礼のないように」
「分かりました。すいません」
「反省している様子がないな?」
「え?そんなことありませんよ」
デュオーリオンはまた雰囲気を変えた。
数秒、ササラを見つめる。
「ねぇ、ササラ。あ、ササラって呼んでもいい?」
「ああ、どうぞ。何ですか?」
「君の友達ってどんな子?」
「は?」
始業ベルが鳴る。
「あ」
音のしていそうな所を見上げるササラ。
「授業だね。引き止めてごめん。今度また聞くよ」
「ええ、じゃあ」
デュオーリオンはその場でターン。
「じゃあ~ね~」
華麗、とも言える足取りでデュオーリオンは去っていく。
どうやらササラは、言いたいことをその場で言うタイプらしい。
「変なひと・・・」
アンバーもそう思ったが、思うに留めた。