その男、生まれつきのコメディにつき ~仕事帰りの居酒屋編~
Mr.ビーンが好きです。
──ガラガラガラ……
入口に置かれた暖かいストーブに手をかざし、男は地獄変びた寒空から解放された喜びを感じていた。頭と肩の雪を落とし適当なカウンター席に腰を落とすと、手渡された温かいおしぼりで手を拭いた。……ついでに顔も拭いて鞄も拭いて最後に靴を拭き、真っ黒に汚れたおしぼりを店員に返した。
「♪」
今日は焼き鳥にしようか刺身にしようか。鳥か魚かそんな幸せな悩みが男の頭をグルグルと回ると、隣から流れてきたタバコの煙が目に染み、思わず鼻を摘まんだ。
隣の席では酔ったオッサンがタバコを拭かしながら談笑しており、周りのことなど気にも止めて居なかった。
「…………」
男は鞄から小さな消臭スプレーを取り出した。
──プシュ
オッサンに気付かれぬように、そっぽを向きながら脇の下からこっそりタバコの置かれた灰皿へとスプレーを吹きかけた。
──プシュ プシュ
ついでにオッサンの背中と下半身にも向けて一吹き。
「お待たせしましたつくねです……」
オッサンの所に置かれた美味しそうなつくね。しかしオッサンはお喋りに夢中で気が付いていない。男は惹かれるようにつくねの匂いを嗅ぎ、慌ててスプレーを小さくプシュッと吹きかけた。
男はカウンターにハンカチを綺麗に広げ、その上に鞄から取り出したマイ御猪口をサッと置いた。通りすがりの店員を呼び止め熱燗を注文すると待ち遠しそうに脚をプラプラと振る。
「お通しと熱燗になります」
お酒が運ばれてくると、男は鼻唄を歌いながらマイ御猪口に注ぎ、匂いを嗅いだ。そして至福の表情をすると一気に飲み干した。
「♪」
仕事帰りの1杯は格別な味。男は熱燗を注ぎ、お通しに目を落とした。
お通しは小さな巻き貝が二つ。男は器用に爪楊枝で中をほじり、口の中へと放り込む。そして食べ終わった巻き貝をジーッと眺め、隣で未だに大声で話し続けるオッサンを横目で見ると、徐に自分の耳を巻き貝で栓をした。これでオッサンの話し声は気にならなくなって御満悦である。ついでに爪楊枝はオッサンのつくねに深々と根元まで刺しておく。ちょっとした迷惑料だ。
男は焼き鳥を頼もうと、店員を呼んだ。メニューを指で指し示し自分の好きな部位を頼むと、鞄に手を入れゴソゴソと漁り始める。店員はチップが貰えるのかと思い、舌舐めずりをして待つ。
鞄から取り出されたソレをしっかりと両手で受け取ると、何故か掌には焼き鳥の串が乗っていた。男は『これで頼む』と言わんばかりに目を輝かせており、店員は首を捻りながら男のマイ串握り調理場へと向かった。
焼き鳥を待つ間、隣に若いカップルが座ると仲睦まじく一つのドリンクに二本ストローを刺し熱々ぶりを披露し始める。
「…………」
男は無言で席を立ち上がると、鞄からニワトリを一羽取り出しカップルの奥へと放った。
──コケーッ!
鳴き声を聞き付けた店員が慌ててニワトリを押さえ込み、首を傾げながら厨房へ。カップルの目がニワトリに向いている隙に男は二人のストローをゴムチューブで繋ぎ、何事も無かったかのように戻す。
──チュー……
彼氏がストローを吸うと、反対側のストローから新鮮な空気が運ばれる。そして彼女がストローを口にすると二人はお互いに吸い合い、いつまでたっても運ばれぬジュースを吸い続けた。
男の元に焼き鳥が運ばれた。男は手を合わせ焼き鳥を一串手に取る。目を輝かせ一口ガブリ。そしてモグモグと口を動かしながら御猪口を口へと運んだ。
そのまま勢い良く焼き鳥を平らげ、タレの着いた串をベロベロと舐める。指まで舐めた後、串を串入れへと放り込む。
「!」
そして男は閃いた。鞄から糸を取り出しグルグルと串に縛り付ける。そしてダーツを持つように構え、遠くの席を狙った。
──ブスッ!
男の放った串は遠くの席の出汁巻き玉子に突き刺さり、男は糸を引き寄せ出汁巻き玉子をゲットした。
「♪」
ニシシと笑い次なる獲物に狙いを定める男。再び投げた串は唐揚げに見事突き刺さり男は御満悦の表情で唐揚げを頬張った。
御猪口を口にし、三度串を投げる。
──ブスッ!
──コケーッ!
「!?」
男が手繰り寄せた串にはさっきのニワトリが刺さっていた。男は顔をしかめ、隣のオッサンの焼き鳥とコッソリ交換。オッサンが串を持ちガブリと齧るとそれはニワトリの体。ジロリとニワトリと目が合ったオッサンはニワトリに目をついばまれた。
男は満足したのか店員を呼び会計へ。お金を払った後にまたもや鞄をゴソゴソしているので、店員は今度こそチップが貰えると思いウキウキと肩を揺らした。
そして店員の手に乗せられた御猪口。『洗っておいて』と言わんばかりに男はサッパリとした顔で店員の肩を叩いた。
──ガラガラガラ……
寒空の中へと身を投じる男。熱燗で温まった体はそう簡単には凍えないだろう。後ろで店員が舌打ちをしたが男の耳には入らない。今日も男は幸せなまま家へと帰った…………
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