8話~混乱の中で~
海人が目を開けると、そこは治療室のベッドの上だった。
右腕にはチューブが刺さり、安定剤らしき液体が体内へと流れこんでいるようだった。
薬の効果なのか、とても心は穏やかだった。
いや、逆に色々ありすぎて感情が欠落してしまったのかもしれない。
「目が覚めたようですね」
Jが、海人のおでこに自分の右手を当ててきた。
「何?熱はないと思うよ。」
Jの温かな手のぬくもりを感じながら、海人はされるがままに眼を瞑った。
「これは手当てです。生命同士のコミュニケーションは大事ですからね。」
そう言って、笑顔を向けながらJはベッドの傍らにある椅子に腰かけた。
「でた、Jの口癖。」
「え?僕そんな事言った事ありましたっけ?」
不思議そうな顔で尋ねるJの顔を見ながら、いや、いいんだと少し顔を横に振って、海人は言葉を続けた。
「さっきはごめん、俺の態度が悪すぎた。」
「いえ、すぐに注射を打たなかった僕のミスです。逆に負担をかけてこんな事に。」
「いや、そんな事はないよ。」
「でも正直、また海人さんと会話出来る様になって僕は嬉しいです。タイムリープ旅行はやはり良かったのかもしれませんね。」
Jは忙しく動きまわりながら、海人に微笑みかけた。
「ねぇ、J、質問いくつかいいかな…………。」
「はい勿論。」
「今回のタイムリープの目的は何?」
「え……海人さんがあの……ショックを受けられて……。」
「大丈夫だから、ハッキリ教えてほしい。」
「海人さんが、柊さんの炭化の姿をみられてから、ショックのあまり精神が壊れてしまって、全く会話も食事も、目を合わす事すら出来なくなってしまったんです。」
「そうなんだ。」
「そこで少し荒療治ですが、タイムリープで過去の柊さんに会いに行く事で、精神の回復をはかるのが、今回の目的でした。」
「実験の阻止は?」
「確かに、メイはその考えがあるみたいですが、そもそも海人さんがそれを出来る状態ではなかったので、今回はあくまでも、対面のみのタイムリープでした。
ただ、これからまた色々と手段はあるかもしれません。希望は捨てずにいましょう。」
海人は目を閉じると、大きく深呼吸をした。
多分あれから実験は阻止された。
だから未来が変わった。
でも、柊はコールドスリープした。
理由はわからないけどに眠りについた。
そして未来は変わり
柊が眠りから覚めない未来から
炭化する未来が上書きされた。
タイムリープ実験の内容も変わり、色々も上書きされた。
そもそも、凍らせられていたのに、何故燃えるどころか、炭化したんだ。
あぁ、寝てる場合じゃないな。
色々調べて、また何か手を考えないと……。
海人はベッドの上に身体を起こすと、Jに向かって、こう言った。
「J、俺の今回のタイムリープは実験の阻止が目的だった。そしてどうやら色々が変わり、今の未来に上書きされたみたいだ。」
「ちょっと待ってください。えっと、タイムリープ実験の内容が違ったと?」
「いきなりこんな事言われて青天の霹靂だと思うけどさ、お願いだから信じてほしい。
あと、少し今までの記録のデータがほしい。特に柊の記録。」
「わ、わかりました。すぐ端末を用意しましょう。それは全然あり得る話なので信じたいですが、でも少し、正直混乱しますね。」
「あぁそうだ……Jの本名ってさ俺に言った事ある?」
「そんなのあるわけないですよ。海人さんは目覚めた直後、炭化した柊さんと対面してから本当に会話らしい会話が出来る状態じゃなかったんです。」
「あぁJはやはり凄い奴だ。」
「え?」
「J、お前の本名は………」
それを聞いたJは、椅子から勢いよく立ち上がり
呆然と立ち尽くした。